貧困な勇者は武器が買えない
中に入ると、白と赤を基調とした煉瓦造りの街並みが目を引いた。
商店がそこかしこにあり、石造りの住家が立ち並び、道は迷路のようになっている。動き回っていると、うっかり迷子になってしまいそうだ。
横を荷馬車が横を通りすぎ、露店からの客引きの声が、街全体に活気をもたらしていた。街全体から賑やかな話し声が聞こえてくるようで、グラリア王国が発展した都市である証左であった。
俺の住むアルタイルは、他国に比べると田舎といってよく、人通りはもっと少なかったし、店の数もこことは比較にならないほど少ない。そんな地で過ごしてきたため、これだけ人の多い場所はどうにも落ち着かなかった。元々人混みが嫌いな性格だったため、静かな場所ほうが落ち着くのかもしれない。
対してミランダはキョロキョロと周囲を見渡し、興味深そうに色々な場所に視線を向けていた。新しい地に足を踏み入れた喜びを感じているかのようだ。こいつは、俺とは対照的に人の多い場所が好きなのだろう。
ライライ村とは違い、俺たちが街に入っても誰も近づいてくることはなかった。街の人は普段通り生活しているようだった。忙しそうな人もいれば、雑談に興じている人もいる。いずれにしても、余所者を気にするような者はいないようだ。おそらく旅人自体がそれほど珍しくないのだろう。
俺は洞窟での戦闘などもあり疲弊していたため、宿に直行して身体を休めたかった。しかし、ミランダが早速武器屋の方に向かい、足を止めて看板を見ている。
「ミランダ、何か欲しいものでもあるのか?」
彼女は武具に執着がないイメージがあったため、珍しく思い訊いた。自己鍛錬を怠らず、己の力を極めていけば、杖や剣に頼らずとも強くなれるという考えらしい。エキセントリックな思想ではあるのだが、まったく的外れともいえない。そんな彼女だったため、グラリア王国に入り、まず向かったのが武器屋だったのが意外だった。
「これから先のことを考えると、強い武器は必要よ。入りましょう」
確かに手持ちの装備品だけでは、心許ない気もする。だが、現在俺たちはお金を持ち合わせていなかった。強い武器など購入できるわけもない。冷やかしになるのではないかと懸念したが、ミランダはずかずかと中へと入っていく。仕方なく俺も、彼女について中へ入っていった。
「へいっ、らっしゃい!」
中に入ると、カウンターに座っていた店主が元気よく挨拶をしてくれた。頭は丸く見事に禿げ上がり、身体はごつく男らしい体躯をしている。まさに武器屋の主人といった男だ。
店内はズラリと武具が揃っており、剣や斧、槍や弓などあらゆる種類を取り扱っているようだった。高級品と思われる装飾を施した武器に、粗雑なものまでと幅広い。またあまり他で見ないフレイル系の打撃武器や、投擲武器のチャクラムのような珍しいものまで置いてある。
俺は戦闘マニアでもなければ、コレクターでもないため、それほど装備品にこだわりはない。それでも、こうして様々な種の武器を見ていると、少しだけ心が躍る思いだった。強そうな物に憧憬の念が入るのは男としての本能だったのかもしれない。
買うつもりもないのに、店内をミランダとは別々に見回り、色々と眺めていく。
俺は、柄も刃も長いツーハンデッドソードという両手剣に興味を示した。一際長い剣は、今持っている銅の剣に比べ、二倍以上はありそうだ。精巧な造りは美しく、職人がじっくりと精製したと思わせてくれる。錆び散らかしたような今持っている剣とは大違いだ。
ソードラックから剣を抜き、持ってみるとずっしりと腕に重さが伝わった。俺は少しだけふらついてしまう。もし装備するのであれば、多少の筋力アップをしなければ使いこなせないかもしれない。両手剣は、単発での威力が片手剣に比べ高く、そのため守備の固いモンスターなどに有効だ。俺は小さい頃、こうした長い剣や刀などに憧れており、ばっさばっさと振り回して魔物を倒していく妄想をしていたことがある。とはいえ、長い武器はあまり汎用性があるとはいえなかった。
モンスターにはかなりの種類がおり、固い敵から柔らかい敵、素早い敵から遅い敵まで多岐に渡って存在する。そのため、武器によって有効な種類が違うことが多いのだ。打撃系が有効な敵もいれば、刃物の方が有効な敵もいる。そういう意味では、本当は様々な種類の武器を携帯しておいた方が、いざという時に役に立つのだが、現在は銅の剣一本だった。
また、場所によっても、活躍できる場面が異なる。先ほど通ってきた狭い洞窟などでは、今持っているツーハンデッドソードなどは、壁に当たったりして邪魔になるだろう。そういう意味では銅の剣の汎用性はいいともいえるが、王は間違いなくそこまで考えていない。単に金をケチっただけだと考えるのが妥当だろう。思い返していると、俺はこのツーハンデッドソードを持ってアルタイルに帰り、王を後ろから叩き斬りたい気持ちにさせられた。
