表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛すべき彼女と恐るべき聖女様

作者: 春巻夏生

 この世界には奇跡の女がいる。

 過去に類を見ないほどの魔力を用いて襲い来る魔性を退け、

 またその力を癒しに変えて助けを求める人々を救う。

 更にはもう助からないと言われた重傷者をも救いあげる。


 その行いから、人々は彼女をこう讃える。


 彼の者こそ神がお遣わしになった奇跡の聖女様である、と。




 俺はそれを聞く度に、これはなんの間違いなのだろうかと思う。

 神が居るとしたら、それはきっと邪悪な姿をしているのだろう。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 まだ俺たちが成年になる前、まだギリギリ少年少女と呼ばれる頃。


 俺は村長の子でお転婆娘であるケイトリンの御目付け役として扱われていた。世間が狭い村では良くあることだと思う。被害担当というか。


「聞いてよジョージ!」

「はいはい、今回は何だよ」

「はいは一回! 領主様んトコのクソ野郎居るでしょ、あのハナタレ欠け歯腹黒野郎」

「御曹司にする言い草じゃなすぎる。レッテルは昔の話だし」

「あいつあたしに惚れてやがんのよ。で、お父さんから外堀埋め始めたの。立場使って強烈に」


 被害担当とは言うが、周囲はもちろん俺もそろそろ鈍感じゃなく。


「あたし……あいつは嫌よ」

「ケイト……」

「あんなバカヤロウと結婚するぐらいなら……


 ……いっそ冒険者にでもなってやるわ!」

「……ケイト……」


 ……今のそういう流れだった?

 破れかぶれ告白されんのかと思った俺バカみたい。


「勿論、ジョージも来るのよ! く、来るよね?」


 その不安顔は俺には毒だ! そう、俺は彼女に弱いのだ。


「はいはい、勿論ご一緒しますよお姫様」

「そ、そう! 流石ジョージは話が分かるわね!」

「元より俺はあんま立場ない六男だしねぇ」


 やたら兄弟の多い家に残ったところで、肩身の狭い鳴かず飛ばずの人生だろう。


「ケイトとも別れさせられるのが本来自然だもんな」

「ん? なんか言った?」

「いーや何にも?」

「じゃあ打ち合わせしましょ! なるべく早く! でも憂いなく!」


 結局彼女の気持ちは分かりやすいし、俺も満更ではないのだ。

 ただ、お互いに変に勇気が足りないのも、分かりやすかった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 俺達が冒険者としてそこそこ活躍していた頃、それはやってきた。


 その日の俺たちは、学者先生が何かの封印の調査へと山岳の危険地帯へ侵入する為の護衛として雇われていた。

 人数に不安があるということで、別のパーティとの共同クエストとなる。

 その別パーティの奴らは強面で、何だか気後れしたのを覚えている。

 とはいえ途中まではとても順調だったので、この調子で最後まで終わればいいなと思っていた矢先。


「よっ、若ぇの。悪いんだけどさ、ここらで一つ死んでくれや」

「えっ?」


 突如、ケイトリンの背中から赤く染まった刃が生えた。

 視界の端で学者先生が血飛沫と悲鳴を上げていた。


「あっ……」

「なっ、ケイト」

「おめぇも死にな!」

「ケイト!!」


 彼等の本性は悪徳冒険者だった。俺達と学者を殺して身ぐるみを剥ぎ、魔獣の責任にしてクエスト失敗として処理する気なんだろう。


「くそっ!」

「はっはっは! 案外やる様だが、俺の方が強ぇ!」


 ただでさえ実力で負けている上に動揺していてはどうしようもなく。

 俺は剣を弾かれ袈裟斬りにされて崩れ落ちる。


「ジョージ……!」


 ふと感じる浮遊感、抱き着かれている。ケイトリン?


「なっ、クソ! トドメはしっかり刺しとけよ!!」

「す、すまねぇ! あんなに動けるとは思わなかったからよ!」


 断崖から落ちているのだろう。奴らの声が遠ざかるのを聞きながら、俺は意識を失った。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 ざっ……!ギッ……!


 ぼんやりと意識が戻る。


 ごっ……!キュギッ!


 妙な音がする。声だろうか。

 どこか聞き覚えのあるような、無いような。


「う、うぐ……」


 生きている。手当てもされたようで、死が近づく感じもない。

 胸に手をやるが、傷が……ない?


 ぐきゅ……ばみ!


 何の音なんだろう。そういえばケイトリンは?

 俺がこうも無事という事は彼女だって……


「ケイト……?」

「……!」


 そこで見たものは忘れたくても忘れられない。


 ケイトリン、恐らくはケイトリンだ。

 ケイトリンと思しき人から闇で出来たような触手が無数に生えている? いや、闇が入り込もうとしているのか?


「あ……な……なんだこれ……なんなんだ……」

『オオオ……メザメタカイ、ニンゲンクン』

「うっ!?」


 話しかけられたのか? これ、意思があるのか!


「ケイトに何をしている! 離れろォ!」

『イヤァ、ゲンキデタイヘンケッコウ! モラッテルノサ、コノカラダヲ』

「ふざけるなぁ! やめろ!」

『ドウセナニモデキナインダカラ、ヤスンデナヨ』

「ケイトを離せってんだよ!!」

『ダイジョウブ! ワタシガ、ケイトリンダヨ!』


 闇がケイトリンの中に集束していく。

 どうにか引き摺り出せないかと思ったが見た目通り掴めず、何も出来なかった。


「うう……」

「ケイトリン!」


 彼女が動き出す。何故か傷一つない。治っているのか?


