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街の人の優しさに触れる勇者

「だからこれは百二十フォルツいるアルね。ビタ一文まけられないアルよ」


「いや、ちょっと待て、相場では五十フォルツもいいところだったはずだ」


「それはお客さんの勘違いアルよ。それに相場というのは、商品の入荷状況に応じて変わるアル。買えないというのなら諦めてもらうしかないアルね」


 道具屋の店先で、俺は功利的な男と言い争いをしていた。


 今からミンクの丘に行くにあたって、色々と必要な物を買いそろえようと道具屋に足を運んだのだ。しかし、目的としているアイテムが他の二つの道具屋にはなく、仕方がなく功利的な男がいる店に来たのだが、さっそく不満が生じた。


「さぁどうするアル? 他の店にはこれは置いてないヨ。見にいってきてもいいけれど、その間に他の客が先に買ったらどこにもなくなるアルよ」


 どうやらこの男は、他の道具屋の在庫状況までしっかり把握しているらしい。仕事熱心なことは結構だが、それ故に駆け引きが通用せずに、非常にやりづらさを感じた。足元を見られているかのような物言いに、反発もしたくなるのだが、他にない以上ここで買うより他はない。結局、俺は折れてしまい渋々買うことになった。


 それにしても、前日に勇者ということは伝えているはずなのだが、全く物怖じせずに自身の利益を優先させる様には、逆に清々しさを覚えるほどだ。


 傷薬や毒消し草、また途中で休まなければならいため簡易テントなどを購入し、計三百三十フォルツにも膨らんだ。購入を終えると、店主は抑揚のない声で言った。


「毎度ありアル。またくるアル」


 もしミンクの丘へ行って、無事ルーラン草を余分に取れたら、こいつには見せびらかしに来るとしよう。そして、他の二つの道具屋に安値で売ってやろう。俺はいつまでも根に持つタイプなのだ。


 道具屋から離れ、門へと向かう。簡易テントなどを買ったせいで結構な荷物になってしまった。肩に大きな鞄をかけなければならず、魔物と遭遇した際には、一々鞄を置いて戦わなければいけないだろう。かつての勇者や他の冒険者も、荷物はそれなりに出たはずで、苦労していたのだろうなと思わされる。


 馬車を借りるという選択肢もあるが、金がかかるし、戦闘で馬を失った場合、非常に面倒なことになる。そのため、最低限の荷物で動くのが最善だと思うのだが、途中で野宿しなければいけない状況では、どうしても荷物がかさばってしまう。ミランダに持ってもらうわけにも行かず、俺が持つしかなかった。武器以外はほとんど軽いものだから、それほど苦にはならないが、荷物が多いとどうしても人目が気になってしまう。


「勇者さん、聞いたよ。アイリさんとこのお父さんを救うためにミンクの丘に行くんだって?」


 街を歩いていると、女性に突然話しかけられる。前日にミランダと一緒に声をかけた街人の一人だった。どうやら噂は瞬く間に広がっていたらしい。


「若いのに立派だね。危険な場所だから十分気をつけるんだよ」


 そう言いながらも、ちらちらと俺のドデカい鞄に視線を向けてくる。特に何も言わないため、そんなに気にすることもないのかもしれないが、被害妄想の激しい俺は気になってしまう。「うわっ、こんなでかい荷物持って、サーカスでもするのかよ(笑)」とか思われているのではないか。やはり恥ずかしいので、早めに王国を出ていきたい。


 だが、一応勇者という手前、あまりぞんざいに扱うわけにもいかなかった。適当に話を合わせることにする。


「有り難うございます。必ず無事、ルーラン草を持って帰ります」


 今回は自分が言い出したことなので、多少心はこもっていたように思う。


「私は見直したよ。とにかく無理するんじゃないよ」


 そうして、最後にまたちらちらと俺の鞄に目を向け、彼女は離れていく。


 それにしても、昨日会った時はもっとつっけんどんな態度だったように記憶しているが、随分と物腰柔らかくなっていた気がする。アイリの父親は顔が広く、この街では多くの人が彼を周知しているはずだ。恐らく、人格者である彼を救いたいと思っているのは、俺だけではなかったのだろう。この街にいた三番目の勇者は、話を聞く限り、民を救いたいという考えの人間ではなさそうだった。


 今回俺が助けると言いだしたことで、この前の勇者とは違うと考えたのかもしれない。嫌悪を向けられるよりは好意を向けられたほうが嬉しいが、複雑な思いにも駆られてしまう。最終的には俺は民を全て裏切らなければならないのだ。


