第二十三話・訂正:人の好物を揶揄のネタに使うのは間違っていました。
ここに来るときに見かけた、インクブルーの川の流れ。
アルメディカ川。あの水は、もしかしてインクに使えるんじゃないか。
「ビンゴ!!」
俺は指先で掬い取った一滴を、ベンジーの頬になすりつけた。
「おい、何すんだ!」
当然ベンジーはキレているが、それよりも、
「よかった、間に合った。川の様子が変わっちゃう前に、集めなきゃ。ベンジー、小瓶かなんか、持ってない? 持ってるよね? その水筒!」
「バカ野郎、これはジンを入れる水筒だぜ? インク壺にする気か?」
「する気。頼む。お願い」
「はあーもう。勝手だなおいっ」
ベンジーはジンを飲み干し、水筒を投げてよこした。
「恩に着る!!」
どうにかインクを確保し、俺は、羽ペンの先をそっとひたした。
「穀倉地帯全滅」はウソ ベーダー家地下に大量の麦
小麦不足が街全体にまん延し、オスマイト王国の住民が危機に瀕している。北方の穀倉地帯、ルビープラネット自治区が魔獣に襲われたことが原因とされているが、本紙記者が現地を確認したところ、そのような形跡は一切みられなかった。麦商家ベーダー家の食糧庫地下では、同家のものでない麦袋を大量に発見。一体何が起きているのか。
「まじゅうがきて、ぜんめつしたの」。1日、オスマイト王国に住むリトル・リル氏(3)は、本紙の取材にこう語った。北の穀倉地帯に魔獣が出現して同地が壊滅状態のため、王国への小麦輸出が滞っているというのだ。
悪意のある魔獣が出現した際には、連合国間で報告義務がある。しかし、各国情勢に詳しい吟遊詩人のベンジー氏(25)によると「周辺国にはそのような情報が全くなかった」。
不審に思った本紙は、ルビープラネット自治区への潜入取材を開始。東門から森林地帯を抜けて北部に到着すると、そこは見渡す限りの麦畑が広がっていた。同地には新興貴族の麦商家・ベーダー家の食糧倉庫がある。倉庫の地下には、オスマイト王国で古くから麦を商っているブロック家のマークが入った麦袋が大量に発見された。
この麦袋は、ブロック家に卸す麦として農家から発送されたことを示す。なぜ、ベーダー家の地下にあるのか。
ドワーフのティム氏(仮名)は「半年ほど前にベーダー家から、麦を供する代わりに、北へ続く東の森を通り抜けさせてほしいと言われた。北へ行くなら北の門から出ればいいのに、おかしいと思った」と話す。ティム氏や仲間のドワーフが受け取った麦袋には、いずれもブロック家のマークがついていたという。
「いたぞ、あそこだ!!」
怒号に振り返ると、遠目からでもイケメン具合がよくわかるベーダーと、屈強そうな兵士たちが崖のすぐそばに迫っていた。
「まずい! ベンジーたのむ、この新聞を持って、逃げてくれ!!」
「なに言ってんだよ。そんなことできるわけないじゃないか!」
「うう、ベンジー。でも俺は捕まってもいい、とにかく事実を伝えてくれ!」
「じゃなくて。この記事、まだ完成してないだろ?」
そうなのだ。いちばん大事な言葉が、取れていないのだ。
「おい、ベーダー!!!」
俺は声の限りに叫んだ。
「マチの家に送る小麦が、どうしておまえんちにあるんだよーーー!!!」
不敵に笑うベーダーは、言い放った。
「俺は、食料大臣に言われたことをやったまでだ!!」
「なんだとうー。お前だって、ピンハネで利益得てるんだろうがーーー!!」
「何をいいやがる! 正当な対価だよ。危険を伴う仕事に対するなあ!」
「そんな危険なところに、娘を嫁にやって恥ずかしくないのかーーーー!!」
「食料大臣は次期首相だ! 権力とのパイプほど重要なものはない! 子どもでも分かる道理だ!」
「よく言うぜ、子どもでもないのに、イモが好きなくせにーーーー!」
ベーダーの高笑いがぴたりと止まった。
「やばいぞサバトロ。イモとか言うなよあいつの地雷だろそれ」
しまった。確かに、イモのことツッコんでもしょうがない。
だいたい、イモに悪い。
わらわらと男たちが降りてくる、一刻の猶予もない最中。
ベンジーがオカリナを取り出した。
「ベンジー今は音楽いらないから!」
風のそよぎ。鳥のさえずり。草木をすべる雨。
ベンジーのオカリナは、自然界のやさしい音を編み上げたような、不思議な音色を響かせた。
「これが、癒しの、オカリナ……!」
インクブルーのアルメディカ川が、にわかに透明度を増す。
「サバトロ、行くぞ! 川は今、お前の味方だ!」
川へ流した流木へ、ベンジーと同時に飛び乗る。
流木は、まるで定められた線路を走るように、アルメディカの流れに乗って進んでいく。
俺は、流木の船の中で、原稿の最後の一節を夢中で書いた。
取材にベーダー氏は「自分は食料大臣に言われたことをやっただけ。食料大臣は次期首相と目されており、権力とのパイプを築くことはなにより重要だ」と話している。




