表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/45

訪問者

「はーい」


 この家の住人である女性が、ノックに反応してドアの方に近づいていく。俺の心臓はバクバクと高鳴り今にも発狂しそうだった。

 ガチャリとドアが開く音が、簞笥越しに聞こえてくる。


「突然お尋ねして申し訳ありません。お伺いたい案件がありましたため、こちらに寄らせて頂きました」


 ミランダの声だった。

 彼女は丁寧な様子で、挨拶と尋ねてきた動機を流暢に語る。傍から見ていると、彼女の存在は真っ当な客人に思われるだろう。


「なんでしょう?」


「こちらに男性が訪ねてきていないか、家々を廻って聞いています。年齢は十六才。身長は私と同等くらいで、銅の剣と銅の盾を携帯しています。外見は若干の幼さはありますが、やや目つきが鋭いのが印象的です。そういった特徴の男性がこちらに来ていませんでしょうか?」


 ミランダは、詳細に俺の特徴を語った。おそらく今の説明で、簞笥に隠れている俺のことだというのは十分伝わったはずだ。抜かりのない説明の仕方には感心するばかりだが、俺は恐怖で気が触れてしまいそうだった。絶対駄目だが今すぐ簞笥から飛び出して、走り去ってしまいたい気分にさせられた。


ミランダの丁寧な言葉使いを聞けば、どう見ても怪しいのは俺の方で、普通の神経をしていれば、俺の方を追い出したいと考えるはずなのだ。


 しかし——


「いえ、見ていません」


 彼女は何故か、嘘の情報をミランダに伝えた。


「そうですか……。朝早くに申し訳ございませんでした。それでは失礼します」


 ミランダはその言葉を信じ、ドアを閉める。出て行ったようだ。

 助かったのか? 俺は夢幻にさまよっているような心持ちをしていた。数秒先の妄想では、俺はこの世にいないことになっていたはずなのだ。女性が居場所を白状して、ミランダに見つかり魔法を撃たれ終了。


 しかし、今、俺は生きている。未だ鳴り響く、激しい心臓の鼓動は、確かにここに生命が存在する証だった。世界が改変されたかのような事実に、逆に俺は戸惑ってしまっている。


 念のため、さらに五分ほど簞笥の中にいて、動揺もやや収まったところで俺は外へと出た。

 目の前には女性がいた。素直にお礼の言葉を述べる。


「すまない。助かった」


「いいえ。恋人さんと喧嘩でもしたんですか?」


「いや、腐れ縁って奴だ。とにかく助かった」


 ミランダと恋人関係になるとか想像もしたくなかった。俺は彼女を思い出すとき、鬼の形相をした顔ばかりが浮かんでくる。口うるさく叱責され、子細な事柄にばかりを指摘され、嫌気がさした日々。今日別れようと決意たわけだが、清々しさすら感じているくらいだった。


 目の前の女性は、そんなミランダとは真逆で、大人しそうな印象を受けた。改めて見ても、清廉そうな女性だと感じる。こんな人と旅立てたのなら、俺は、もう少し頑張れたかもしれない。


「よかったら、名前を教えてくれないか」


「私のですか?」


「ああ」


 旅が始まって以来、最大の勇気ある行動だったと思う。

 今の一連の流れで脳がバグったせいもあるが、無意識のうちに質問が口に出ていた。基本コミュ障の俺からは考えられない行動だ。訝しく思われても仕方のない俺を救ってくれた——そんな恩人の彼女の名を聞いておきたかったという理由もあったのかもしれない。


「私はアイリといいます。アイリ・キサラギ」


「アイリ……」


「はい。普段は父のお手伝いをしています」そう答えた後、彼女は微笑みながら二の句を継いだ。「今度は私が質問する番ですね。あなたのお名前は何ていうんですか?」


 無邪気なやり取りは心温まる思いだが、この質問で俺は戸惑ってしまう。


「名前か? え〜と、俺は……」


 言ってもいいのだが、答えると勇者というのが完全にバレてしまう。


 グレイブ・アグストリア。


 これが俺の本当の名前だった。

 ミランダにしてもそうだが、小さい頃からずっと『勇者』と呼称されてきたため、今では俺ですら本名を忘れそうなほどだった。実際、旅でも名乗る時は勇者と言っていたし、そう呼ばれてきた。特にそれで問題はないのだが、俺には『勇者』も『アグストリア』も荷が重すぎた。


