第15話:負けず嫌い、ステータス5倍コーヒー
どこだ。どこにいる。
知覚。聴覚視覚嗅覚触覚。そのすべての感覚を研ぎ澄ませる。
ステータス5倍ということは素早さも5倍。そして攻撃力も5倍ということ。
当たれば、確実な死が訪れる。この配信内で初の死を迎え入れることになる。
それだけは、絶対に嫌だ!!
「そこかっ!」
《ヘブンズストリングス》を起動させて、太い1本の糸を成形し、おそらくそこにいるであろう彼女にムチを振るう。
もはや経験則による勘だ。得てしてそれは研ぎ澄ませれば研ぎ澄ませるほど、未来予知にも等しい超常的な事実へと変換される。
土煙を上げた地面の先から一筋の黒星がこちらへ貫いてくる。
とっさに身体を捻らせれば、その場所に一陣の風が巻き起こる。いる。そして、今知覚した。あれは、怪物だ。
:ヒョェ
:ステ5倍ってこんななのか
:やば
:漏らした
コメントを拾う余裕なんてない。
ならもう振り切る。ロールプレイなんてあってないようなもの。ならば、リソース全てを目の前の怪物に向けた方が、私のメンタル的にもいい。
一度引き下がった黒星は、木々を蹴り倒しながら大回りに襲いかかる。
間違いない。あのスキルの弱点があるとすれば、小回りの効かなさだろう。
それも圧倒的な破壊力の前では些細なこと。振りかざされる暴力。パンチとキックの応酬なのに、すでにHPが何割か持っていかれていた。
風圧。それも洒落にならないレベルでの。
だが、ただでやられてやるほど私もお人好しではない。
私は負けてやるのが嫌なだけだ!
自分自身も移動しながら、ノイヤーを、黒星をいなしながら森の中に糸を巡らせていく。
『すごい。師匠あれだけの攻撃を全部躱してる?!』
:俺は無理だな
:さすカナ
:やばいわね!
いくら《ヘブンズストリングス》でも切れるときは切れる。
ましてやステ5倍の防御力と暴力を加えれば、大したダメージにもならず、ほぼ無意味な障害として処理されることだろう。
でも、私の狙いはそこじゃない。
「どうしたんですか? その程度の攻撃じゃ、私に傷一つつけられないですよ!」
「知ってる。だからこうするよ。《炎天着火》」
その言霊を宣言すれば、それまで土煙に覆われていた妖精の森が一変する。
文字通り火属性が付与されたスキルは魔法の糸に燃え移れば、一気に炎上していく。
糸という糸。先程まで張り巡らせた糸も、千切れた糸も。絡まった糸も全て!
「そういう、ことですか?!」
最初から私の狙いは火傷。つまりは状態異常での行動不能に限るってこと!
すでに着火された火傷のタネはみるみる内に怪物へと伝播していく。
「ですが、振り切ればいい話!」
「そう来ると思ってたよ!」
あまり見せたくはなかった。でも切らなければこの試合に負ける。
例え戦略を練ったとしても、戦術の前には全て崩壊する。
脳領域は火傷を振り切ることで必死なはず。だからここでさっさとケリをつける。
「《アクセラレー・ト・リューヌ》《ネクストレベル》」
光を放った私が次に纏うのは脚部。
発光した緑色へと変容した私の足はそれまでの速度を超える。
向こうが黒色の流星であるならば、こちらは異星体。エイリアンのような侵略者の隕石。
コンバットナイフを強く握り、交わる。
「ダメージが通る?! どんな魔法か知りませんが!」
交わるたびに一筋の傷を入れながら《ネクストレベル》を再度付与する。
ネクストレベルとは次回攻撃のダメージを倍にする効果。
加えて私の必殺技であるアクセラレー・ト・リューヌは自身への極限のバフ効果。
向こうが5倍なら、こちらは3倍。つまるところ、こちらのダメージが倍の倍で6倍になるということ。
速度も相まって、さながら《ブレイクタイム》の疑似効果。
黒と緑がぶつかり合う小宇宙。地上で行われたビッグバンに、コメント欄はさぞやドン引きなことだろう。
「やりますわね」
「そっちも。でもダメージレースはこっちが勝ってるよ」
「でしたらこちらも、切らせていただきます!」
「切らせるかっ!」
ノイヤーの必殺技は知っている。
だからそれの発動条件たる真正面にはいないようにする。逆に正面に入ってしまえば即死もあり得る程の威力。だからこの人は厄介なんだ!
すれ違うたびに一撃斬りつけていっても。
火傷でダメージを与えても。それでもこちらのダメージも馬鹿にならない。ジリ貧だ。
:すげぇ……
:これ、トップレベルのバトルじゃねぇか
:てかドラゴン◯ールかと
それでも、制限時間はある。
ノイヤーにも、そして私にも。
MPは後いくつ残っている? 《ネクストレベル》はもう弾切れか?
分からない。でも……!
「負けたくない!」
私はこんなところで負けたくない。恥を晒したくない。
ただの負けず嫌い。分かっているそんなこと。
でも、私は1人でも大丈夫って言えるぐらい強くなりたいんだ!
「こんのっ!」
ノイヤーが地面を踏み抜き地響きを起こす。
局地的な地震。振動。足を取られれば、その先に待っているのは即死。
バランスを崩した私を見る眼差しは1つ。右手のコーヒーカップが光り、轟音を立てて握る。
「《QED》」
クイック・エネミー・デストロイ。
名付けられた必殺技は唯一つ。向いている方向への、ワンパン攻撃。
絶大な威力であるこそ、弱点として範囲が真正面だけであること。
だからこれは一世一代の、魂のストレート。
私は、それを……。
『師匠!!』
上がる土煙。息も絶え絶えで、《ブレイクタイム》でのブースト時間が消失する。
上がる悲鳴。心配そうに画面を見つめるアステの姿は、正直見るに耐えなかった。
けどね。私はちゃんと勝ったよ。
「……とっさに魔法の糸で身体をわたくし側に寄せていた。なるほど」
《ヘブンズストリングス》をノイヤーに接着。そのまま引き寄せることで、わずかにQEDの効果射程から逃れることができた。
その突き立てたコンバットナイフは心臓を深々と刺しており、この戦いの勝者が文字通り私であることを証明していた。
【YOU WIN】
無機物の機械音が荒れ果てた妖精の森に響き渡る。
私の、勝ちだ!