第三話・新聞記者の能力がハッタリってそれはアリなんだか
俺が、新聞記者のジョブを選択した瞬間。
世界に、時間が戻ってきた。
ひゅゅんと宙を切る男の拳。秒の差で、蹲ったマチパパが左フックの直撃をかわす。
「はい、そこまでそこまでー!!」
「「「「「なんだ、おめえは!!」」」」」
男たちが、学芸会のようにハモって俺をねめつける。
「名乗るほどものじゃないっす。あの、ちょっとその証文、見せてもらえません?」
「見せてと言われて渡すヤツがあるか!」
「穏やかじゃないなあ。・・・・・・はい、取った」
リーダー格っぽい男が無造作に胸ポケットに突っ込んでいた「証文」は、ヤツが暴れた勢いで床に落ちていた。
俺はさっとそれを拾い上げる。
「んん? んんんんー?」
手にした証文をわざとらしく矯めつすがめつする俺。
証文で自分の顔を隠しながら、リーダーの表情を観察する。
眉間に寄せた深い皺と三白眼は、こういうシチュにいかにも慣れた風情。
周りのヤツらはどうだろう。
あ、一番左端のヤツ。
やたらまばたきを繰り返し、耳を触ったり腕を撫でたり、いかにも落ち着きがない。
俺の手のなかの証文と、リーダーのほうを、不安げな視線が行ったり来たり。
……よし、いける。
「この証文は……ニセモノだな」
俺は、しかつめらしくそうほざいた。
「なにを言いやがる。ベーダー様から直々に、お預かりした証文だ!」
リーダーが野太い声で恫喝する。一瞬ビビるが、大声は、焦っている証拠だ。
「あ、そうっすか、すんません。あーやっぱこれ、ホンモノだわ。ホンモノの証文ってことで、いいですよね?」
あっけなく言い分を翻した俺に、男達はいぶかしげな視線を走らせる。
「いいですよね??」
俺はぐいっと、リーダーに迫る。
「当たり前だろう。ホンモノに決まっている!」
「えっと、じゃあ、こちら、ホンモノの証文を読み上げます。ブロック家当主は、5月初めの市の日までに全ての借金を返済した場合、家財一切をベーダー家に受け渡すこと」
「「「「「?」」」」」
いつの間にか下に降りてきたマチも含めて、全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「借金を返済した場合、家財一切を受け渡す……?」
「どういうこと、それ?」
「マチのお父さん。借金は、返済したんですか?」
俺は、よたよたと立ち上がるマチパパに声をかける。
「いや。それはもう少し待ってもらう必要がある」
おお。堂々としたもんだ。
「この証文には、借金を返したら家財を受け渡すと書いてあります。したがって、返せなかったお父さんは、受け渡しに応じる義務はありません」
俺は、証文をばーんとリーダーに突きつける。
教習所の引っかけ問題のような証文を。
「くぅっ。馬鹿野郎、おまえ、とんでもねえ間違いをしてくれたな!」
リーダーが、左端でぷるぷるしていた男をどついている。
「す、すいません。ばっちり写したはずなんですが……。なんせ、俺、読めないんで」
うなだれる男。やっぱり。
こいつら全員、この証文に何が書かれているか、分かっていないのだ。
大方、本物の証文の文字を、意味も分からず真似てきたのだろう。
「おい、出直すぞ!」
リーダーの一声で、男達がとんずら始める。でかい身体に似合わず、逃げ足も速い。
ま、逃げてもらわなきゃ困る。
だって俺も、異世界の文字、読めないんだよねー。
と、胸をなでおろしていると、
『サバトロは狼藉者を撃退した!』
『観察力が5上がった!』
『装備:言葉に識字が加わった!』
『インタビューのたねを手に入れた!』
ジョブ選択を迫ったさっきの声が、再び俺の脳内に響いた。
「あ、ちょっと待って!」
俺は、自分の脳内に呼びかける。
「あの、新聞記者の能力について、もう少し教えてもらえませんかねえ??」
新聞記者の仕事って、前世の知識にのっとれば、取材して記事を書く、だ。
でも、異世界の新聞記者もそういう認識でいいのだろうか。
やっぱ異世界なんだから、回復系とか近接系とか、そういう能力と結びついているんじゃ??
ん? だいたいこの世界には「新聞」ってあるのだろうか。
『リミテッドジョブ:新聞記者のスキルは記憶・観察・分析・情報収集。標準装備は言葉とペンです』
…………。
分からない。
特に、装備が「言葉とペン」ってどういうこと?
