第7話:伸びる登録者、百合ってなんなの
「おかしい」
おかしい。目の前の画面に表示されている『47』という数字に奇妙な違和感を覚える。
私の知っている数字は『32』だけ。何の話をしているかと言えば、それはチャンネル登録者数の話であった。
アステとの初配信から数日。緩やかにだが、今までの比ではないほど確実に伸びる登録者に、感謝の念を抱きつつも、それとはまた別の感情が浮かび上がる。
それは疑問。謎と言ってもいいその事態は、私にとって看過できない内容であった。
「コメントを見返しても、やっぱり百合、かぁ」
百合ってなんだ。調べるなと言われた内容がここまで引っかかってくると、秘密裏に調べてしまいたくなる気持ちでいっぱいになる。
だが落ち着いてほしい。ここで分析することは可能だ。調べなくても、察する。これだけでも十分知ることができるのだから。
しばらくアーカイブ動画を見る。
悶える。自分のぶりっ子姿に頭を抱えた。
「いや、きっつい」
そのままウィンドウをそっ閉じ。
うん、アステに聞こう。そうしようそうすべき。
◇
「時は来た……」
腕を組んで、首を上下に揺らす。
なにが時は来た、だ。さっさと教えなさいよ。
「まぁまぁいいじゃないですか! 百合を調べる配信。これしましょう!」
「調べる配信? そんなのでいいの?」
「もちろんです! もちろんわたしも参加しますよ!」
それは願ったり叶ったり。
雑談配信は、基本話題がなければ黙ってしまう程度には難しいものだ。
話題がある。加えて相方がいるともなれば、1時間ぐらい平気で時間を持たせられることが可能だろう。この前だって2時間もやってたみたいだし。
「では早速告知して配信準備しましょう!」
「すごくノリノリだね」
「それはもう! だって……えへへ」
妙な悪寒がリアルではない電子の身体を突き抜ける。
アステ、あなた何かドッキリみたいなのを隠してたりはしないよね?
何か企みがあっても、この登録者数の伸びは真実であるため、何かされてもわたしのおかげですよ? と言われたら弱いわけで。
もしかして協力したらダメな子といま一緒にいるのでは。しばらく考えて、元から変な子だったと思い返す。
取り柄に元気と言う子は純心だけど、危うい。アステは自分のおかげであることを平然と口にする女の子だ。
私がちゃんとしないとな。一緒にいるのは私なんだし。
数時間後。配信の準備が整い、配信開始となった。
相変わらず同時接続数は少ないものの、以前よりは何人か増えていることは感じて取れた。
いつもの挨拶と自己紹介を重ねてから、私たちは今回の目的を口にする。
「今日はですね、師匠にとある単語について調べてもらおうかと思ってます!」
:単語?
「そうそう。それはこちらです!」
ゲーム内のチャットには打ち込んだ文字を実際に表示させる機能が存在する。
それを利用して、アステが表示させたのは『百合』の二文字だった。しかもご丁寧に少しピンク色がついている。何故。
:草
:カナタちゃん、知らないの?
「花のことだよね?」
:あっ……(察し
:カナタちゃんはピュアだなー
どうしてそうなるの。
普通百合って言ったら花ぐらいしか思い浮かばないでしょうに。
そこに綺麗も汚いもあるかっての。
「まぁまぁ、実際に調べていきましょうか!」
「そうだね! よーし、ウィンドウでてこーい!」
配信ソフトに有名な検索エンジンのウィンドウを表示させる。
慣れた手つきでポチポチとキーボードを叩いて、エンターキー。
一番最初にヒットするのは間違いなく花の方の百合であった。
「わー、キレーイ! 百合の花ってこんなに、色が……」
表情が固まった。一番上にヒットするのは百合の花だ。
だが2つ目にヒットしたものは花の種類ではなく、また別の概念のようなものだった。
「……ジャンル?」
まさにパンドラの箱を開こうとする行為。
危険であることが脳内にけたたましく発令される。
それ以上はいけない気がする。何故かは分からないけれど、配信事故になりかねない。そんな予感。
思わずスワイプしていた指を止めて、ウィンドウとじっとにらめっこ。
押すべきか否か。いや、押さなきゃ始まらないのは分かっている。けれど、何かの尊厳がここから先が一方通行であることを――。
「えい」
迷っている私なんて放って、アステはリンクを踏んだ。私の許可を得ずに。
「なにやってるの?!」
「このままだと放送事故になっちゃいそうだったので」
「だったので、じゃないよ! いや確かにそれは気になるけれども!」
:草
:それはそう
ま、まぁいいけどさ。
手始めにこの目の前に乗ってる百合のwikiみたいなのを読んでいくことにしよう。
えーっと、なになに。
「百合は、女性の同性愛のこと……」
一瞬その言葉の意味を理解できなかった。気づけば、思わず首をかしげていた。
「えっと? またはそれを題材にした各種作品のこと。基本的には女性同士の恋愛が主体となっているものの、それに近い友愛もしくは友情を描く作品も、百合と言うことが多い。へ、へぇ……」
:ドン引きやん
「さて師匠。ここまで読んでもらったと思うんだけど、わたしが言ったこと、覚えてます?」
蘇る記憶。確か、百合営業って言ってたよね。
百合を営業。つまり売る。私たちの同性愛を、売る?!
「あ、あなたなに考えてるのよ?!」
「えへへー!」
「えへへー、じゃないよ! アステって……」
「師匠、アイドル」
「きゃるーん! じゃなくって!」
:芸人かよ
:百合営業っぽかったけど、片方ホントは知らなかったパターンか
:ウケる
「ウケないよ! いやでも好かれているのは嬉しいけど、そういう意味でもなくって!」
完全にハメられた。
アステの真の目的って、もしかしてそういう。私とくっつくってことでいいの?!
「わあ! 嬉しいんですね?!」
私が動揺しているうちに距離を詰めたアステの両手は、そっと私の右手へと注がれる。
するっとしなやかな指が右手を包み込んで、少しだけ温かさを感じた。
「へっ! ア、アステ?!」
彼女は目と目を合わせると、少しだけ目を細めて口角を上にあげる。
まるで私を試しているかのような、そんな気さえしてならない。
でもそれ以上行かなかったのは、彼女が控えたのか。それとも私の意地っ張りが発動して、睨むようにじっと見たのが悪かったのか。多分後者だ。
:てぇてぇ
:まんざらじゃないんすねー
:そういう路線で……
「なんちゃって、です! 恋愛じゃなくても、師弟の友愛ってことで1つ!」
細めた目はそのまま歪むことなくにっこり笑う。
何かよくは分からないけれど、胸の奥がわずかにきゅっとなる感覚が不可解だった。
「は、配信はここまで! それじゃあね!」
アステが変なこと言うから配信を止めざるを得ない。
そういう言い訳を頭の中で繰り返しつつ、握られた右手の、彼女のぬくもりに少しだけ心が安らぐのだった。




