第6話:初配信、百合営業
そして3日後。
時刻はだいたい20時ぐらいだろうか。
準備も整って、さぁ配信を始めようというところであった。
目の前にはゲーム内で購入できるカメラ。丸い球体のような形をしており、小さい見た目ながらも高性能で頼れるやつ。
例えばカメラを掴んで投げることもできるし、カメラマンがいれば動かすこと可能。自動追跡機能でバトル中の激しい動きもばっちり撮影可能。
もちろんそれなりにお金がかかったりもしたが、そこはゲーム内マネーがたんまりあった私。そんな困難はないに等しいのである。
そして背景は教室のようなお部屋。
クランを組めばクランステーションと呼ばれる専用の部屋を用意できるのだが、今はクランのクの字もない。なので今回はスタジオを借りるような形となっていた。
「普段以上に緊張してきた」
「あはは、それはわたしもです!」
そんなに元気よく言われても、緊張が吹き飛んだりはしないと思うんだけどな。
両手で拳を作ってフンスと胸の手前に構える彼女は、それはそれで絵になる。が、見た目と乖離した姿にやや苦笑を禁じえなかった。
「な、なに笑ってるんですか?!」
「ううん。ちょっと緊張がほぐれたな、って思っただけ」
アステのおかげでね、とは言わないでおく。
「わたしにもおすそ分けしてくださいよ!」
「無理。じゃああと1分だから」
「うぅ……。手のひらに人を書こっと」
手のひらに人を書いてぱくりと飲み込む。それを3セット。
そんなことしなくてもたくさん人が来るわけでもない。背中を軽く叩いてあげれば、勇気が出てくるかな。ポンと叩いて、振り向いた彼女にサムズアップ。ちょっと笑った。
「ありがとうございます! よ、よし。頑張るぞ」
私も頑張んなきゃね。主にロールプレイを。
◇
「宇宙のカナタに思いを馳せて! どーもー! 新人配信者のカナタでーす!」
相変わらずコメントはないし、アクティブも1人か2人を行き来している。
よし、いつも通りだ。
「今日からはー、なんと! 2人でお届けしまーす!」
――ほら、自己紹介。
ポンと背中を叩いて、催促する。配信者としてのイニシアチブを握っているのは他でもない私なのだ。せめて緊張するアステを誘導するぐらいの真似はしなければ。
「え、えーっと。小惑星からこんばんは! 初めまして、アステです!」
へー、そういう挨拶は決めてきてたんだ。
なら、それに乗っかろうかな。
「アステって、小惑星のアステロイドから来てるの?」
「は、はい!」
「何か理由とかある? キラキラ輝く一番星になりたーいとかさ!」
「え、えぇ?! その、笑いませんか?」
「笑うわけないよー!」
だって今めちゃくちゃひやひやしてるんだから。
意外にも自分からしゃべらないアステを、本当に大丈夫かこいつと言わんばかりに引っ張ってるのはどこのどいつだと思ってるのさ。
「昔から宇宙が好きで、このゲーム宇宙も飛べるって聞いて始めたんです。そこで名前をどうしようかーって思ってたら、アステロイドってワードが、こうビビッときまして」
「つまり直感?」
「そうです! そこからアステ、と付けさせていただきました!」
「そっかー! 私も実は宇宙の彼方ってところからきててねー」
緊張は基本的に慣れでしか解くことができない。
なら、最初のうちはずっと緊張したままかと言われたら、実はそうではない。
私が緊張をほぐして、配信中に徐々に慣れていけばいいのだから。
「私ね、実はアステちゃんが始めた頃に1度だけ遊んだことがあってー。その時からずっと師匠師匠って言われて困ってるの!」
「師匠は師匠ですから! 皆さんもみたことありますよね、師匠の技の数々!」
:こんばんはー、カナタちゃんのプレイングはマジで目を見張るものがある
「いらっしゃーい! そ、そうかなぁ? えへへ、そうだと嬉しいんだけど!」
訂正しよう。そうでなければ困る。
でなければ最強クランでA部隊のリーダーをやっていた過去が台無しになってしまうのだから。
「ですよね! 師匠はなんと言っても調弦者って呼ばれるぐらいには有名で―」
「アステちゃーん?」
ガシッと肩を掴んで、強引にこちらを振り向かせる。
「その調弦者はなしで。私、あのあだ名苦手なのよ」
「えー、でもかっこいいじゃないですか」
「かっこよくてもなんでも、キャラじゃないの。今はアイドル路線で売ってるわけだから」
まぁそれも戦闘時はほぼないに等しいのだけど。
そんな『お話』をしていると、コメントがぴょこんと増える。
:調弦者……あっ……
:調弦者でカナタって名前はカナタちゃんしかいないからね
「あ、あははー。私はそこまで好きじゃないんだけどねー」
また1人、私の過去がバレた声が聞こえた。
「でも昔は昔。今は配信者のカナタだから!」
「そうです! 師匠と仲良く配信です!」
私の左腕をいつの間にか抱きしめると、胸の柔らかい感触が伝わってくる。
くっ。私のリアルもこれだけあればいいのに。
:仲いいなぁ
:てぇてぇ
:てぇてぇ
なんかコメ率伸びてない?
てぇてぇってそもそもなに。私の知らない文化をたった今、垣間見ている。
「そうですよー! わたしは師匠のこと、大好きですから!」
初耳なんですけど?!
笑顔満点。照りつける太陽のように燦々と降り注ぐ光のスマイルを向けられて、照れないわけもなく。
というか急にどうしたの。さっきまでそんなことより緊張してなかった?
「師匠はどうなんですか?」
「い、いや別に」
「アイドル」
「私もアステちゃんのことスキダヨー」
:カナタちゃんキャラガタガタで草
:これはビジネス百合
:やっぱりカナタちゃんは戦闘狂
「ガ、ガタガタじゃないですー! 私は昔からアイドルだったよ! あと戦闘狂じゃないし」
ガタガタなのは認めるけれど、戦闘狂と名乗った覚えはない。
私は仕方なく戦っていただけで、実際はもっと平和主義ののんびり屋さんのはずだ。
そのはずなんだけど、どうして……?
「そういえば師匠の最近の戦績は?」
「この前のランダムマッチは、10戦やって9勝1敗かな」
:は?
:何言ってるの?
:ランダムは5割行けばいい方なのに
え、みんなぶっ潰せばいいんじゃないの。
あそこは魔境だし、闇鍋もいいところだから、一個人の実力がモノを言う鍛錬にはちょうどいいマッチングなんだけど、どうも周りの反応はそうではないらしい。
「師匠はやっぱりすごいですよ!」
「でも私、ベディーライトとかよりは弱いし」
:個ラン2位と比べるな
:実際カナタちゃん個ラン2桁は行けるでしょ
:初見。あたおかコマンド―と聞いて
「初見さんいらっしゃい! あたおかコマンドーって何?!」
最初の時間想定は1時間だったのだが、楽しくなって気づけば2時間。
タイムキーパーボロボロかよ、と思いながらもなんだかんだ楽しかったしいいか、という気持ちでいっぱいだ。
腕に当たるアステの感触を少し困惑しながらも、私は楽しい雑談配信を続けるのであった。




