第26話:好きなもの、私に教えて
「うおおおおおおおおお!!!!!!!! 宇宙ゴリラーーーーー!!!!!」
「騒々しい……。ほう、太陽系の模型もあるのですか」
空飛ぶゴリラ、というのは都市伝説の1つかもしれない。
だけど目の前にはその都市伝説が宙を舞っているから、実際のところそういうゴリラは普通にいるのだろう。
冗談はさておき、下見に来た宇宙ステーションをそのまま購入。
ここを領土とする勢いで半重力の室内を楽しんでいる模様だ。
「なるほど、ここでなら……」
「どうかいたしましたか、ノイヤー様?」
「空中コーヒー。いける」
「流石、常人にはおおよそ考え付かないような素敵なお考え!」
自由にやってるなー、ホント。
この宇宙ステーションは月に接地された場所で、月の重力とクランステーションの設備の影響で先ほども言った半重力体験を再現できているというものだった。
もちろんスイッチ1つで重力を地球と同様の力にすることも可能。飽きたら慣れ親しんだ地に足の着いた生活も送ることができるとのことだ。
さらに地上へのテレポート装置。武器のメンテナンス。加えてアイテムの補充スペースなど、諸々やれることが多いのも特徴的だ。
その額1000万G。ジャストの金額で、クラウンレースの報酬をここですべて使い切った。なんという爽快感。心地いいわ、やっぱ。
「師匠! 外見てください! すごいですよ!!」
「はいはい、引っ張らない」
ぐいぐい腕を引っ張ってくる彼女に少し呆れながら、宇宙ステーションに備え付けられている窓から外を見る。
目を、丸くした。
「ここから地球が見れるんですよ! 月から見た地球! すごくキレイ……」
「……初めて見たかも」
意外そうな顔で私を見るアステ。
それもそうか。一応私はこのゲームの先輩なわけだし。
今まで見てきたものはぼんやりと視界に入った青い丸程度だった地球。
常に宇宙を、輝く星々を見続けてきた私には、地球は自分の居場所というだけで、それ以外の情報がなかった。でも、認識を改めるには十分な感動。
「アステ、外出よっか」
「……はい!」
魔法少女に、ウィッチに宇宙服は必要ない。
魔法のおかげですべてが利便に解決する便利な設定があるからだ。
他のメンバーに挨拶を交わして、私たちは防護壁の向こう側へと足を踏み出す。
真空なのに音がある。
ジャリっという月の砂の音。着地するたびにそれが宇宙へふわりと舞って、どこに消えたか分からなくなる。
偽物の宇宙。本当は音もなんもない静寂なのに、私たちはそこで生きている。
不思議な感覚。やっぱり、ここの宇宙はフィクションだ。
「見てください! クレーター!」
「こんな感じなんだね」
「本当はもっとごつごつとしてて、酷く抉れた地面になってるんでしょうけど、これはこれで風情があります」
「アステは宇宙が好きだよね」
「はい! ロマンですから!」
アステが親しみにあふれた笑顔で青い地球を見入る。
それに釣られて、私も海と地上と雲に包まれた我らが故郷を見つめた。
「なんか、いいですね」
「何が?」
「こうやって2人で非日常感覚を共有できるって!」
今度は私を見て、地球を背に太陽の光のように眩しく、しかしながらそれほど灼熱ではない、暖かな笑顔を向ける。
ホントに嬉しいんだ、アステ。私と一緒にこんな体験ができて。
私は、どうなんだろう。
アステは私のことをどこまで信じていてくれるんだろうか。
私は彼女をあまりにも知らない。それでも他の人よりは信頼している。
だから、私はこう考えることが多い。
「私さ、アステのことあんまりよく分かってないんだよね」
「え?」
悲嘆にくれる青ざめた顔。そうじゃない。そんな顔をさせたいんじゃない。
手をブンブンと振って、それが誤解だと言うことを告げる。
「アステのこと。……その。…………信頼は、してるんだけど。やっぱりまだ出会ったばかりっていうか、好きなものとか、嫌いな食べ物とか知らないからさ」
「あっ……。そんなことですか」
そんなことではない。私にとってはもっと重要で、もっとアステのことを知りたいって思うきっかけなんだから。
恥ずかしくてこんなこと言えないけど、それでも勇気を出して知らないって口にできただけ上々だと思う。
「アステは、私のこと何か聞きたいとか思わないの?」
「確かにありますけど、それはもう知ってたりしますから!」
「ふーん。……え?」
「例えば、昔タコがトラウマだったとか」
「なんで知ってるの?!」
トラウマだった、というか、あの赤い悪魔は吸盤で引っ付いて離れようとしない。
昔、海で痕になってしまって、母親に「あなたの生気を吸い取られたんだよ?」という冗談を真面目に受け取って以来、タコという生き物が苦手になっていた。
ちなみにたこ焼きは食べられる。あれはため込んだ生気を自分の栄養素にできるって本気で信じていたから。
「ですから大丈夫です。わたしは師匠のこといっぱい知ってますし!」
「やっぱりストーカーなんじゃないの?」
「違いますってばぁ!」
あはは。宇宙に響く空気はないのに、ケラケラ笑う声が反響して楽しいが一帯に広がっていく。
むすっとしたアステの顔もかわいらしくて、より一層楽しいを実感できた。
……楽しい。そっか、楽しいんだ。
私は、アステといる時間が楽しいんだ!
