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侘しい朝食

「勇者、起きて。起きなさい」


 微睡みの中、身体を揺すられるのを感じた。

 意識が完全に覚醒していない中、誰がベッドの横に立っているのかすぐにわかった。前日に夜分遅くまで、ひたすら説教をしてきた幼馴染みのミランダだ。


「勇者、今日は朝早く村を出て、向かう場所があるって計画したでしょ。起きなさい」


 正直なところ、まだまだ寝たりていなかった。昨日、色々ありすぎて疲弊した上に、遅くまで話し合いを強いられたせいで、睡眠時間が全然追いついていないのだ。もっと寝ていたい。身体を休めたい。そう心は葛藤している。が、脳は別の指令を出していた。


 前日の朝のことが脳裏に浮かぶ。ミランダから風魔法を受け壁に激突し、宙を舞い、その後地面を擦っていく。あれは本当に痛かった。

 気がつくと俺はベッド横に飛び起きて、幼馴染みに挨拶をしていた。


「勇者、今起きました! おはようございます!」


 考えるよりも先に、身体が反応していた。鈴を鳴らし、餌をやることを繰り返した動物は、鈴を鳴らしただけで涎が出るという条件反射が身につくらしい。おそらく俺が瞬時に起きたのも似たような現象だろう。


「そう。起きてくれて良かったわ。それじゃ一階の食堂に向かいましょう。朝食の準備ができているらしいわ。着替えたら勇者もすぐ降りてきてちょうだい」


 ミランダはニッコリと微笑み、そのままドアから出ていった。宿に鍵がついていなかったのが不運だった。元々宿用に建築された物件でないため、多少は杜撰なのは仕方ない。

 ……が、百フォルツ以上せしめていると考えると、ますます主人に腹が立つ思いだった。


 俺は急いで寝間着を床に脱ぎ捨てて、私服へ早着替えをする。それほど急ぐ必要はないのかもしれないが、何が彼女の地雷となるかわからない。着替え終わると、ドアを開け、小走りで階段を降りていった。


「おはようございます。勇者様! さあさあ、朝食の準備ができております。どうぞこちらへ!」


 一階のロビーに行くと、主人がこちらを向き、元気よく挨拶をした。なにも考えていないような暢気な顔を見ていると、それだけで峰打ちを喰らわしたい気分にさせられた。とはいえ、ただの宿の主人をぞんざいに扱うわけにもいかない。


「おはようございます」


 俺は小声で仕方なく応える。彼は聞こえていたのかわからないような感じで頷く。そのまま朝食の準備がしている部屋に案内してくれた。


「こちらになります」


 ドアの前で立ち止まり、手でその扉を示す。

 正直なところ、お腹は減っていたし、宿の朝食というのは楽しみでもあった。なんだかんだで旅の醍醐味といえば食事にあると思うのだ。


 ドアを開閉すると、ミランダが先に座っており、こちらを向いている。勝手に食べ始めてもらって構わなかったのだが、律儀に俺を待っていてくれたらしい。


「さあ、勇者、座って。朝食を頂きましょう」


 彼女の対面に移動し、俺も着席する。


 しかし、俺はテーブルの前に置かれた食事を一目見て、思わずまゆを顰めてしまった。

 テーブルの上には少量のサラダが一皿と、皿に乗ったクロワッサンが二個乗っているだけだった。一応ジャムなどは付いているが、思わずこれだけ? と主人を呼んで問いただしてしまいそうになる。周囲を見渡しても、セルフサービス式で食事が別に用意されているような気配はない。どうやらガチでこれだけらしい。


「いただきます」


 俺は狼狽していたが、ミランダは丁寧にそう言った後、こちらをチラリと見る。こんなことで、昨日のような議論に発展したくはない。仕方なく、俺も「いただきます」と小声で言った後、食事に手をつけることにした。


 少量の食事を、口に運んでいく。

 パンは冷めていて、お世辞にも美味しいとは言えなかった。前日に適当に市場で買ってきたパンをそのまま出したような印象だ。またサラダも萎びていて新鮮さが損なわれている。面倒だから、晩に作り置きしておいたものをそのまま出しましたと言わんばかりの粗雑さだった。これで二十フォルツも持っていくのはあんまりだと思う。


 目の前のミランダは、黙々とサラダやパンを食している。こいつはこいつで文句はないのだろうかと思ったが、特に不満そうな様子は感じなかった。まあどちらにしても、因縁をつける性格ではないのだが。


「勇者、ちょっと今日のことを話したいのだけど」


 食事に手をつけながらミランダは、そう声をかけてきた。俺の身体は自然と硬直してしまう。


「今日のこと?」


 一体どういった種類の質問か図りかねたため聞き返す。


「ええ。ライライ村を出た後の行程のことよ。昨日も話したけど、一応確認しておこうと思って。あれでいいかしら?」


「ああ、そのことか」


 俺は安堵する。前日の続きで、追加の説教をくらう覚悟をしていたのだ。もっともこれはこれで楽しい会話ともいえなかった。


「まず私たちはグラリア王国を目指すことにしているわ。その課程で、岩山を抜けないといけない。大きく迂回するか、洞窟に入って近道するかだけれど、本当に洞窟を直進するということで大丈夫かしら?」


 前日の夜にも話された内容だ。

 ライライ村からグラリア王国へ向かうまでの間に、大きな岩山が存在している。今ミランダが言ったように大きく迂回するか、洞窟を通るかしか選択肢がなかった。迂回して向かえば安全ではあるが、数日を消費してしまうことになるだろう。


 逆に洞窟から行けば、一日で到着できるくらいの距離ではあるのだが、多少危険が伴う。洞窟はモンスターの住処となっており、確実に戦闘を多くこなす必要があるからだ。


 本来危険を避け、安全に行きたいという俺の性格的には、迂回するという選択肢に魅力を感じていた。とはいえ、野宿を何度かしなければならないというのも正直きつい。

 また、洞窟は魔物が多いとはいっても、調べた限り、それほどの強いモンスターはいないようだった。この程度であれば二人なら命の危険もなく、通り抜けることは充分可能だろう。


 二つを天秤にかけた時、近道である洞窟から行く方のメリットがあると判断し、ミランダにそう告げたのだった。


「まあ大丈夫だろう。少しでも早く着いた方がいいしな」


「確かにそうね。グラリア王国の人々も私たちを心待ちにしていると思うわ。きっと困っている人々が沢山いると思うから」


 俺が言った意図とは少し違うのだが、ミランダはそう自己解釈をして納得した。そうして、意気込みみたいなことを語りだす。


「勇者。必ず洞窟を通り抜け、グラリア王国の人々を救って差し上げましょう。私たち二人が力を合わせれば、不可能はないはずよ」


 そんな暑苦しいコメントを残した。

 正直、そこまで意気込まなくても大丈夫だとは思うが、実際彼女の魔法の腕は確かで心強かった。俺は小さく頷く。

 テーブルをちらりと見る。気がつくとなくなっていた微少の量の朝食。今、一番の不安は、旅の途中で腹を空かせないかということだった。

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