第十六話・この倉庫の食べ物は、全部市場に持っていくべきだ
「よし、次はこの箱な……よいしょっと」
戻ってきた男2人によって、俺入り木箱は難なく持ち上げられた。
おおー。身体が中ぶらりんの、絶妙な不安定感。お姫様の御輿って、こんな感じかな。
「おい、やたらずっしりとくるな、この箱は」
男の一人が漏らした小言に、俺はなんとなく体を丸める。
「本当だな。中身は何だ」
「きょうはワインと穀物だって聞いているけどな」
「穀物なんて、そこらじゅうに麦が実っているじゃねえか」
「ベーダー様は変わったお人で、イモが好物らしいぜ」
「なんだそりゃ。あんな成りして、舌は庶民か」
「しーーー!! ばっかやろう、聞こえたらどうしてくれるんだ」
「だけどよう。イモが好きなら、イモを買い占めればいいじゃねえか。俺はさ、小麦が届かなくてあのブロックさんが困ってるだろうって思うと、いたたまれんのよ」
「そりゃあな。まあ、俺たちにはどうしようもねえけどさあ」
と、俺入り箱はどすっという音を立てて、無事着地。
「これで最後か」
「いや、あとひとつだ」
「よし、さっさと終わらせようぜ」
男たちは足音を響かせて去って行く。
その音が、聞こえなくなるのを待って、俺はそっと蓋を外す。
「ここは……貯蔵庫……か?」
物音を立てないように気をつけながら、木箱から這い降りる。
広さは、バスケットコートくらいか。
整然と並ぶ木箱には、柑橘やブドウ、豆、さまざまな農作物のラベルが貼られていて、部屋には果物の甘い香りがたちこめている。
「まるで、まるで……ここが市場じゃないか……!」
そう。俺が想像していた街の市場って、こんな感じ。
だけど、市場には何にもなくて、街の人たちはお腹を空かせていて。
「ベーダーってやつは、つくづくとんでもねえ野郎だな」
思わず、怒りが口をついて出る。
超絶イケメンの顔が頭に浮かぶと、もちろん怒りは爆増する。
「あいつの悪事、暴ききってやる……!」
俺は心に決める。
あ、別にイケメンに嫉妬してとかじゃないっすよ。
新聞記者として……正義感にかられて!!
と、勢い込んだものの。今のままじゃなんつーか、決め手にかけるんだよな。
街には食べ物がないのに、ベーダーが溜め込んでるぜ!
しかも実はヤツが好きなのはイモ!!っていう情報流せば、トレンド入りはするよな。
でもさ、当のベーダーに「はっ? だから何?? イモうまいけど???」って言われたらそれまでなんだよな。
やっぱこの場合重要なのは、「魔獣が来て穀倉地帯が全滅なんて話はウソ」ってことだ。
国が、国民にウソついているっていうのは、「はっ?? だから何???」では済まないだろう、まともな国なら。
問題は、俺がオスマイト王国に戻って「みなさーん!! 穀倉地帯が全滅なんて、ウソですよーー!」って言ったところで、信じてもらえるのか。
みんなが納得するような証拠とか、証言とかがないと。
異世界にきたばっかりの俺は、オオカミ少年扱いを免れないだろう。
つらつら考えていると、さっきの男2人組が戻ってきた。
最後の箱を運び入れ、額の汗を拭っている。
「ふう。終わった終わった」
「あー疲れた。鍵持っているの、お前だよな」
「おう。さっさと戸締まりしていくぞ」
「早く鍵返さねえと、うるせえもんな、あの門番」
愚痴る男たち。俺は身を固めて、さっさと行ってくれーと心のなかで祈る。
かったるそうな足音を立てて、男たちは歩き去っていく。
ぎぃぃぃいいいと派手にきしみながら、扉が閉まる音。
ガチャッ。
……………。
もういいかーい。もういいよー。
心の中でひとりかくれんぼをして、息を整える。
「よし、取材開始だ!」
俺は気合いを入れて、男たちが出て行った扉に手を掛けた。
「……? 開かない……?」