勇者は城の跳ね橋も大嫌い
街から王城へ行く間に、大きな跳ね橋が存在する。
昼間は降りており普通に通れるのだが、夜は橋が上がり通れなくシステムだ。
王城の周りにはぐるりと水が張られており、モンスターが攻め込んで来た際に対応できるような造りになっている。実のところ現在の魔王が誕生する前までは、もう少し簡素な門構えだったらしい。魔王の侵略が本格的になり始めた時に、焦った王は堅固な今の造りに変えてしまったという話だ。
俺も生まれる前の出来事であるため、又聞きになるのだが、当時は民からの喝采が聞こえてきたとのことだ。いざとなれば、街人も逃げ込めるという謳い文句のもと建設された跳ね橋は、多少なりとも恐怖を和らげる効果があったらしい。
だが俺は、この跳ね橋を通る度にイライラして仕方がなかった。
ここにある跳ね橋は基本的に城の防御にしか役に立たない。モンスターの急な襲撃があった場合には、最初に犠牲になるのは外にいる街の住人なのだ。確かに昼間であれば逃げ込める人もいるのだろうが、夜には橋自体が上がっているため通行することもできない。結局のところ、街の人にとって安全な構造になっておらず、王たちは自身の安全のため建造したということは容易に想像できた。街人を狡猾に騙し、税金をこんなところに使うことがそもそも気に食わなかった。もっと医療や福祉、他にお金を回すべきところはあるはずなのだ。
疑団な思いで歩いている俺とは対照に、ミランダは全く違うことを考えているようだった。
悠然と橋の中央を歩く姿は、優雅であり貴族の令嬢をすら思わせた。表情は精気に満ち溢れており、これから旅立つことの使命を誇らしく感じているのかもしれない。そして「勇者! いよいよ旅が始まるのね!」とか言っちゃったりしている。ミランダは恐らく真面目すぎるが故に、他人を疑うということを知らないのだろう。ある意味で純粋なのだろうが、彼女の情熱は時に暑苦しさすら覚えた。共に学舎にいる時からウンザリさせられたのに、これから四六時中ミランダと一緒にいなければいけないかと思うと怖気が走る。やはり、ストレスで死んでしまう前に、早めに逃げ出す算段をしておくべきなのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、気がつくと橋を渡りきっていた。王城の門の前に立っていた一人の兵士が、こちらに駆け寄ってくる。
「勇者様とミランダ様、お待ちしておりました! 王様達はすでに会議室でお待ちです。さあさあどうぞこちらに!」
何度か来ているため城の内部はよくわかっている。別に案内してもらう必要はないのだが、こいつは俺たちを先導するつもりらしい。こんなところで一日中突っ立っている兵士というのは、単純に暇なのかもしれない。
「有り難うございます。お願いします」
ミランダは笑顔を作り、丁寧な様子で応える。兵士は満更でもない様子で頷くと、意気揚々と先頭を歩きだした。そんな張り切る場面でもないのだが、彼は案内することを重要な任務だと思っているようだ。兵士を先頭に、俺たちは後へと続いた。
城の入り口である巨大な扉を開け、中へと入っていく俺とミランダ。
玄関に立つ。天井は高く随分と開放感を感じた。
俺は、城内の周囲に視線を凝らしてみると、あちこちに豪奢な装飾品の数々が置いてあるのが目についた。壁には絵が飾られており、高級そうな壺がそこかしこに置いてある。通路には模様の入った赤い絨毯が引かれ、王が見栄えを気にする傲慢な持ち主だということがわかる。敵から身を守るために造られた目的であれば、ここまで高そうな美術品などを置く必要はないはずだ。
左右に分かれた螺旋状の階段を、兵士について右側から登って行く。
その後、真っ直ぐな道を進み、三つ目のドアの前で兵士が立ち止まった。
「こちらが会議室になります!」
張り切った様子で、俺たちに案内する兵士。
正直、この時点で嫌で仕方がなかった。元々話し合いというのが苦手で、集団での会議が死ぬほど嫌いだったのだ。勇者ということで、意見を求められた時に、うまいこと発言できる自信がなかった。また、横にはミランダが眼を光らせており、下手な発言は許されない空気がある。どうせ旅立たなければならないのなら、話し合いなど設けずに、とっとと旅立たせて欲しい。
大きな会議室の扉で、ため息をつく俺。
ミランダはキリッとした眼をしており、これから真面目に会議に望むという意気込みを感じられた。
この時点で逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、ミランダが近くにいる限りそれも難しい。
俺は諦めて、会議室のドアノブを回し、中へと入っていった。