「……やぁ、ニンゲンくん」

「!!!」

「いやぁ危ないところだったねぇジョージくん」

「なんなんだ!! お前は!!!」

「おおっとまだこの体の入出力に慣れてないんだから、大声出さないでよ、耳が痛い。ちゃあんと話してあげるからさ」


 混乱している俺でもわかる事は、目の前にいる女はケイトリンだが、もうケイトリンでは無くなった、という事だった。


「その前に」

「!? うっ……!」

「ちょっとキツいだろうけど我慢してね。縛っておかないと話の腰折るでしょジョージくん」


 一瞬で周辺のツタが伸びて俺を拘束した。

 魔力なんてケイトリンは持っていなかったのに。


「まずは自己紹介、私はケイトリンだよ」

「ふざけるな」

「いやいやふざけていない。間違いなく私がケイトリンだよ。()()()()()()()()

「グッ……」

「いや、君を傷付けたい気はないんだよ、本当さ。むしろ仲良くしたいと思っている。強くね。」


 この揶揄う様な喋り方、癪に障る。

 声も体も間違いなくケイトリンのそれなのがまた苛つく。


「物分りが良いようなら伝えないでもいいかなと思ったけどさ、残念ながら伝えるべきだろうね」

「……いいから彼女から出ていけ」

「もう。だから聞きたまえよ、君の知る彼女は死んだよ。」

「お前が殺したという理解でいいな?」

「うーん話を聞かない。それに命の恩人に対する態度では無いよね。」

「何故俺は生かして彼女はそんな目に遭わせた」

「きみ根本から誤解してるよね。彼女はそもそも死んでたってだけだよ。」

「何?」

「彼女は君を庇って転落死したんだよ。刃物刺さりっぱなしで衝撃受けたからショック死だろうけどね。だから死体を貰った」


 う、嘘だ……そんな事、信じたくない。

 だが、俺が不甲斐ないせいで?

 俺を逃がす為に死んでしまったというのか……?


「まぁ最期の遺言は聞こえたよ。『助けて』ってね」

「お前!!」

「何。だから助けてあげたじゃない。私にできる限りの事はしたよ。」

「何処がだよ! 何処が助けになったってんだよ!!」

「彼女は残念ながら私が来るのが間に合わなかった。だけどケイトリンという存在は私が貰ったから死んでない。君は間に合ったから助けた。彼女が助けて欲しかったのは君の事だったから。」

「何を言ってるんだ……うう、ケイト……」

「なんだい?」

「お前じゃない! お前なものか!!」

「傷つくなぁ、これでもハートは繊細なんだぞ? 身体に記憶も残ってるし、彼女の望んだ未来になるようケイトリンを引き継ごうって言うのにね」

「ぐ、うう、お前が何言ってるのか、俺には分からない……」

「あ、折れた。ごめんね、よしよし。大丈夫だよ、これからは私の力も貸すからケイトリンも君も幸せになろうね」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


「私はね、あの山岳に封印されていたんだよ」

「私はなんでも出来る」

「私はなんでも出来るだけの力を持っていた」

「魔神と呼ばれたこともある」

「でも私は人の願いを聞くことが大好きなんだ」

「だから封印されてほしいという願いに答えて大人しくしていた」

「でだ、そんな願いもそろそろいいかって時に彼女の強い願いが聞こえた」

「だから封印から急ぎで半身抜きだして願いを叶えに行った」

「そうしたらもう死んでるんだもんね、参ったね」

「補償というていで、私が彼女を引き継ごうと思った」

「ケイトリンは死んでない事になる。私は体を得る。WinWinだ」

「彼女は君が好きだったろう? だから私も君を好こう」

「彼女は君と居たがったろう? だから私も君を離さない」

「私の力で君達を善き存在として世に通じるようにしよう」

「ただケイトリンは人間だ。行いは手の届く範囲までにしよう」

「大丈夫、君の最高は潰えてしまったと思うけど、次点の幸せを約束するよ」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 この世界には聖女様がいる。

 他に類を見ないほどの魔力を用いて邪魔なものを退け、

 しかしその力を癒しに変えて助けを求めた人々を救う。

 更にはもう助からないと言われた重傷者も救いあげる。


 その行いを見ながら、彼はこう語る。


 彼女は聖女様なんかじゃない、と。


 私はそれを聞く度に、なんと哀れで愛しいのだろうかと思う。

 彼はきっと、最期まで彼女に一途なのだろう。

・ジョージ

主人公の青年。一般村人出身の冒険者。

聖女と常に共にあり、聖女もまた彼と共にある事を選んだ。

何処と無く憂いを表す表情がご婦人に評判。

彼と聖女様の恋愛譚(客観的な創作)は後世でも人気である。


・ケイトリン(冒険者)

真ヒロインの女性。村長の娘出身の冒険者。

かの聖女様が力に目覚める前の下積み時代の姿。

駆け落ち同然に故郷から飛び出してきたと言われている。

ジョージを逃がす為に断崖から共に転落、彼を庇う形で死亡した。


・ケイトリン(聖女)

ヒロインの女性。本来の魂は既に霊界へ旅立っている。

抜け殻の死体を修復して魔神が入り込んだ存在。

冒険者ケイトリンの続きを描きながら、人々の希望を手の届く範囲で叶えている。

魔神の癖がケイトリンであろうとする事で程よく抑え込まれている状態。

彼女こそは神に選ばれた聖女様であると後世の教科書にも載った。


・学者

魔神が封印されているという地域の捜査に来たが、裏切った悪徳冒険者の手にかかり死亡。


・悪徳冒険者

ジョージとケイトリンに瀕死の重傷を負わせた。

少人数のグループを潰して稼ぐ危険パーティ。

この後、聖女様に成敗されたという説と、魔獣に喰われて行方不明という説がある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い小説ありがとうございます(*´∀`*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