 どちらも頭を悩ませる呪縛であるのだが、結局やる気のない俺は、偉大なアグストリアを名乗るのに抵抗を感じ、勇者と統一することにしたわけだ。現在のような特殊な状況でなければ『勇者』と名乗って終わるのだが、さすがにそれはできない。

 どう回答しようか躊躇していたところで、奥の方から声が聞こえてきた。


「旅人か?」


 一部屋向こう側からのようだ。

 奥の部屋に男性がいるのが見えた。おそらく、簞笥の中にいた時にアイリと会話していた、もう一人の住人だろう。アイリがそちらに向かったため、俺も彼女について奥の部屋へと移動する。


 奥の部屋は簡素な造りで、ベッドとテーブルと物入れが少々置いてあるのだけの狭い一室だった。男性は上半身だけを起こし、ベッドに座っていた。見るからに体調が優れない様子だ。


「お父さん、あんまり無理しない方が……」


「これくらい大丈夫だ。それより君はこの街の住人ではないな」


 元気ない調子で問われる。


「ああ、旅人みたいなものだ。ライライ村の方からやってきた」


 男性に対しても、俺は本当のことを告げることはできない。この街で勇者という存在が否定的なのは知っていたし、ここへ訪れてしまった理由があまりにも情けなさすぎた。無難に返答しておく。


 男性は随分と窶れているように見えた。全体的に気だるそうで、声も若干しわがれている。一体どうしたのかと見ていると、アイリが彼を紹介した。


「わたしの父なんです」


「そうなのか。しかし、よくわかったな。俺が旅人だってこと。この街には他国からくる業者も多い。街の人の数も相当いるだろうに」


 俺は疑問をぶつける。

 昨日ざっと見ただけでも、グラリア王国には多くの人々が暮らしているということがわかった。国の人々の情報を把握するだけで大変なのに、大国だけあって商売目的や取引目的でやってくる異国のものも多い。顔を見ないからといって旅人だと当たりをつけるのは不思議だった。彼は、俺の疑問に答える。


「私は素材屋をやっていてね。職業柄、人を覚えることは得意なんだよ。街の住人に顔見知りの業者も多い。君は若いし、初めて見る顔だからね。恐らく旅人だろうと思ったのさ」


「なるほど」


 彼の説明を聞き納得する。素材屋とは森や平地に出かけて、薬の元となる植物や、動物の皮などを手に入れ、求めている業者に売る職業のことだ。需要のある仕事であるし、必要な専業でもあるのだが、魔物が増えた現在では危険が伴う。


 ともあれ、そんな彼であるため、俺の見た目は、業者っぽく見えないだろうし、旅人だということを推察されたのだろう。


「お父さん、ちょっと朝食の買い出しに行ってきますね」


 俺が沈黙していると、アイリが思い出したようにそう言いだす。


「あ、ああ。そうかわかった」


 アイリの父親は、了承の頷きをした。どうやらこれから朝食のようだ。もしかしたら俺のせいで遅らせたのかと思うと、申し訳ない気分にさせられる。


 俺もここでおいとましようかと、一緒について行こうとしたところで、アイリに止められた。


「良かったら、旅人さんもご一緒に朝食いかがですか? すぐ買い出しから戻って来ますので」


「いや、いくらなんでも、それは……」


 匿ってもらった上に、ご馳走まで預かるのはさすがに抵抗を感じてしまう。幼馴染みから逃げ出したところを助けてもらい、食事まで恵んでもらう。未だかつてこんな情けのない勇者を俺は聞いたことがない。


 だが、身体は正直で、朝食と聞くと急に空腹を感じてしまった。間の抜けたキュ〜という音が、部屋の中に鳴り響いた。俺は顔を赤らめてしまう。


「はは。私からもお願いするよ。生憎こんな身体のため、外出することができなくてね。外の情報なんかを教えてくれるとありがたいんだ」


 アイリの父親はそんな言葉で、朝食に誘ってくれる。俺なんかが与えられる情報なんか大したものではないが、素材屋にとって情報というのは確かに貴重なものだ。前日にミランダと色々な街の人と会話したことだし、何か有益な情報を伝えられるかもしれない。


「はい。せっかくのご縁ですので。ぜひ」


 アイリが念を押すかのように誘ってくる。宿では折角の朝食にもありつけず、これを逃すと次はいつまともに食事ができるかわからない。結局、俺は空腹に負け、


「すまない、世話になる」


 申し訳ない気持ちもありながら、惨めな勇者はそう言うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