「サバトロ。あなたの頭のところに、なんか浮かんでいるけれど」
マチが不思議そうに、俺を見上げている。
「頭のところ? ステータスウインドウじゃね?」
【名前】サバトロ・ジャーナルクライン
【年齢】22
【職業】新聞記者
【スキル】記憶 観察 分析 情報収集
【装備】言葉 ペン 識字
【所持品】インタビューのたね×1
俺は、自分のステータスを読み上げる。
「ふうん。サバトロ、22歳なんだ」
気になるの、そこかよ。
「こういうの、マチにはないの?」
「私はないけど、そういえばたまにいるわね。額のところに何か浮かべているひと」
「たまにいるって……気にならないの?」
「髪とか瞳の色とか、みんな違うでしょ? おでこに何か浮かぶ人と浮かばない人がいても、そういうもんじゃない?」
「は、はあ」
「そんなことより、すごいわサバトロ! 5人もの男たちを、言葉だけで追い返すなんて!」
ステータスはどうでもよいらしいマチが、尊敬のまなざしを俺に向ける。
深い藍色の瞳に力がこもると、星が瞬いているかのように美しい。
「サバトロさんと言ったね。いやあ、見事なハッタリだった」
マチパパが近づいてきて、俺に握手をもとめる。
「ありがとうございます……あの、どうして……」
「うん?」
「どうして僕が言ったあれが、ハッタリだと、分かるんですか???」
確かに俺は、ハッタリをかまして男達を撃退した。
証文が本物か偽物かなんて、まったくわかっちゃいなかった。
ただ、昨夜のマチの話から察するに、この国の識字率はさほど高くない。
だったら証文証文言っているコイツらも、実は内容分かっていないんじゃね? と思ったのだ。
そして、端っこのヤツのぷるぷる具合から、八割がた確証を得て、ハッタリをかましてみたわけだ。
「そりゃあ、さっきまでのあんたのステイタスには、識字がなかったからなあ。ああこりゃ見事なハッタリだと思ったわけさ」
のんびりした調子で、何気なく言うマチパパ。
「え! 俺のステイタス、見えていたんですか????」
「ああ。私は、そういう能力なんだよ。見えるだけで、スキルを奪うことも覚えることもできないが」
マチパパの瞳は翡翠色。その目が、いたずらそうに笑っている。
「だが、あんたの職業の『新聞記者』ってのは何のことだね? 初めて見たよ」
うわー。やっぱこの異世界には、新聞記者がいないのか。
リミテッドジョブって言うからには、薄々感じていたけれど……。
「あの見事なハッタリは、あんたの能力の「観察」と「分析」によるものだろう? 新聞記者って、そういう職業なのかい?」
「いやー、ちょっと違うと思いますけど……」
ちょっと違うと思うが……「観察」と「分析」のスキルがあって、装備が「言葉」だから、ハッタリが使えたっていうのは、納得がいく。
「ハッタリ:観察・分析の複合能力。
何も情報のない状態で取材に赴き、そこで真実に肉薄した場合に対象者から言質を取る技術の一つ。
あたかもこちらが情報を握っているようなそぶりを見せて、相手を揺さぶる。
って書いてあるけど。どういう意味?」
俺の背後に回ったマチが、棒読みで読み上げる。
俺のステータスウインドウは、背中側にも情報が浮き出るらしい。
「マチパパにはスキルがあって、マチにはないのか……」
ふとつぶやくと、マチパパが慌てて俺の口に手をやる。
「娘の好奇心を刺激しないでくれ! せっかく、大したことじゃないと思わせているんだから」
「ふががが……す、すみません……。お父さんの能力を、マチは知らないんですか」
「人を見抜く力がやたらすごい、と認識している」
「なるほど」
「あの子も近々目覚めると思うがなあ。ただわたしは、お前さん達のような、額に能力を表す者の力は、それが出ていなくても分かるわけだが、自分の額にはあんなものは出ないよ」
「そうなんですか」
じゃあ、自分のステイタスは分かっていないってことか。
わりとエグい予感がするが。
「まあ、そもそもの話、あのベーダーが大事な証文を、暴れ者たちに託すわけがない」
マチパパは苦々しげにつぶやき、ひとつ大きなため息をつく。
「あの、ベーダーって言うのは、誰なんですか? 金貸し?」
マチパパは俺の問いかけには答えてくれず、ぶつぶつひとりごとを繰り出している。
「売る麦のない麦商家と、庶民の手の届かない価格でしか売らない麦商家……どっちも商いを名乗るに値しない……」
それから気を取り直したように、顔を上げて、にかっと笑って見せた。
「さてさて、まずはドアを直すとするか!」
1日午前7時30分ごろ、城下町通一本樫西入ルのブロック家から「男が逃げ出している」と近所の人から110番通報があった。駆けつけて遠巻きに見ていた王国警備隊によると、男は5人組で、ブロック家の扉をこじ開けた侵入した末、同扉から逃げ出したもよう。現場に居合わせた男性(67)は「男の一人は『俺も読み書きを習いたい』と叫びながら走っていた」と話している。