二回目のお説教
街の人々へと話しかけ、王様の謁見も終わり、気がつけば日は暮れかけていた。
結局、街人の全てには会話することはさすがに叶わず、目に見える範囲に種渡しをしただけに留まった。
王室の謁見では、特段問題もなくことが進み、どうでもいい長話を聞かされただけで、王城から離れることとなった。
どうでもいい長話とは、最近魔物のせいで食材の届きが悪くなったとか、王城で発生する細かな人間関係の悩みなどだ。アルタイルの王に関してもそうだが、権力を持つと、小市民に意識が向かなくなるのかもしれない。自分たちの身の回りの心配ばかりで、もっと苦しんでいる民達に目が向いていない気がするのだ。
思ってはいても、当然そんなことを口に出すわけにもいかず、適当に聞いている振りをして「魔王討伐頑張ります」というような当たり障りのない意見を述べて、謁見は終わった。
グラリア王国の王が俺に対してどういう印象を抱いたのかわからないが、ひとしきり自分のことを話したからか、満足したようにも見えたため、悪印象にはならなかっただろう。ともかくも、無事挨拶も終わり、俺たちは今、宿に向かっている。
今日は昨日よりもさらに疲弊していた。洞窟では魔物達の戦闘が何度もあった。街に着いてからも忙しく、武器屋に寄り、道具屋での無駄な攻防、人々に種渡しという精神苦痛に、王の長話。
内容多き一日だったように思う。
明日がどういう行程なるのか考えたくもないが、今はとにかくひとときの眠りにつきたい思いだった。
向かった宿は、六十フォルツと良心的な価格だった。グラリア王国には宿が複数存在するため、高ければ色々と廻らなければいけないと考えていたが、この金額ならその必要もない。ちなみに朝食もついているらしい。やはりライライ村の宿が高すぎたのだ。
チェックインを済ませ、ミランダと別々の部屋へと向かっていく。この時点で俺はふらふらで、脳が強烈に睡眠を欲しているかのようだった。ベッドを見れば、すぐにダイブしてそのまま永劫の眠りについてしまいそうだ。もはや、俺の眠りを妨げるものは何もないのだ。指定された部屋のドアを開け、中へ入ろうとする。すると、そのタイミングで、冷然たる声に呼び止められた。
「勇者、ちょっと話があるから、私の部屋に来てもらっていい?」
妨げられてしまった。
「俺、疲れているんだけど」
前日と同じような展開に、文句を言う。意識が朦朧とするほど眠い状態で、ミランダの説教なんか聞きたくなかった。
「ちょっと話すだけよ。いいからすぐに来て」
だが、反論の余地を与えないかのように、昨日と同じように言うと、部屋へと入っていく。行きたくもないが、逆らうことも許されないような物言いに根負けし、結局俺は彼女の部屋に向かうことにした。銅の剣や道具袋を、自分の部屋にドアから乱雑に投げ入れる。そうして、隣の部屋に向かうのだった。
部屋は、ライライ村で泊まった宿とそれほど変わらず、簡素な造りだった。奥側に窓とベッドがあり、ドア側の壁際にテーブルと椅子が二脚置いてある。
ミランダは奥の方の椅子に腰掛けて、こちらを睨んでいる。前日と同様に、不満のある様子を隠そうともしない。俺が向かい側の椅子に座ると、さっそくミランダが口を開いた。
「勇者、今日のあれはどういうつもり?」
彼女に問われるが、即答しかねる質問を投げられた。
「あれってなんだよ」
俺は聞き返す。彼女の真意を図りかねたためだ。今日は色々なことがあった。洞窟から始まり、グラリア王国では色々な人と新しく出会った。『あれ』と指示語で言われても、すぐに思い当たらなかった。
「わからない? 気のいいおじいさんとの言っていた発言のことよ」
「ん、ああ、そのことか……」
ミランダに指摘され、俺はようやく何に対して怒っているのか察する。
