真面目すぎるミランダ
門へと向かう途中で、不意にミランダから声をかけられた。
「勇者、ちょっと話があるんだけどいい?」
俺は彼女の言葉を聞くと、反射的に身体が硬直するのを感じた。珍しく街人との対応でも静かにしており、俺ばかりが対応していた。不気味さをずっと感じていたのだが、彼女には思うところがあったというか。
今朝俺は、勝手に宿を抜け出し、街へと逃げ出した。逃走をした挙げ句、民家に御世話になり、突然ミンクの丘に言い出す始末。俺の常識から考えても、仲間にこんな勝手な行動を取られたら、不満を覚えること間違いなかった。
ミランダは路地裏の方に入っていく。ついて行きたくないが、行かないわけにもいかない。腹を数発ほど殴られるのかもしれない。ビクビクしながら彼女の後についていく。
路地裏は人気がまるでなく、また人が来そうな場所でもなかった。ジメジメとした暗い印象を受ける路地裏では、悪人どもが裏取引に使っていそうな空気を醸し出していた。こんな場所で助けを呼んでも、誰も助けにこないだろう。そんな場所で、俺はミランダと向かい合う。彼女は俺の名を呼んだ。
「勇者」
俺はビクリと身体を震わせる。
「はひぃ」
たった二文字を噛んでしまう。前日に大説教を喰らい、彼女には恐怖心を埋めこまれてしまっているのだ。俺にとっては、この幼馴染みは、魔王直属三大配下並みに怖れる相手だったのだ。
悪の化身グロトネリア。
怪力の象徴アフィアロス。
賢を司るヴァルポーレ。
畏怖と暴君の魔女ミランダ・リー。
俺の中で警戒すべき、恐怖の四天王だ。
また前日と同様、とてつもなく長い説教が待っているのかと身構える。だが、彼女が言い出したのは実に意外な言葉だった。
「ごめんなさい」
「へ?」
意表を突かれ、変な声がでてしまう。一瞬彼女が何を言ったのかわからなかった。彼女は二の句を継ぐ。
「勇者、私はあなたのことを誤解していた。今朝、宿屋から抜け出したと知った時、単に遊びにでも行ったと思っていた。でも、あなたは街の人のために、困っている人を探しに動いていたのよね」
「い、いや、まあ……」
予想外の言葉に言い淀む俺。遊びに行ったわけではなく、実情はもっと達が悪い。しかし、本当のことを言えるわけもない。
「あなたが今日、独自で調べてくれなかったら、恐らく私はレッドオオバリバチに刺された街の人のことに気がつくことはなかった。そのままグラリア王国を離れることになっていたと思うわ。本当に困っている人がいるのに、気がつくこともなく……ね」
ミランダはどうやら自省しているようだ。俺にしてみれば、そこまで気にするようなことでもないとも思うが、彼女は今回の件を見落としていたことが許せなかったのだろう。
しかし、街には無数の人がおり、俺たちはあくまでも魔王討伐をする目的で旅をしているのだ。全部が全部見ることなどできるはずもない。今回アイリの父親の病状を知ったのは、偶然中の偶然だし、見落としていたとしても仕方がないことだった。
「勝手に抜け出したのは確かだしな。俺が悪かった」
さすがに申し訳なく思い、そう返すが、尚も謝罪を重ねる。
「あなたがどういう行動を起こしたかはこの際、問題じゃないわ。私は勇者を疑ってしまった自分が許せないの。とにかくごめんなさい」
彼女はそう言うと、路地裏から大通りの方へ向けて歩いていく。そうして、再び俺の方を振り向き、決意のある表情で宣言する。
「私、頑張るから。必ずルーラン草を持って、帰ってきましょう」
身体を張り、堂々と門の方へ向かっていくミランダ。俺も後を追う。緊褌一番旅に臨む彼女の姿に、俺は妙なプレッシャーを感じてしまう。あまり張り切りすぎて、ミンクの丘が焼け野原にならなければ良いが。
俺はこの幼馴染みを苦手とは思っているが、決して悪い奴ではないことは知っている。意識が高く、周囲に良く思って思えるように行動するが、世界を救いたいという気持ちは本物だ。
だが、絶望的なまでに俺との相性が悪い。俺は危険なことには手を突っ込みたくないし、無謀な挑戦などしたくない人間だ。できるだけ楽に人生過ごしたいし、苦難は平等に分け合うべきだと思っている。
ミランダは逆に不可能なことにも、果敢に挑戦しようという志の高い持ち主だった。結果的にその考えの元、魔法使いとしてかなり高いレベルに達しているわけだし、彼女の考えが間違いだとも思わない。実際ミランダは、アルタイル国でも彼女の評判は良く、大人達からも頼りにされていたし、社会的評価は高かった。
そんな彼女を見ながらずっと生きてきたため、俺自身がおかしいのかもしれないという思いをずっと感じていた。
とはいえ、俺には俺の言い分があるのだ。無茶をして死んでしまっては何にもならないではないか。
グラリア王国で生まれたやる気のない勇者はともかくとして、一番目と二番目の勇者は、ミランダと同じくやる気が高かったと聞いている。それでも三大配下の手にかかり、命を落としているのだ。根性論で魔王を倒せるわけでもないし、根本的な問題を解決していかなければ意味がないのではないかと俺は思う。
そんな考え方なため、ミランダとは衝突ばかり繰り返してきたのだろう。価値観の相違。それは、友人間、恋人間でも別れる原因となり得るものだ。ともかく、俺なんかよりもっと意識の高い奴と組んで冒険に出かけた方が彼女のためであるような気もした。
ミランダの力強い歩みに、そそくさとついて行く俺。
傍から見ればミランダが勇者に思え、俺はただの従者にしか見えないのではなかろうか。ふとそんな風に俺は感じてしまった。