「座る?」
「あ、ハンカチ持ってきてないです」
「別によくない? VRだし」
「それもそうですね!」
月に腰を下ろして、地球を見下ろす。
SFチックでファンタジックなこの光景は、摩訶不思議でありながら現実感がそこにはあって。
「好きな食べ物は?」
「天ぷらです」
「魔法は?」
「やっぱり《シューティングスター》ですね」
「じゃあ嫌いな魔法」
「《ヘブンズストリングス》で」
「えぇー」
時計の音も、人々の笑い声も、機械の音も。
何もかも排泄された宇宙空間はとても静か。
でも戦闘の音や隕石が大気圏に消える音が遠くに聞こえる。
世界で、ううん。宇宙で私とアステだけが2人っきりで取り残された感覚。
幸せな実感。
「マジクラ、楽しい?」
そんな質問を自然にしてしまうくらいには、私も気になっていたんだと思う。
元はと言えば暴漢から襲われて始まった関係だった。
本当はマジクラなんてしたくなくて、私に合わせて無理にやっているのかなって、ふと思ってしまったんだ。
でもそんな不安は、次の答えで払拭された。
「楽しいですよ、マジクラ!」
先輩としては、師匠としては、これ以上にないくらい嬉しい言葉だ。
キラキラ輝いた顔にきっと嘘はなく、本当に楽しいってことが分かる笑顔。
「師匠はどうですか?」
「私?」
しばらく考える。
確かに辛いこともあった。悲しいこともあった。
やめたいって思ってたけど、課金してたから惰性で続けていたこのゲームだったけど……。
――アステと再会して、変わった。
「うん、そうだね。久々かも、こんなに楽しいって思ったの」
笑顔を向ければ、返してくれる。
そんな一方通行ではなく、相互理解の関係が、私は嬉しかった。
マジクラが、じゃない。アステといるマジクラが、私は好きだ。
アステの重ねてきた左手に、少しだけ熱を感じながら、私たちは地球を見下ろす。
たった2人だけの宇宙。クランステーションに戻ったらいつも通りになるんだろうけど、この心をほんのちょっとさらけ出した空間を1分、1秒でも長く味わっていたい。
「好きだよ、アステといるこの時間が」
「……へ?!」
「え? ……あっ」
アステといると、本当に調子がくるってしまう。
だから、こんな恥ずかしいことを口走ってしまうんだ。
「ち、ちがっ……!」
「違うんですか?」
アステの重ねた手の力が強まる。
期待と不安をぐるぐるにかき混ぜた瞳。いつも私のことを見ていた瞳。
胸の奥がきゅっと握られているような、掴まれているような感覚。喉の奥が、ごくりと鳴る感覚がした。
「好きなのは、違うんですか?」
芽生えた感情はごく自然なもので。
この子には嘘をつきたくない。この子にだけは、本当の自分を見てもらいたい。
薄汚れていても、ぶっきらぼうでも、素直じゃなくても、それでも。
「…………ううん。何も違わない。私は、アステが――」
宇宙空間に響く。愛の言葉は漆黒の闇から1つだけ輝く一等星になって、アステに降り注ぐ。
憧れていた星の輝き。あそこに行きたい。もっと輝きたい。
そう願って、私はアイドルの真似事なんて始めた。
でもいらなかったそんなこと。
そばでずっと見てくれていたこの子と一緒なら、私はもっと楽しめる。
「……っ! それじゃあ、両思いですね!」
何恒星先でも輝ける笑顔を、受け止める。
うん、よかった。口に出してよかった。
アステと一緒なら、この先もちゃんと楽しめる。
重ねられた手を握り返す。
1人だけじゃ息苦しかった。でも2人でなら。
笑う私の顔は、アステにどう映っているだろう。
まぁ、今後も付き合っていくんだから、その時に聞けばいいか
――ブラッククランから追放されたので、弟子とのんびり配信者始めます! 完
これまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
ブラッククランから追放されたので、弟子とのんびり配信者始めます!略してクラ追はこちらで完結とさせていただきます。
まだまだ続きがありそう、というよりも結局アステっていったい何者なの?という質問が多そうですが、
それは私がまた気が向いたら、続きを書きます。
というのも、VRMMOものが伸びないのは百も承知だったのですが、
モチベーションに繋がる『伸び』という点で、心がくじけまして……。
カナタとアステの物語をもっと書きたかったのですが、このまま続けられるメンタルでもなかったので。すみません。
また新作は出すつもりですが、流石にいろいろインプットしたり、アイディアを練ったりするつもりです。
なので、その時はお読みいただければ嬉しいです。
それでは




