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第一話・転生したら新聞記者のはずなんだが

熱いような寒いような感覚が続いていた。


でもそれは、不快ではなくて、


夢の中にいるような、ふわふわした心地。


夢なら覚めなきゃいいのに。


って思うと、夢って覚めますよね。


はい、俺、目覚めました!


え、覚めたの? 俺、死んだんじゃなかったっけ?


マッQで出刃包丁野郎に刺されて……。


死んだ、よな?


まさか、どっきり? あの包丁が実はオモチャだったとか?


そんなシリアスなどっきり、あり?


いやそれよりも、俺にどっきり仕掛ける意味がわからん。


とすると、可能性は、あれですよね。やっぱり。


転生。


「あ、目が覚めたわね!」


にわかに起き上がった俺に、女の子がひどく慌てた様子で立ち上がった。


彼女の手から、読みかけの本が床に滑り落ちる。


「ああよかった……でも、急に動いちゃだめ」


と言われたにもかかわらず突然垂直になった俺の身体は、ふらぁーーと前のめりに揺れる。


彼女の細い腕が、俺をさっと支えた。


「ほら言わんこっちゃない! ずっと眠っていたんだから、動くにも手順があるでしょ!」


身体が触れあった気安さからか、女の子は急にくだけた口調で俺を叱り飛ばす。


俺はその顔をまじまじと見上げる。


黒髪のストレート、厚く下ろした前髪の隙間から、大きな二重の瞳がのぞいている。


ポテトをくわえたらお似合いの小さな赤い唇。筋の通ったかたちのいい鼻。


あれ、この子、どこかで見たような。


そうか、転生前の俺が最後に見た、あの子に似ているんだ。


「きみ、どこかで・・・・・・」


「?」


「いや、なんでもないです!」


異世界まで来て、女の子に不審がられたくない。


ところでここはどんな世界で、俺は何に転生したのか。


「あなた丸2日、眠り続けていたんだよ。おなかすいたでしょ?」


そう言われて初めて、空腹に気づいた。

気づいた瞬間、それは猛烈な欲求として俺の頭の中を一気に占めた。


「どうぞ。少し冷めちゃったけど、病人にはちょうどいいかな」


お盆にのせて差し出された木のボウルに、褐色がかったおかゆがたっぷり入っていた。


とろりとした光沢が、食欲を爆増させる。


俺はほんのり熱を持ったボウルを思わず抱え込む。


木のスプーンでえっさほいさ、すくっては口に運び続ける。


「オートミール粥をそんなに勢いよく食べる人、初めて見たわ……」


あきれたようにつぶやく彼女。


ぐうううぅぅぅぅぅ


と、つぶやきよりもはるかに大きな音がして、俺は顔を上げる。


彼女は顔を真っ赤にして、おなかを押さえていた。


「あの……今の、きみの、おなかの音……?」


唇をぎゅっと結んで恥ずかしがる様子がかわいくて、吹き出しそう。


って、待てよ。


「つまりきみ、おなか空いてるんだよね? きみは食べたの?」


既にあらかた平らげてしまったボウルのおかゆと、うつむく彼女を、俺の視線が行ったり来たり。


「これ、もしかしてきみの分だったんじゃ……?」


彼女はうつむいたまま、顔を上げない。


恥ずかしがっているからじゃなくて、イエスってこと?


「ごめん、俺、何にも考えずにほとんど食べちゃった」


食べかけのボウルを差し出して謝ると、彼女の目がキッと吊り上がる。


「客人に食事を出して謝られるなんて、屈辱です!」


「ええええ……そんなつもりじゃ」


どうしよう。

こういうとき、何を話せばいいんだ。


「えーっと、あの、そうだ、きみの名前は??」


「マチ」


「マチ。か、漢字は?」


「かんじ? 何それ」


ここが定番の中世ヨーロッパ風異世界なら、漢字なにそれはまっとうな反応だ。


「マチ、ところで、きみはその、どんなお立場なの?」


いきなり身分聞くとか感じ悪いなーと気づいたが既に時遅し。


「それ、質問すること? 見てわかんない?」


わかんないっす。俺をちゃんとしたベッドに寝かせてくれる、そこそこ金持ちっぽい部屋だなーとは思うけど。


「あたしは麦商家・ブロック家の跡取り娘よ。もちろん、読み書き計算は一通り修めているわ」


床に落ちたままの本を拾い上げて、胸を張るマチ。


なるほど、豪商の娘なんだな。


そう考えると、堂々とした気位の高い雰囲気と、町娘っぽい親しみやすさがくるくる入れ替わるのも納得。


読み書き計算ができることをわざわざ申告するってことは、この異世界の識字率はさほど高くないな、ということも見当がつく。


だけど。


麦商家なのに、大麦のオートミール粥を満足に食べられないってどういうことだ?


「で、あなたは。あなたの名前は」


マチが俺に問う。


俺の名前。転生前の名前。歯車公平。


「俺は……サバトロ・ジャーナルクライン」


あれ。歯車公平って発音したつもりが、全然違う音声が俺の喉から飛び出している。


「サバトロ……」


マチが繰り返す。


「猫みたいな名前ね」


ぷっと吹き出すマチ。

人の名前を笑うとはちょっとした最低だが、まだ俺自身の名前だという実感がないため一緒に笑ってしまう。


生まれ変わるなら金持ちの家の猫がいいなーっていうのは、結構多くの人が1度は思うことじゃないだろうか。


俺の転生は、ある意味順調ってことだな、うん。


いやいやいや!!


猫っぽい名前の俺は、何に転生したんだよ!


まだそれが、俺はわかっていないんだが……。



30日午後8時ごろ、城塞都市オスマイト帝国のブロック家で、男が寝ているのを同家のマチ・ブロックさん(19)が発見した。マチさんによると、男はサバトロ・ジャーナルクラインと明らかにネコの名前を名乗ったほかに不審な点はなく、オートミール粥を平らげるなど命に別状はないという。

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