第十八話・酒好きのドワーフが麦をどう扱うのかひそかに興味深いところです
背後からニンゲンの声がして、俺は思わず飛び上がった。
「うわっなんだよ」
俺の悲鳴に驚いて尻もちをついた男が恨めしそうにこっちをみやる。
「なんだあ、ベンジーか。びっくりしたなあ、もう」
「びっくりしたなあ、もう、じゃないよ。驚いたのはこっちだ。サバトロめ、一人でさっさと行きやがって」
「あああああーごめん……。勢いあまって……」
俺は崖の上で、後先考えずベーダー家の馬車に飛び乗り、ベンジーを置きざりにしたのだった。
「まったくこれだから新聞記者ってやつは」
「ごめん!!俺のことは嫌いになっても、新聞記者のことは嫌いにならないでください!」
「よく意味が分からないけど、まあいいや。で、現場の様子はどうだい?」
「見てくれよこの麦袋。ぜーんぶ、マチの家に卸す麦だぜ。ベーダーの野郎がくすねているんだ」
「ああ、そういうことか。どうりでドワーフの家に、麦がいっぱいあったわけだ」
「? ドワーフの家に麦?」
「ああ。サバトロに置いて行かれたかわいそうなぼくは、ドワーフの乗り物でここまで連れてきてもらったんだ。ちょっとしたツテがあってね」
「なんだよー。俺もそれに乗りたかった!」
「いや、お前がさっさと馬車に飛び乗っちゃったんじゃないか」
「……すいません」
「この地下室、あの階段を上った地上に入口があるんだけどさ。彼らはそこが、この家の玄関だと認識してるみたいで、ぼくはそこで降ろされたんだ」
「ふうん。じゃあ、何度か、この家に来ているってことか」
「大方、さっきのイケメンマントがドワーフに麦を渡して、便宜を図ってもらっているんだろ。あの森を人間が横切ってなんともないなんて、ちょっと考え難いよ」
「ベーダーのヤツ、ドワーフまで買収しているのか」
「うーん、彼らは人間のいざこざなんざノータッチだからね。麦もらう代わりに、森を通らせている、それだけじゃない?」
そう、ドワーフは悪くない。
「ねえ、ベンジー。俺、そのドワーフに会えないかな」
「え? なんで?」
「証言がほしいんだよ。オスマイト王国となんの利害もない立場から、ベーダーが麦を横領しているってことが分かる証言が」
「あのさ、知っていると思うけど彼らは人嫌いだぜ」
「じゃあなんでベンジーは仲良しなんだよ。ここまで送ってくれるくらい親しいんでしょ」
「そりゃあぼくもまた、彼らに便宜を図っているからだよ」
「えっ、どんな?」
「えー、彼らの大好物といえば?」
「酒!」
「正解! では、お酒の友といえば?」
「えっと、ポテチ、するめ、ブロッコリーの芯をいためて醤油たらしたやつ!」
「……きみの食糧事情はよく分かった。お酒の友といえば、音楽に決まっているじゃないか」
にやっとほほえむベンジー。
ドワーフの間でベンジーは、長年「流しのギター」として名が通っているという。
「だからぼくが仲がいいのは、ドワーフのなかでも陽気な一団。無口でいっつも鍛冶場にいるタイプよりは、確かに話はしやすいかもなあ」
「おお! 願ったりかなったりだ」
ここでドワーフから、麦横流しの証言が取れたなら。
ベーダーの悪事の、ゆるぎない裏付けになる。
「……ひとつ、約束してくれ」
心の中でガッツポーズする俺を、かしこまった顔で、ベンジーが見据える。
「うん? 何を?」
「彼らに、決して迷惑がかからないように。ぼくの大切な友だちだってことを忘れないでくれよ、新聞記者」
青い炎が燃えるようなベンジーの瞳に射すくめられて、高揚がすっと身体の内側に沈む。
そうだ。勝手に盛り上がっちゃいけない。
真実に近づいた!ひゃっほう!!と先走る気持ちは、暴走と紙一重だ。
人の気持ちを考えない暴走が、「マスゴミ」なんて蔑称を生んだんだ。
「もちろん。約束する」
俺は誓いを込めて、答えた。
ベンジーはひゅうっと口笛を鳴らし、ごきげんにわらった。
「よし、そうと決まれば森へ急ごう。暗くならないうちに」




