第十九話・イモとワインを携えてドワーフの森を行く
「あ、ちょっと待って。ベンジー、俺を高い高いしてくれ」
「……はい? 高い高い? 小さい子どもがキャッキャウフフ喜ぶやつ?」
「そうだよ、その高い高い」
「なんで? サバトロ、頭打った? オカリナ吹こうか?」
「いや違うって。ちょっと上の貯蔵庫から食料を持っていきたいんだよ」
俺は、自分がダイブしてきた、穴の開いた天井板を指す。
「……初めからそう言ってくれ」
転生しても小柄な俺を肩車するのは、たいていの男にとって容易いことらしい。
「ほらーサバトロ、たかいたかーい」
「うっせベンジー調子に乗んな! よっと」
天井板に手をかけ、よじ登る。
ドワーフのところへ行くなら、やっぱ土産がいるよな。
ということで、木箱からワインを抜き取り、ちょっと迷った末、イモをいくつか失敬した。
「うわーサバトロいけないんだ。ドロボウ、ドロボウ」
「あとで返す!」
「あとっていつだよー」
「あとはあと! いつはいつか!」
ベーダーのヤツに借りをつくる……というか、付け入るスキを与えるわけにはいかないから、本当に「あとで返す」つもりだけど。
あとがいつになるかは、今は聞かないでくれ。
地下室から地上に出て、しばらく行くと森が広がっている。
ベンジーはステップを踏むかのように軽やかに、草木が陽を遮る小道を分け入っていく。
「ベンジー、本当にこの道で大丈夫? ってかここ、道?」
預けた地図をひらひらさせて、ベンジーは言う。
「吟遊詩人に地図とはすなわち、鬼に金棒のこと。目をつむっても迷わない自信がある」
「目閉じたら地図見えないだろ」
「夢のないツッコみはやめてくれたまえ」
「マチの……俺が世話になっている小麦商家の娘が言うにはさ、ベリーとキノコの生息地で、ドワーフとヒトの住処を分けているってことなんだけど」
「ああ、そうだよ」
「このへんには、ベリーもキノコもないよね?」
「うん。だってここ、完璧にドワーフ側の森だもん。ベリーがあるのは境界線上だろ」
住処を分け、争いを遠ざける大切さを力説していたマチが聞いたら、卒倒しそうだ。
「そもそもベンジーはなんで、ドワーフの森に来たの? 流しのギターをやるなら、街の酒場で十分じゃない?」
「もともとは、オカリナを修理してほしくて訪ねたんだよ。街の修理工にまかせるのは不安だったから」
「なるほどね。でも、よくすんなり修理してもらえたね。ドワーフ、人嫌いなんでしょ」
「そこはやりようさ。港町のスコッチと、夜通しのギターで心を開いてもらって、修理の話を切り出したのは、それからだよ」
「ベンジーのコミュ力、新聞記者の能力に追加してほしいなあ」
「まあ、関係の育み方は、人それぞれだろ」
「うん……」
「ぼくは、サバトロに置きざりにされて、なんだこいつ!!!って頭来たけど、そこまで熱くなれるサバトロって、いいやつじゃんと思ったから、こうして、一緒にいるわけだし」
ウインクするベンジー。
その言葉はうれしい。めっちゃうれしい。泣きそう。
でもたのむ。俺の輝ける被ウインク史を、すべてきみの瞬きで埋めないでくれ。
「で、オカリナは無事直ったの」
「ああ。やっぱり彼らの腕はすごいよ。俺のオカリナ、それまではたんこぶ直すくらいしか効き目がなかったんだけど、一気に骨折まで癒せるようになったからな」
「すっげ。それ、鍛冶が得意とかいう次元超えてるじゃん」
「あ、そういえば。もしかしてあのドワーフも、転生者なのかな……」
森の深く、深くへ、潜り込むように、俺たちは進む。
木々は雨もないのにしっとりと濡れ、濃い緑は、覆いかぶさる影みたいにどこか不気味だ。
「あれあれ。あの洞窟」
ベンジーが、数十メートル先を指さした。