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第二十一話・パンがないならビールを飲めばいいじゃない?

暗闇の森に、ヨランドさんは迷いなく分け入っていく。


歩みに合わせて左右にゆれる白い帽子を目印に、俺、ベンジーが後に続く。


歩幅が狭いからなんとかついていけるけど……このペースで俺たちと同じ歩幅だったら、すぐに見失いそうなスピードだ。


「ベンジー、ついて来てるーーー!」


振り返る余裕もなく、大声で確認する。


「いつもそばにいるわ」


「ひっ」


耳元でささやかれ、思わず振り払う。


「いってえ。迷子になったらどうしてくれんだよっ」


「妙なことするほうが悪いんだろっ」


「ほら、怒っているとヨランドさんを見失うぞっ」


「それだけはまずい! もう戻ることもできない!」


白い帽子の先っちょを握りしめていたくなる。


「ここだ」


ヨランドさんは唐突に立ち止まった。


そこもまた、洞窟の入口だった。


「このはしごで、下へ行く。一人ずつな」


ドワーフサイズのはしごは、片足をかければもういっぱいの大きさで、アスレチックのロープに近い。


ゆっくり、慎重に下っていくと。


突然のまぶしい光に、思わず目をつむる。


「これは……工場?」


円錐型のタンクが立ち並び、幾本もの管が線路のように走っている。


美しい銅鐸色の金属が見せる、近未来的な光景。


そしてほのかに、香るのは。


甘い、ホップのにおいだ。


「麦というやつを大量に寄こされてもな。あたしらはそんなに食べやしない。で、」


「で……酒を造ってらっしゃる、と」


眼前に広がるのは、ビールの醸造施設だった。


「ああ。こんな大がかりな道具を作るのは久しぶりで、楽しかったよ」


「まさか、おひとりで?」


「いやいや、まさか。麦で酒が造れるらしいと話したら森じゅうの仲間がやって来てなあ。知っての通り、あたしらは酒が大好物だが、のどごしを楽しむ酒があるとは知らなかった」


「え、そうなの? ビールは飲まないんですか?」


酒場でにぎやかにやっている手には、まずはビールじゃないのか?


「この森の住人でビールを飲んだことあるやつはいなかったなあ。穀倉地帯の麦はみーんな、オスマイト王国や、ほかの人間の国に送られていたから」


そうだったのか。なんだか、申し訳ない気持ちになる。


「でもまあ、酒っていうのは嗜好品だ。人間にとっては、麦が主食なんだろ。あたしらがさんざん飲んじまって、悪かったなあ」


少々バツが悪そうな顔を見せたかと思ったら、ヨランドさんは豪快に言った。


「ま、一杯飲んでみてくれよ」


ヨランドさんはジョッキを手に、樽のレバーを引く。


なんて効率的な工場なんだ。


この、洞窟にいちばん近い場所が工程のおしまい、熟成の進んだビールをこの場で飲めるようになっているとは。


目の前でジョッキに注がれていく、赤みがかった黄金色の輝きに釘づけになる。


角が立つ直前の、生クリームのような繊細な泡との3:7の比率もすばらしい。


「かんぱーい!!」


ホップの香りに包まれた工場で飲む、できたてのビール。


「「「うまいーーーーー!!!」」」


間違いなく、俺がこれまで口にしたなかでいちばんうまいビールだった。


「だろ? だろ?」


髭にたっぷり泡をつけて、ヨランドさんが笑う。


「ひとつだけ、悩みがあってよ。この最高にうまいビールに、あたしらのスープはどうも合わないんだ。ビールがぱかぱか進むつまみを、あんたたち知らないかね?」


俺とベンジーは顔を見合わせた。


「任せてください!!」


ビールの小樽を抱えてヨランドさんのうちに飛びこむなり、俺はヨランドさんに見向きもされなかったイモと、ナイフを手に、洗い場へ向かった。


イモを丁寧に水で洗い、ナイフで芽を取り除く。


それからできるだけ、薄くスライス。


「このナイフ、めっちゃいい切れ味……」


さすが、ドワーフの道具はナイフひとつとっても感動的な使い心地だ。


「サバトロのおっちょこちょいが役に立ったなあ」


にやりとするベンジー。


「うっせ。これを見越して、間違えたんだ」


俺は、ワインと間違えて持ってきたガーリックオイルを手に取る。


鍋に1センチほどオイルを注ぎ、かまどの火にかける。


香ばしいにおいが立ちのぼり、うまみの粒子そのもののように部屋中を満たしたところで、イモ投入。


「自家製・ガーリックオイルポテチだ!!」


これほどビールに合うつまみはないはずだ。


「「「かんぱーい!!!」」」


徒歩10分の工場直送樽生ビールと揚げたてのポテチ。


「うまい! なんて組み合わせだ!」


イモひとくちにつきジョッキ半分のペースで、ヨランドさんはビールを飲み干していく。


「あの進みっぷり……白米に明太子みたいだな……」


「おー来たな来たな!」


俺のつぶやきは、ごきげんなヨランドの大声に掻き消される。


振り向くと、大勢のドワーフが目を輝かせて押しよせてきていた。


「この、サバトロってやつがな、やってくれたよ。これポテチってんだ、ビールに最高だぜ!」


ヨランドさんが俺の肩をドンと叩く。小さな手からは想像もつかない、力の強さだ。


「おお兄ちゃん、よく来たな! サバトロって、猫の名前じゃねえのか?」


「それがよ、新聞記者ってやつらしいぜ。あのベーダーって大男の話を聞きたいんだとよ!」


「おうおう、何でも話してやるぜ! 夜は長いんだ!!」


ベンジーがギターをかき鳴らす。飲めや歌えやの大騒ぎ。


「おいらもよ、あの大男は怪しいと思ったぜ。なんせ大男ってところが気に食わねえ」


「サバトロ、あんたは本当に人か? そのちっさい成りは、あっしらの仲間じゃねえか?」


「おいだれか、ビールもっと取ってこーい!」


「おいだれか、ベーダーのとこからイモ取ってこーい!」


ドワーフたちは飲み続け、ベンジーはギターを弾き続け、俺はイモを揚げ続け、にぎやかに夜はふけていった。


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