勇者は応援してくれる街の人が大嫌い
随分前に、意識高い系という言葉が流行ったことがある。
やたらと周囲にやる気を見せ、「わたしはこんなにも頑張っていますよ」みたいなアピールをする連中につけられた言葉だ。例えば集団の中で積極的に発言する。例えば自分のやる気を無駄にみせる。例えば自らの経歴を誇張し演出する。意識高い系とは、そうした中身を伴っていない連中を、揶揄するために生まれた言葉だった。
俺の幼馴染みであるミランダ・リーも、そうした意識高い系に属するのだが、コイツの場合は少し異なる。周囲に良いところを見せようと異様に頑張るところは同じだが、彼女の言動に虚栄がまるでなかった。全ての物事に、本当に全力で当たるのだ。他人に厳しいが、自分にも厳しい。ガチで意識の高い女だった。どうやら彼女は、俺と一緒に世界を救うものだと本気で信じているらしい。
対照的に勇者の俺は、基本的にやる気はないし、すぐに物事を諦めがちな人間だった。危ないことには首をつっこみたくなかったし、ましてや魔王を倒して世界を平和にしてやろうという高い志はいっさい持ち合わせていない。しかし、周囲に自分の意見が強く言えないという脆弱な心なために、無理やり魔王討伐へと送り出されることとなった。行きたくないけど、過去に世界平和へと導いた伝説の子孫というだけの理由で、旅立ちを王より命令されたのだった。
王城へ向かいミランダと二人歩いて行く。すると途中で、俺たちに向かって街の人からエールが送られてきた。
「勇者、いよいよ旅立つことになったのね!」
「頼むよ! 魔王を倒して世界を平和にしておくれ!」
「二人ならきっと大丈夫。頼むよ!」
既に俺たちが、旅立つことを周知しているようだった。
無責任な言葉があちらこちらから飛んでくる。
俺は、こうした奴らに腹が立って仕方がなかった。他人に勝手に期待して、自分たちは何もしないというのがそもそも気に食わない。こういった他人任せの連中を、昔から嫌悪していた。
「勇者! 俺たちのために魔王を倒して、平和な世界にしてくれると約束しておくれ!」
見ると、中年の男が満面の笑みでこちらに向けて手を振っている。
うるせぇ馬鹿。平和に変えたかったらお前も一緒についてこい。
俺はそう心の中でそう悪態をつく。本人たちは、よかれと思って声をかけているつもりなのだろうがいい迷惑だった。そもそも俺は世界を救う気など一切ないのだ。適当に旅立って、魔王を倒す振りして途中で失踪するつもりでいた。
俺はこうした連中に無視を決め込んでいたのだが、ミランダはそうではなかった。ちゃっかり笑顔で一人一人に手を振り返している。こいつは激励とでも捉えているのかもしれない。
下を向いてそんなミランダにただついていく俺。すると、彼女はこちらを見て言った。
「ほら、勇者。あなたも応えてあげないと駄目じゃない。応援してくれている皆様に手を振ってさしあげて」
「え?」
彼女から当然のように指摘を受けて戸惑った。しかし、先程受けた魔法のことが頭に過り、拒絶もしづらかった。魔法でぶっ飛ばされた影響で、地面に擦った手足が、まだ痛んでいるのだ。
結局俺はミランダのきつい視線に耐えかねて、周囲の人々に手を上げて応えてやることにした。
「おお、勇者様!」「勇者様、万歳!」「魔王を亡き者に!」
俺の動作を肯定ととったらしく、周囲の人々から歓声が湧く。気がつけば、若干の人だかりができていた。俺たちが通る道の両脇に人が集まり、様々な声が降り注がれる。
俺は不快な気分を押し殺しながら、適当に手を振り返し、王城へと向かうのだった。