第四話・壊れたドアは直ったけれど麦はない
ブロック家のドアには、たわわな稲穂の大きな麦と、頭文字の「B」をあしらった、センスのいいロゴが飾られている。
「これ、家紋みたいなもんですか」
マチパパに尋ねる。
「ああ。うちは代々、麦商家だから。うちの麦袋にも、同じマークがついているよ」
はちきれんばかりの麦袋が、なつかしいなあ……。マチパパは悔し気に、ひとりごちる。
ドア修理を手伝いながら、俺は往来をうかがう。
木組みがむき出しの素朴な住居が立ち並ぶなか、石造りのブロック家は、やっぱり「お邸」の部類に入るのだろう。
朝陽に輝く、石畳。
静かな街だ。
でもこの静けさは、閑静な住宅街という趣きとはちょっと違っていて。
本来はにぎわうべき場所が、さびれてしまった、がらんとした空気が漂っている。
前世の地方都市で目にした、人の居ない商店街とよく似ている。
「おや、ブロックさんおはようございます。朝から大工仕事ですか」
腰の曲がったおばあさんが、にこやかに声をかけてきた。
「シベリアさん。おはようございます」
マチパパが、額にうっすら浮かんだ汗を袖で拭い、笑顔を見せる。
「お早いお出かけですね」
「きょうは市に、ひよこ豆が出るってうわさでね」
「おや。そうなんですか」
「本当は豆より、小麦でパンを焼きたいのだけど……。あ、いや、ブロックさんを責めるつもりじゃ」
シベリアさんと呼ばれた女性が、はっとしたように、口をつぐむ。
「本当にねえ。麦屋に麦がからっぽじゃあ、どうしようもないよね」
マチパパが申し訳なさそうに首を振る。
「じゃまして、ごめんなさいね。じゃあ私はこれで」
シベリアさんは気まずい様子で、おばあさんの最大可能速度でそそくさと立ち去っていった。
麦商家であるブロック家に、麦がない。
それが、ゆゆしき事態だということは転生者の俺でも分かる。
マチパパとシベリアさんの会話から、街中が小麦不足で困っているということも分かる。
問題は、なぜそんなことが起きているかだ。
「ねえマチ! 街に連れて行ってくれないか?」
別に駄洒落じゃないっすよ。
「街にって……市場に行きたいってこと?」
「それもある。俺、この街のこと何も知らないからさ。とにかく足で稼いで、情報収集しないと」
情報収集。思わず口をついて出た言葉に、はっとする。
(リミテッドジョブ:新聞記者のスキルは記憶・観察・分析・情報収集……)
なんか俺、新聞記者っぽくなってきている!
「いいわよ。行っても、がっかりするかもしれないけど……」
言葉を濁すマチ。
「それはそうとサバトロ、あなたいつの間に着替えたの? そんな服、うちにあったかしら?」
小首をかしげるマチを見て、俺は自分の姿を窓に映す。
「うわ、なんだこれ!」
首元にヒダのついたシャツに、膝までのモンペちっくな膨らみのパンツ、長いソックス。
そして胸元にはご大層な羽ペンが挿し込まれていた。
「ちょっと変わった服ね……」
「え?そうなの? これ、ここにアジャストした格好じゃないの?」
「うーん、その襟のヒダとか、このへんじゃ見たことない折り方」
なぜ異世界で与えられた服が、異世界にマッチしていないのか。少々納得がいかないが。
この羽根ペンは、大事なアイテムのような気がする。
「市に行くなら、あたしも準備しようーっと」
ぱたぱたと二階へ上がっていくマチ。
「サバトロや、出かける前にコーヒーを飲もうじゃないか」
見事に元通りになった扉を撫でながら、マチパパが笑顔を見せた。
1日午前8時ごろ、城下町通一本樫西入ルのブロック家で、破壊されたドアの修繕が行われた。ブロック家の扉は樫の木製で、古くから邪悪を排除する魔力を持っているとされる。ブロック氏は「魔力による自然治癒ではなく、私がトンカチと金具で直した」と話している。