気まずい朝食
アイリが帰ってきて、俺たちは居間へと移動した。最初に俺が潜伏していた簞笥のある玄関近くの部屋だ。ここには大きなテーブルが中央に備えられており、キッチンも脇についていた。
アイリの父親は脱力しながらも、何とかベッドから起き上がりテーブル前に座り、俺も斜め対面に着座する。アイリは鼻歌交じりにキッチンで、料理を作っており随分と様になっているなと感じてしまった。おそらく、普段から彼女が料理を担当しているのだろう。
やがて料理が運ばれてきて、ようやく朝食へありつけることとなった。テーブルの上にはスープやサラダ、エッグにソーセージ、パンと数種類のジャム、そしてフルーツまでも置いてある。
前日の質素すぎる朝食とはてんで比べ物にならないぐらい豪華であり、彼女が腕を振るってくれたことがわかる。もしかしたら、俺がいるからこれほど手の込んだ料理にしてくれたのだろうか。朝食にしては少々豪勢すぎる感じもした。現在彼女の父親は仕事ができない状態であり、収入がないため経済的に厳しいはずだ。毎日、これほどの量を出しているとは考えにくかった。
「さあ、どうぞ。食べて下さい」
アイリは皿をテーブルに置き終わると、食べるように勧めてくれる。俺は申し訳なく思いながらも小さく「いただきます」と言って、食事に手をつけ始めた。アイリの父親も同様に「いただきます」と言って食べ始める。
俺はまずスープに手をかけ、スプーンで口に運ぶ。味は非常に美味であり、今まで飲んだどのスープよりも美味しかった。二口三口慌ててかき込んでしまう。
アイリは俺の横に座る。彼女は自分の料理にはまだ手をつけず、そんな俺の様子を、じーっと見てきていた。お腹が空いているため、がっついている様子にドン引きしているのかと思いきやそうではなかった。
「どうですか? 口に合いますか?」
作った料理の評価が気になっているようだ。不安げに訊かれる。申し分ないと思っている俺は素直に「ああ、美味しいよ」と答える。料理屋で出しても問題ないと思われる腕前だ。ちなみにプチ情報になるのだが、俺もミランダもいっさい料理ができない。
「そうですか。良かったです」
彼女は安堵したかのように、そう言ってニッコリ笑う。彼女も手をつけ始めた。三人での朝食が始まるのだった。
朝食を摂りながら、俺はこれまでの旅の行程を話すこととなった。俺としては辛い旅の思い出を回想しているだけであったが、様々な出来事を話すと思いの外盛り上がった。
「まあ! すると、ミランダさんの魔法で、コウモリと一緒に飛ばされてしまったんですか?」
「そうなんだよ。俺はコウモリもろとも壁に激突しちゃってさ」
「ははは。それは、君もとんだ災難だったな」
朝食を取りながら談笑する三人。先ほど、アイリの父親から旅の話をしてくれと頼まれたため、俺はここに来る前にあったことを話すこととなった。勇者ということは隠しつつ、幼馴染みとのエピソードを中心に語ると、意外と会話が弾んでしまう。一般の感覚としても、彼女の性格は度を超しているらしい。
「あいつは強いくせに、ピンチになると焦るところがあるんだよな。昔、教室で虫が出ただけで、爆発魔法を繰り出し、大騒ぎになったことがある。俺はモンスター以上にあいつを警戒しているよ」
「ふふふ。きっと、真面目な方なんですね」
ミランダの狂気を語るが、何故かアイリはそう評した。まぁ、間違ってはいないが、真面目の前にくそが付くのを忘れてはいけない。
それにしてもこの二人からは優しさというか、人としての温かさを会話の節々から感じられた。旅を始めてからの緊張感や、散々あくどい大人連中を見てきてしまったためか、余計に二人の親切さが身に染みた。
だからかもしれない。俺はたがが外れてしまったかのように、余計な言葉を口走ってしまった。
「そういえば、母親はいないのか?」と。
言った瞬間、部屋の空気が変わったかのように、嫌な沈黙が流れる。二人はやや下を向いてしまった。俺は瞬時に何があったか悟ってしまった。言葉にするべきではなかったと、自省したがもう遅い。コミュニケーションが苦手な俺の悪い部分がでてしまったのだ。やや遅れてアイリの父親が口を開く。
「亡くなったんだよ」