魔王討伐に自信がないと言ったことに、不満を持っているのだろう。温和なおじいさんだったため、つい気を許してしまい本心を口にしてしまった。相手は気にしていないようであったが、ミランダに聞かれていたのは迂闊だった。気まずくなり目を逸らしてしまう。
「あの発言は、勇者として問題発言よ。自信がないなんて言葉を決して口にしていいものではないわ」
彼女は強い口調で批難してくる。
「あれくらいいいだろう。実際魔王は強いし、おじいさんも笑っていたじゃないか」
俺は間髪入れず反駁した。だが、これを受けてミランダは激昂する。
「駄目に決まっているでしょ! あなたは勇者なのよ。民達の希望の光なの。相手がどうこうじゃなくて、不安にさせる言動が許されていいわけないじゃない。今すぐに勝てる実力がないにしても、将来的には倒せるくらいの気合いを伝えるべきだわ。私たちが魔王を討伐しなければ、一体誰が世界を平和にするというのよ。言葉というのは魔法と同じなの。口にしたことが現実に発現することもある。たった一つ言葉で相手を傷つけたり、不幸に貶めることだってあるの。勇者たるもの、常に細心の注意を払って、言葉を選ばないと駄目じゃない!」
うんざりするような長台詞が、ミランダから返ってきた。意識の高い魔法使いにとって、俺の発言は看過できないものだったらしい。確かに言っていることは正論であるため、うまいこと反論の言葉がでてこなかった。ミランダは続ける。
「この間だって、何処かの国で王様が失言をしたことがあったわ。国民は国の奴隷だ、みたいなニュアンスの発言をしてね。私たちもそれなりの立場にいるのだから、気を引き締めておかないと駄目じゃない。一歩間違えると、その国の王様みたいに、大変な波乱を呼び込む可能性だってあるわ」
ミランダは事例を示しながら、俺への問題点を指摘した。
この王の発言は、俺も知っていた。確かに国を背負う王がそんなことを言えば、民は激情にかられるのも必至だろう。また、この国以外にも要人による不用意な発言により、大きな問題に発展したケースもある。
情報化社会の現代では、言葉一つで、大惨事に陥ってしまうことが多いと聞く。確かに、立場のある人間は、それなりに注意して発信しなければいけないというのは当然だろう。
しかし、受け手側もちょっとしたことで、騒ぎすぎな気もするのだ。言葉は文章とは違い、放っては消えていく泡のようなものだ。人それぞれの考え方があるわけだし、多少の失言を、大勢が寄ってたかって批難するのは如何なものだろうか。もちろん批難するのは自由だと思うが、多少の注意で済ませておけばいいのではないだろうか。
そんな考えの俺だったため、ミランダとは反りが合わないのは当然だった。彼女は不用意な言動は慎むべきだという考えを崩さない。今日のおじいさんとの会話を振り返り、様々な角度から問題提起をしてきた。結局根負けした俺は、「わかった。今度から気をつけるよ」と、心にもない約束を交わし、決着をつけた。
「わかってくれたなら結構よ。今後は絶対にこうした発言はしないで」
こうして、俺の問題発言に対しての話が終わり、解放されるかと思いきや反省会はまだ続くようだ。俺としては随分直したつもりだったが、街の人に対しての態度の問題だったり、王様に対する話し方までなじられ、改めるよう言い渡された。
睡眠不足な俺は、意識が朦朧としており、反論する元気も気力も沸いてこず、どうせ逆らったところで逆撃を被るだけなため、黙って頷いているだけだ。
さらに会議は、今後の方針についてに移り変わり、二五万フォルツを貯めるための計画が練られることとなった。そもそも金額が常軌を逸した額だったため、金策も途轍もない要求を課せられることとなった。こんなものを本気でやろうとしたら、魔王にたどり着く前に息絶えてしまうかもしれない。
時刻二時過ぎ、ようやく解放された俺は、部屋にふらふらの状態で戻ることとなった。ベッドに倒れ込むとそのまま意識を失い、泥のように眠った。




