第七話・悪徳麦商家と大臣と魔獣と全滅と情報は集まりすぎると整理が必要だが記者はひとり
豆売りの男はそそくさと布をたたみ、撤収にかかっていた。
威勢の良かったみなさんも、一様に口をつぐんで、視線をそらしあっている。
「恨むなら、ベーダー家を恨むんだねっ」
だれかのこの言葉が、この異様な雰囲気の引き金になったのは確かだ。
ベーダー家。マチのうちに取り立てにきたやつらも、ベーダー様と言っていたな。
これ、どういうことだ。
結局何なの、ベーダー家って?
取材しなきゃ!!!
「あのー、シベリアさん。ベーダー家って、何者なんですか?」
俺はまず、名前を知っているシベリアさんに問いかける。
シベリアさんは驚いたように目を瞬かせ、唇に人さし指をたてる。
この異世界でも、「お静かに」の合図は現代日本と同じらしい。
「気軽に、ベーダー家、なんて口にするもんじゃないわよ」
「え、聞かれちゃヤバい単語なの? やらしい系の言葉じゃないでしょ?」
「ベーダー家の噂をしていると大臣に知られたら、それだけで目をつけられるでしょ!!」
シベリアさんは声を潜め、これ以上は言えないとばかりに俺から離れた。
ううーん。なかなかガードが固い。
「もしもし、ちょっとお尋ねしますが」
マチをかばってくれた、大柄なおじさんの肩をたたく。
さっきの大胆な行動から鑑みて、この人ならもうちょっと教えてくれるんじゃないかと思ったのだ。
「ベーダー家って、大臣とどんな関係でしたっけ……?」
おじさんは目を丸くして俺を見る。
「あんた、この街にいて、何を今更」
「あー、ぼく、旅のものなんで」
異世界人なんで、とはさすがにカミングアウトしにくい。
旅のもの、と聞くと、おじさんの俺を見るまなざしが、ほんの少し和らぐ。
「旅の人なら、知らなくても仕方がないか……。ベーダー家は、この街の麦商家で、当主の娘が食料大臣の息子と結婚して親類関係にあるんだよ」
麦商家! マチたちのブロック家と一緒じゃないか!
「さっきどなたかが、『恨むなら、ベーダー家を恨むんだねっ』って、言ってましたよね」
俺は周りに聞こえないよう、小さな声で話す。
「ああ。俺じゃないぞ」
「ええ、ええ、もちろん。……あのう、ベーダー家っていうのは、街のみなさんからどうも嫌われているようですが。一体何をしたんですか」
おじさんの目が、不安げに揺れる。
「これ、単純な興味ですから! おじさんが何か言っていたなんて、もちろん誰にも言いませんよ!!」
俺は、取材源の秘匿を約束する。
おじさんは、しばらく俺の顔を見つめた後、もごもごと重い口を開いた。
「この街の小麦はかつてブロックさんだけが取り扱っていたんだが……ベーダー家が参入してから、値段が高騰してな……」
おじさんは言葉を濁す。
「それってつまり……ベーダー家が、価格操作をしているってことですか?」
はいここまで、と言わんばかりにおじさんは俺に背を向けた。
なんか、重要な部分にさしかかっていたぞ!
次は誰に聞き込みをしようか……。
そろそろ「何も知らない無害な教えてください男」ではなく、ハッタリを発動しつつ話を聞いたほうがいいかも。
俺は、さりげなく視線を走らせる。
と、
「しんぶんきしゃー。もうたぺていい?」
リトル・リルが、俺を見上げていた。
俺の姿形は人間だと思うのだが、なぜこの子は俺を食べ物と認識しているのか……。
俺は膝を折り、リトル・リルと目の位置を合わせてほほ笑んでみる。
「なあリトル・リル。新聞記者より、パンのほうが、おいしいと思わない?」
「ぱん、ないもん」
「ほほう。パンはないのか。どうして」
「まじゅうがきたから。まじゅうがきて、ぜんめつしたんだって」
「魔獣!? 全滅!?」
「だからね、ぱんは、つくれないんだって」
「全滅って、この街じゃないよね? みんな、おなかは空かせているけど、街は一応、ちゃんとあるもんね?」
リトル・リルがきょとんと俺を見る。ちょっと言葉が複雑になりすぎたか。
ベーダー家。小麦の高騰。魔獣。全滅。
断片的な言葉をつなぐ、ひとつの文脈がもう少しで見えそうなのだが。
取り立ての男達を退治して、観察力が5上がったくらいじゃ、この謎は解けないのか。
いや。そういえばあのとき……。
『サバトロは狼藉者を撃退した!』
『観察力が5上がった!』
『装備:言葉に識字が加わった!』
『インタビューのたねを手に入れた!』
って、観察力以外のステイタスも上がったよな。
インタビューのたねってなんだ???
これ、今使ってみるアイテムじゃね?????
1日午前10時過ぎ、城下町通第三広場で「不審な男がいる」と110番通報があった。市を管理する王国警備隊第三支部が駆けつけたところ、市は閑散とし、男の姿もなかったという。居合わせたリトル・リルさん(3)は「ぱんはないと教えてあげた」と話している。