重々しく彼から真実を告げられた。きっと彼にとっても、アイリにとっても思い出したくない過去だったに違いない。
「……すまない。余計なことを聞いた」
「いや、いいんだ。実はうちの妻も、私と同じ同業者だったんだ。そのよしみで彼女とは知り合った。もう十年も前になるのだが……ある日、彼女は少し遠出をすることになってね。その日、私は街で取引をする予定になっていたから、一緒に行くことができなかった。それでも素材屋は彼女一人だったわけではなかったし、安全の為に傭兵にも付いていってもらっていたから、問題ないと思っていたんだ。だが……」
この続きを聞くのが、もの恐ろしい思いだった。アイリの父親は続ける。
「運が悪かったとしかいいようがない。魔王の三大配下の一体、グロトネリアと偶然出くわしてしまったらしい。唯一の生き残りだった素材屋が、酷い怪我を負いつつも帰ってきてね。彼がそう証言していたから間違いない」
「グロトネリア……こんな所にまで出現することがあるのか……!」
俺は身も凍るような思いだった。
魔王直属三大配下とは、文字通り魔王の直属の配下に当たる魔物である。智能が高く、また圧倒的な強力な強さを誇るため、人々に畏怖の対象として認識されていた。こいつらに街を滅ぼされたり、悲哀な目に味合わされた人は沢山いると聞く。
悪の化身グロトネリア。
怪力の象徴アフィアロス。
賢を司るヴァルポーレ。
この三体が、魔王三大配下として君臨する魔物だった。そして、先だって旅立った勇者三人は全てこいつらのいずれかにやられたと聞いている。それだけ凶悪でやばいやつなのだ。俺はいかにして、こいつらを避けて旅をしようかと、出立前に必死に警戒していた。勝てるわけがないからだ。
「今でも後悔しているよ。もし、私が一緒について行っていれば、妻は生きていたんじゃないかとね」
「………………」
俺には返す言葉が見つからなかった。グロトネリアほどの相手では、誰がついて行っても、結果は変わらなかっただろう。本人も心の内ではそう思っているはずだが、最後に一緒にいられなかったという後悔の念を強く感じてしまった。
こうした危険な因子が多く存在する現在では、毎日至るとことでこうした不幸な出来事が生まれている。だからこそ、魔王を討伐してくれる存在を信じ、何かに縋りたい思いがあるのだろう。
「でもね、旅人さん」アイリが突として口を開いた。「新しい勇者様がアルタイル国から旅立ったらしいんですよ」
この言葉を聞いて、今度は、俺が下を向く。
どうやら、アイリにも勇者の情報は伝わっていたらしい。
「ああ、そうだったな。噂によると、とても勇敢で情熱のある勇者だと聞いている。今度はグラリア王国から旅立った勇者のようにはならないと私も信じているよ」
アイリの父親も、彼女に同意し、期待を寄せた発言をした。俺はますます重圧がかかり、胸が締め付けられる思いがした。そんな人々の期待を背負った勇者は、全てを投げ捨てて、現在庶民の家に匿ってもらっているのだ。
それにしても、アイリの父親の口振りからすると、随分とおかしな噂が流布されているようだ。ミランダがやる気がありすぎるため、勘違いした人が、俺もやる気があると見たのかもしれない。あるいは、無責任なうちの王が勝手に喧伝したのかもしれない。どちらもありそうな話ではあるが、迷惑極まりなかった。俺は歴代で、もっともやる気のない勇者だと自負しているからだ。今後も、まず俺のような逃げ腰な勇者は出てこないだろう。それほど、どうしようもない人間だと自覚していた。
とはいえ、二人の哀切極まりない過去を聞いてしまうと、逃げ出すことに罪悪感も感じてしまう。こういった温情溢れる人間に対しては、救ってあげたいという気持ちが湧かないわけではない。
だが、グロトネリアと対峙するなど、俺ごときでは土台無理な話なのだ。出くわした瞬間、泡を吹いて気絶してしまうかもしれない。先だった強い勇者達が返り討ちにあったというのに、俺ごときが敵うわけがない。そして絶望的なことに三大配下よりも、魔王はさらに強いという。もはや、個人がどうにかできるレベルではなくなってきているのかもしれない。
初めは美味しく食べていたアイリの手作りの朝食。様々な思惑に囚われてしまい、次第に味を感じられなくなっていった。




