第11話:登録者100人、初めての凸待ち
「うわ、ホントに100人行っちゃったよ」
ウィンドウ内に表示された103人という文字に、内心小躍りしながらも、この少女の前ではそんなことできないと自分を律する。
それに何より、もうすぐ配信時間だ。その喜びを配信にぶつければいい。それがテンションに変わるのであれば、尚の事登録者が伸びるかもしれないのだから。
「やっぱり師匠はすごいんですよ!」
「すごいすごいって、私はそんなつもりないんだけど」
「なーに言ってるんですか! 昔からそうですよ!」
「……そんなだったかな」
少なくともこの1年間ではそこまで突出した部分は出ていなかったと思う。
まぁでも、人並み以上にこのゲームにのめりこんだし、努力したはずだ。
その結果が1位クラン追放なんだけど、それは正直どうだってよかった。
「まぁ、アステが言うんだったらそうなのかもね。3ヶ月前を言うほど昔って言わないけど」
「はぁ……」
「え、どうしたの」
何故かため息をつかれてしまった。
その肩は思いの外がっくりと落ちてるし、折れ曲がった白い膝は今にも地面に着きそうなほど。そんなにがっかりしてるの?
「いえ、なんでもないです。それよりそろそろ配信ですよ!」
「ん。そうだね」
喉を鳴らして声のチューニング。あー、あー、あー!
よし! いい感じに配信中の私だ。
それから身なりもしっかり。少し内股気味に足を閉じて、脇を締める。両手首をくっつけるみたいに、くいっと曲げれば、ぶりっ子のポーズ。私の基本姿勢だ。
「ありがとね、アステ。夢が叶っちゃうかも!」
「その調子です、師匠! それじゃあ開演しますよ!」
「どんとこい!」
配信開始のボタンを押下すれば、点灯するのは赤い丸。
市街地を背に、綺羅びやかなものは何一つなくても、私が輝いていればいい。だってそれがアイドルというものなのだから。
待機コメントに画面を彩られながら、その配信が始まった。
◇
そもそも凸待ち配信とは何か、その概念から始めよう。
配信者は基本的に1人で配信するものの、それだけではリスナーとの交流の幅が生まれない。
そこでとある先駆者は考えた。そうだ、突撃してくるリスナーを待てばいいのだ、と。
それから始まったのが凸待ちという言葉。
もっと言うと、配信者の対戦相手を待つ、という意味である。
「なかなかいい立ち回りだね! でもっ!」
「へっ! そんな攻撃当たっかよ!」
観客は画面の向こう側のリスナー。
だけれど、目の前にいるのもリスナー。
そう。私は今、配信者VSリスナーの1対1のタイマン勝負をしていた。
昔の私であれば、到底集まることなんてなかったリスナーだったが、今日だけは違う。
ブログでの知名度アップ。登録者100人記念という記念枠ブースト、そして凸待ちが持つチカラ。
その全てが兼ね合わされば、それはいつも以上の集客が望める。
アステの作戦とはそういうものであった。
指先から出している『2本』の糸が対戦相手であるリスナー『すっとこどっこい』へと襲いかかる。
だがその2本が同時ではないことぐらい分かってもらわなければ困る。
横一本に紡がれる糸はどんな投擲攻撃も、魔法の振動によって切断される。当たれば大ダメージは免れない。分かっているからこそ『避けなければならない』。
「ジャンプすりゃ……っ!」
:馬鹿野郎! それは誘いだ!
『すっとこどっこい』に迫るのは、2本の糸。
計算通りに動いてくれたからこそ、そのトラップは起動する。
元よりビームや剣の類は、真っすぐにしか飛ばない。糸の攻撃も『基本的には』そのとおりである。だが、それは糸が操作できない状態にある場合に限る。
「曲がっ?!」
伸縮自在。それは人形師のように指を器用に動かせば、糸がすっとこどっこいの元へと駆け始める。
このスキルの特徴は攻撃力が高いことに限らない。
自由自在に張り巡らされた糸一本一本が凶器につながるということ。
便利故、一瞬でも油断すれば糸が絡まって消滅してしまう点がゲーム内では有名だが、それを克服したのが私、『調弦者』なのだ。
「こんな糸!」
《プロテクション》による防御スキルを発動させ、致命傷は免れるものの、それでもノックバックは発生する。そして剥がされたバリアの先に襲いかかるのは、予め投擲しておいた【コンバットナイフ】だ。
額を裂くように投げられたナイフを、彼はもう逃れることができない。
被弾したすっとこどっこいはそのままデータの破片へと姿を変えた。
【YOU WIN】
:えぐー
:これがアイドル()のすることかよ!
:おでこパッカーンいったな
:あんな綺麗に投擲できるものなのか
「えーっと、すっとこどっこいさん、ありがとね! アイドルと実力は関係ないんだよー!」
キラキラエフェクトを発生させながら、その場で一回転。
んー、私イケてる。
:わざとらしい
:あざとい
:一昔前のアイドル
:これが今の調弦者かぁ……
:がっかりしました。カナタちゃんのファンやめます
「えぇ?! 全然今もイケてるでしょ?! あと私のファンやめないでー!」
これは演技とか関係なしに、今も可愛い仕草だと思うんだけど。
あとファンやめないでもらって。私の目標は10万人なんですー!
「まぁ、師匠の微妙なセンスはさておき」
「アステ!」
「これで8戦8勝ですね! さすが師匠です!」
「まぁ、ありがと」
:さすししょ
:さすカナ
:なんでほぼ無傷なん?
:センスがアレでも、調弦者なんだもんな
センスがアレって言うな! 私だって我慢してやってるんだから!
「師匠、あと何戦したいですか」
「別にいくらでも。ご飯食べたし」
コメントで急に庶民的とは言われたけど、そのぐらいアイドルだって言うでしょ。
冗談はさておき、何戦したいか、か。8戦やってだいたい1時間ぐらい。アーカイブを見る人のことも考えれば、閉じるならこのぐらいかな。
「まぁちょうどいい頃合いだと思うし、そろそろ……」
そう考えていた時だった。
ポヒュっと、何者かからの対戦予約が飛んでくる。
いやいや、今からシメに入ろうってときだよ? 空気の読めない人はいったい誰だ?
対戦者を見て、私は目の前の彼女を見た。
「ごめんね、みんな! 最後は師匠にいっぱいしごいてもらうから!」
対戦相手の名前に見覚えしかない。
当たり前だ。ここ数週間毎日欠かさず見てきた、友達であり、弟子の名前なんだから。
「どれだけ成長したか、見せてもらうよ。アステ!」
「望むところです!」
【NEW Challenger アステ】