変な妄想を抱きつつ、剣を持ち上げ眺めていると、店主に声をかけられる。
「おう、兄ちゃん。お目が高いな。そのツーハンデッドソードは、この街でも指折りの職人が作った剣なのさ。切れ味も抜群で、槍などの長い武器に対しても対等に戦える。どうだい? 若い兄ちゃんによく似合っていると思うがね」
お世辞とわかっているが、似合っていると言われて悪い気はしなかった。こうした長尺武器を所持したい気持ちは確かにあったのだ。しかし値札を見て、俺は驚愕してしまう。八千七百フォルツ……と書いてあった。俺は反射的にソードラックに剣を戻し、「あ、はい」と微妙な笑みを浮かべてしまった。武器屋の主人も困惑したような表情を浮かべ、結局離れていく。
欲しい気持ちはあったが、とても今の所持金では購入できない金額だ。洞窟で入手した遺品の数々を売却してないから正確な資産の把握が難しいが、全部合わせても五百フォルツにも届かないだろう。宿代や食費、必需品などの購入も考えると、しばらくは無理そうだ。諦めるしかなかった。
そんな中、ミランダが気さくに店員に話しかける。
「魔具の通っている武器はないかしら?」と。
俺は、ミランダが何を考えているのか、さっぱりわからなかった。
魔具とは魔力の通った武器のことで、特殊な鉱石で作るか、モンスターの素材からとれた貴重な素材でしか作れないものだ。いずれにしても、大変入手が困難な代物だった。
魔具の通った武器は強力だった。例えば、火属性が付属している武器で敵を斬りつけると、炎ダメージも追加でき攻撃力がかなり増す。それ故、需要も高く、上級者になるほど欲しがる人が増えるのだ。いずれにしても、魔具は貴重な素材からでしか作ることができず、普通の装備品とは比較にならないほど高かった。
「おう。置いてあるぜ。あそこのケースの中だ」
そう言って、店員は指をさす。
そちらに目を向けると、中央に透明なケースが置いてあるのがわかった。
ミランダと俺は近づいていき、中を覗く。
するとそれ自体から僅かに発光している武器が二つほど入ってあるのが目に入った。
メイス系の打撃武器と、剣のようだ。メイスの方は頭の金属部分から黄色の光を発し、剣の方は刃が緑色の光を発している。
俺も初めて見るため、しばらく茫然と眺めてしまった。神秘的な光を見ていると、装備すれば強くなれるだろうと錯覚してしまうような気にさせられた。
「メイスの方が光属性で、剣の方が雷属性の力を宿している。いずれも効果が強力なのは保証するぜ。他国でもこれほどの魔具は中々ないはずだ」
確かに魔具を取り扱っているという武器屋というのを、あまり聞いたことがない。一般的な流れとして、素材を腕ききの職人に持っていき、魔具を作って欲しいと注文するというのが普通らしい。そのため、武器屋にまで出回ることはなかなかなかった。その意味で、さすがにグラリア王国といったところか。
「お値段はいくらくらいなのかしら?」
ミランダはどこかの貴族の令嬢のように、気品のある言い方で質問した。いくらセレブっぽく振る舞っても、俺たちにこんなものが買えるわけがない。旅の生活費で、かつかつなのだ。
「メイスの方が十八万フォルツ。剣の方が二十四万フォルツだ。今日買うっていうのなら、少しくらいはまけられるぜ?」
「に……」
俺は値段を聞き、ぶったまげて閉口してしまった。やはり魔具というのは高価な物だと改めて認識させられてしまう。こんなものを買うのにどういった金策をすればいいのか見当もつかなかった。
「なるほど、二十四万フォルツね」
彼女はなぜか高い方の金額を口にして、ケースの周りを優雅にゆったりと廻りだした。その様子は、今日購入すべきか、本当に迷っているかのような所作にも見える。しばらくして、ミランダは口を開いた。
「今日は、手持ちがないのでまた来ます。どうもありがとうございました」
「そうかい。また来てくれよ」
買わないことに不愉快な様子を見せず、店主は気さくにそう言ってくれる。
それにしても、ミランダの思惑が全く読めなかった。買うつもりもないのならば、なぜ武器屋にはいったのか、どうして魔具を見せて欲しいなどと言ったのか、さっぱり理解ができない。俺たちには今、普通の鉄の剣ですら、買えるほどの余裕はないのだ。
ミランダは店の出口へと歩いて行く。すると「あっ」と何かを思いだしたかのように言い、はたと足を止めた。
「どうした?」
一緒に出口に向かっていた俺が、何事かと思って訊く。すると彼女は快活な口調で、
「勇者、あれを!」
と言った。
こいつ、まさか種を渡すために、ここに寄ったんじゃあるまいな?