 門へと向かう過程で、同じように情報を知った民達から、応援の声が寄せられた。


「勇者さん、頑張って!」

「ブラックヒドラには気をつけるんだよ」

「必ず生きて戻ってくるんだよ!」


 アルタイルから送り出された時と同じような感じで、街人に声を投げかけられる。あの時とは違う点は、強制的であるか自発的であるかの違いだ。ミランダと二人では、結構厳しい旅になると思うが、今回は自分が行くと言い出した手前、文句を言うのも変な話だ。俺は適当に相槌をうち「頑張ってきます」的な前向きな言葉を返していく。


 すると人混みのやや後ろの方に見知った顔が目に入った。

 つるつる頭の中年のおっさんが腕組みをしながら、こちらを見ている。

あれは武器屋の店主か? 彼もお見送りに来たのだろうか。そう思っていると、彼は俺の方に近づいて来る。声をかけられた。


「兄ちゃん、今からミンクの丘へ行くんだって?」


 どうやら、彼にも噂は伝わっていたらしい。


「え……まあ、はい」


 若干言い淀むような感じで、俺は返事する。風貌から威圧感を感じるため、俺は多少萎縮してしまった。悪いことをしに行くわけではないため、怖れることもないのだが、なんとなく身構えてしまう。


 彼は手に、鞘に入った長い剣を持っていた。ある程度俺に近づくと、それを投げつけてくる。反射的にでかい荷物を地面に置き、辛うじてキャッチするが、その重量から二歩ほど後退してしまった。


 俺は何が何かとわからないという風に彼を見る。すると、彼は快活な様子で言った。


「短い剣だけじゃ、心許ないだろう。その剣を持っていくがいい」


 彼は、俺の腰に差してある銅の剣を見ながら言った。


「……これはっ」


 俺は手にした剣を見て驚く。手渡された物は、長く精巧な造りの剣だった。鞘から少しだけ抜いてみると、刃こぼれのない新品の刃が覗いた。


 ツーハンデッドソード。


 俺が、武器屋にて眺めていた剣だ。だが、あまりにも値段が高いので、即座に諦めてしまったことを思い出す。持っていけと言われても、こんな高い武器を買う金を、持ち合わせていなかった。ついさっき、道具屋の男に、三百フォルツ以上もふんだくられたばかりなのだ。


 そんなわけで俺が固まってしまっていた。すると、彼は俺の気持ちを察したかのように言葉を発する。


「金はいらねぇよ。持っていきな」


「え? でも……」


 道具屋の薬草とは訳が違う(あいつは薬草ですら無料はありえないが)。この剣は確か八千フォルツ以上はする代物だったはずだ。あれだけの種類を置いてあることから察するに、武器屋はそれなりに儲かっているのかもしれない。だが、こんな高い武器を只で渡していたら、商売は成り立たないだろう。俺が躊躇し、困惑していると、彼は言葉を補う。


「アイリさんの父親には、俺も世話になっているからな」彼は顎髭を触りながら言う。「無事ルーラン草を持って帰ることができたら、その剣はお前さんの物でいい」


 若干照れくさそうに、彼はそう言ってくれた。

 素材屋の仕事は幅広い。鉱石などを収拾して、職人と取引することもあるらしい。そういった事情で、彼もアイリの父親とは顔見知りなのだろう。


 何にしても店主の気持ちは伝わった。武器屋の主人も、アイリの父親の病状をなんとかしたい思いがあったに違いない。


「有り難うございます。必ずルーラン草を持って帰ってきます」


 彼の気持ちを汲み取って、俺はツーハンデッドソードを両手に抱え、そう宣言した。


「ああ。だが、くれぐれも無理するんじゃねぇぞ。ヤバいと思ったら一旦引くことも勇気の一つだ」


 彼はそう言った後、踵を返し武器屋の方面に帰っていく。俺は、彼の背中に向けてもう一度お礼の言葉を口にした。


「有り難うございます」


 彼は、背を向けたまま手だけを振り返してくれた。どうやら不器用なのは俺だけではなく、店主も一緒なのかもしれない。


 これまでの旅で、悪い大人の嫌な部分ばかりを見てきた気がする。しかし、ここに来て、アイリの父親や、武器屋の店主のように良い大人もいることを知ってしまった。


 俺は過去の勇者と比較したら、最もやる気がなく、最も弱い。魔王城に辿り着くことはまずないだろうし、行くつもりもない。魔王直属三大配下なんかと出くわしそうになったら、すっ飛んで逃げるつもりだ。


 だが、今回は自分で言い出したことだし、最低でも勇者としてこれだけはやっておきたいという目標ができた。このツーハンデッドソードを手に、魔物達を倒し、ルーラン草を持って帰りたい。俺らしくもないが、強くそういう風に思ってしまった。様々な期待を背負い、俺はミランダと共に、グラリア王国の門へと向かうのだった。

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