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第二話・新聞記者にしてくれるって言うんだがそれ一択なのはちょっとなんだか

どんどんどんどんどんどどん。


どんどんどんどんどんっどどどん。


巨大な太鼓の音がして目が覚める。


どんどんどんどんどどん。何だ、きょうはカーニバルか?


それにしてもうるさすぎる……。


意識がはっきりしてくると、それが太鼓ではないことに気づく。


俺は起き上がり、窓から外をのぞく。


お屋敷のドアを、激しく叩く男たちの姿が見える。


「サバトロ! ダメ!」


耳元で、低く抑えたマチの声がする。


そんなに近づかれたらどきどきしちゃうぢゃないか!


という甘い妄想を打ち砕く力強さで、俺はずりずりと窓枠から引きはがされた。

この細い腕のどこに、そんな力があるんだ。


「いまあたしたちは、全力で居留守中なの! 姿を見られたらどうしてくれるの!」


「なんで居留守に全力使ってるの? 確かにあいつら、ヤバそうな見かけだけど」


「差し押さえよ」


押し殺した声でマチがささやく。


「差し押さえ?」

 

どんどんどんどどん。

どどどどどどど。

どん。


がごん!!!


ひときわ大きい音から一拍遅れて、風が吹き込んでくる。


「うわ、ドア開けられちゃったんじゃない?」


器物損壊だ! すわ、強盗だ! えっと、今んとこ不法侵入か?


いやいや罪名はどうでもいいし、ここ異世界だし。


そんなことより、マチの顔が真っ白に青ざめている。


「おい! 居留守だってことは分かってるんだ! 2階にばっちり、人影が見えたからな!」


男の怒鳴り声。俺のせいで見つかっちゃったってこと……?


「出てこい! 出てこないなら、こちらから行くぞ!」


ひえー。完全な武闘派だ。


マチが唇を引き結んで、覚悟を決めたように階下へ向かおうとする。


俺はその手を思わずつかみむ。


「マチ、俺が行く」


「お客人が、何を言います。これはうちの、ブロック家の問題よ」


「いやでも、俺のせいで見つかったっぽいし。それに……」


それに、きみがヤツらの前に出て行って、俺がここでぷるぷる震えているとか、さすがにダメ過ぎでしょ。


と、俺たちが押し問答していると、


「まあそんな、大声を出さないでくれ。近所迷惑だ」


玄関先に、威厳ある声が響いた。


「パパ……!」


マチが小さく叫ぶ。


俺は、らせん階段の下の玄関先を凝視する。


屈強そうな男が5人、壊したドアを背にして並んでいる。


そこに対峙する、細身で初老の男。あれが、マチのお父さん。ブロック家の当主か。


「いったい、何の真似だね。あーあ、ドアまで壊してくれて」


「しらばっくれるな。きょうが支払いの期限だ。ベーダー家との証文に、はっきり書いてるぞ」


「証文? それをなぜ、おたくらが持っているんだ」


「ベナム・ベーダー様から直々に預かってきたのさ。あんたが気にすることじゃねえよ」


「あのベーダーが? 証文を他人に預ける?」


「さあ、家財一切合切出してもらおうか。大方売り払ったとはいえ、カネ目の、本当に大事なもんは納屋にでも隠しているんだろ」


男たちがわざとらしく乱暴な足音を響かせて、いよいよ部屋の中へ乗り込んでくる。


マチのパパ、略してマチパパがああ見えて武道の達人……


というチートに一瞬望みをかけるが、はい、無理ですよね。


マチパパ、男たちが踏み込んだ勢いだけで、おたおたとよろけてしまう。


「ああもう! やっぱり見てられない。俺、行くから!!」


マチの手を振りほどいて、らせん階段を駆け下りる。


と、階段の中程に差しかかったところで、俺の耳元で声が響いた。


『リミテッドジョブ:新聞記者を選択しますか? YES/NO』


「はい???」


『リミテッドジョブ:新聞記者を選択しますか? YES/NO』


「だれ???」


声の主を求めて、俺はあたりを見渡す。


「ひゃっ」


そこには、俺の耳元でささやく美少女が佇んでいた……


なら、よいのだけど実際は、



世界が、静止していた。



二階にいるマチは、駆け下りていった俺を追いかけるように、腕を伸ばして静止している。


男たちは拳やら脚やらを振り上げたまんま、静止している。


マチパパはよろける途中の、どんなに体幹がしっかりしていても保持するのが難しい体勢で静止している。


つまり、世界が静止している。


『リミテッドジョブ:新聞記者を選択しますか? YES/NO』 


脳に直接響くような声が、繰り返す。

 

俺は。

歯車公平は。

新聞記者に、なりたかった、よな?


だけど。

今?


『リミテッドジョブ:新聞記者を選択しますか? YES/NO』


静止した世界で、俺はひとり、感情の波に翻弄されている。


なぜかって。


うんうん、俺は新聞記者になりたかったよ。


でもさ、それは、働かなきゃ生きていけない世界の話で。


異世界なんだからいっそ、前世の夢とかそういうのも含めて、何もかも忘れちゃいたくない?


そういうひと、けっこういない?


転生するなら、人よりスライムとか剣のほうがいいなって、ちょっと思わない???

 


人として、仕事を得たら。


俺たちは、いつだって、使える/使えないで、判断される。


就活で、俺はさんざん味わった。


使えない側の人間として、ラベル付けされる苦しさ。


そんなのはもう、イヤなんだ。


使えないって判断されるのはもちろんだけど、


何より、そういう価値観で生きていくのがイヤなんだよ、俺は!!



と、長く熱いモノローグをしたところで世界は静止、無反応。


うーむ、困った。


俺がジョブを、新聞記者を選択しない限り、この世界はこのまま動かないってこと、か?


すごいプレッシャだなーそれ。


ええー、マジどうしよう。


そういや俺、けっこうな時間悩んでいるけど大丈夫なのかな。


あんまり世界止めると、過去とか未来とかいろいろ不都合が起きるんじゃね?


こんなとき、ササノウエケンゾウだったら、とりまやってみっかーっと新聞記者を選択するんだろうなー。


…………。


なんか。


異世界まで来て、ササノウエくんを思い出す自分のヘタレ具合に、猛烈に腹が立ってきたぞ。


えーい、悩んでいてもしょうがない。


『リミテッドジョブ:新聞記者を選択しますか? YES/NO』


「イエス!」


俺は叫んだ。


『リミテッドジョブ:新聞記者を選択しました』


俺は、なる。


異世界の新聞記者に、なるんだ。


1日午前7時ごろ、城下町通一本樫西入ルのブロック家で「男が暴れている」と近所の人から110番があった。駆けつけて遠巻きに見ていた王国警備隊によると、男は5人組で、ブロック家の扉をこじ開けて侵入したもよう。警備隊の隊員は「止めようとしたが、世界が止まったので見ているしかなかった」と話している。

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