第二十話・やっぱり手土産は他人の倉庫じゃなくてデパートとかで買ったほうが間違いないね
「ヨランドさん、こんちわー」
洞窟の入口で、ベンジーが声を張り上げる。
岩場に穿った穴は、俺の胸元あたりの高さだ。
かがみ込んでのぞいてみるが、真っ暗で、中は見えない。
「サバトロ、そんなにのぞきこまないほうが……ほらっ」
「うきゃっ」
片膝をついたおれの真正面に、ヒゲに埋まった顔がぬうっと現れた。
頭突き寸前の距離で、尻もちをつきながら後じさる。
「麦の家の用は、もう済んだのか」
ひっくり返った俺をちらとも見ずに、ドワーフのヨランドさんはベンジーに問いかける。
「いや、まだ途中なんだけど」
「そっちの、小さいのは誰だ」
ヨランドさんが顎先で俺を指す。あ、存在は気づいていたのね。
それにしても、小さいのって。今は尻もちついているけど、立ったら、だいぶ大きいぜ?
「この小さいのは、サバトロ」
「サバトロ……猫か」
「ヨランドさん、猫、好き?」
「ほかの動物に比べればな」
「おい、よかったなサバトロ!」
「ネコじゃねえし! 新聞記者だし!」
「……とにかく、入れ。日が暮れた」
木々が生い茂る森の暗さとは異なる、日が落ちたあとの暗闇が背後に広がっていた。
中腰のまま、すりすりと中へ進む。しばらく行くと、洞窟はたっぷりとした大きさを持ち、俺が立ち上がってなお天井には余裕がある。
かまどに木製のテーブル、干し草を編んでつくった立派なソファ。
見た目にも居心地のいい空間が広がっていた。
「すいません、食事時におじゃましちゃって。明るいうちに来るつもりだったんすけど」
「気にするな。もうすぐスープができる。ネコにはミルクを出そう」
「ネコじゃないっす! 人間! よく見て!」
ヨランドさんはぎょろりと目を動かし、俺をまじまじと見る。
「ふうむ。確かに、しっぽがないな」
いやもっと簡単に判断できるでしょ……。
「あ、これおみやげです。ワインと、イモです」
俺はお土産作戦で、人間らしさを強調。
「おお!ワインか!!」
イモはそっちのけで、ワインを抱えるヨランドさん。はじめて表情が動くのを見たぜ!
「……ん? こりゃワインか?」
瓶を振って、怪訝そうな顔をしている。
ちょっと失礼、といってベンジーがラベルを確かめる。
「サバトロー、これオイルだよ。ガーリックオイル!」
「え、マジ??? 確かに、ワインの箱から取ったはずなのに……」
ヨランドさんはすうっと笑顔を引っ込め、かまどに吊るした鉄鍋の様子を見ている。
「すみません! てっきりワインだと……」
「ネコのすることだ、気にしなくていい」
かまどには、大きな鉄鍋がかかり、盛大に湯気を上げている。
そのそばに、「B」の字と稲穂模様の大きな麦袋が横たわっていた。
マチの家に、いくはずだった麦。
そして、オスマイト王国の人々の食卓に並ぶはずだった麦。
「ヨランドさん、俺、猫じゃなくて、ベンジーの友だちの人間で、サバトロと言います」
「おう。じゃあ熱いスープを出そう。猫舌じゃないよな」
「そこにある、麦袋のことを聞きたくて来ました。俺、新聞記者なんです」
「新聞記者とはなんだ? しっぽのない猫のことか?」
「どっちかっていうと、しっぽをつかむ仕事です。しっぽをつかんで……真実を、明らかにする」
ヨランドさんはじっと俺を見たまま、身じろぎひとつしない。
「オスマイト王国では、麦の入荷が止まって街の人みんなが、困っています。北の穀倉地帯が魔獣にやられて全滅したという嘘を、信じ込まされているんです」
俺が言葉を切ると、スープのぐつぐついう音だけが、洞窟に響く。
そのあったかい静寂に、後押しされる。
「北の穀倉地帯にあるベーダー家の地下室には、オスマイト王国の麦商家、ブロック家に卸されるはずの麦袋が大量に隠されていました。俺は、このことを記事にして、王国の人たちに伝えたい。ベーダー家と国が結託して、国民を欺いていることを」
ヨランドさんの瞳の奥が、かすかに揺れる。
「でも、ヤツらは俺が記事を書いたら、証拠を隠滅するに違いない。地下室の麦を処分して……もしかしたら穀倉地帯にも、ダメージを与えるかもしれない。そうさせないために、第三者の証言がほしいんです。麦と、森の通行許可を交換したという、ヨランドさんの証言が」
「ふうむ。悪いが、この麦がそういう事情のものとは知らなかったよ」
「もちろんです。王国の人たちも、ドワーフ族が人間のいざこざに無関係だということはよくわかっています。だからこそ、お願いしたいんです。匿名でかまいません」
ヨランドさんは腕を組んで、何かを考えているようだった。
俺は、ストレート過ぎるお願いを、後悔し始めていた。
だいたい土産の失敗の直後、心証最悪のときに切り出す話じゃなかったよな……。
「ついてこい」
ヨランドさんは、洞窟の出口に向かって歩きだした。