第十五話・箱の中身はワイン?イモ?それとも俺?
俺はテントの影から飛び出し、草に身を隠しながらダッシュダッシュ!!
ちんちくりんで悪かったな。でも、こんなときにはでかい図体はかえって邪魔だぜ!!!
俺は草をかき分け、走り抜け、発車直前の貨物馬車に、もんどり打って、転がり込む。
背骨で感じる硬い板の衝撃。舞い上がる土ぼこり。むせる口元を必死で押さえる。
「ふうーー。とにかく、乗れたぞー」
小さくガッツボーズして気づいた。
ベンジーのこと、置いてきちゃった……。
一瞬へこむが、まあヤツは大丈夫だよな。オカリナあるし。
むしろヤバいのは、猪突猛進した俺の状況だ。
俺がすっぽり入りそうな、でっかい木箱がぎっしり積んである貨物車。
そこにひとり、ドナドナと揺られている。
道の凹凸をダイレクトに反映する貨物馬車の乗り心地はまあ、控えめに言って最悪。
前触れなく上下左右にでっかい揺れがくるもんだから、いつの間にか後頭部にたんこぶができているし、擦りむいたすねは熱を持っている。
だが不思議と痛みは感じなかった。
ついに、現場への潜入に成功した!
その高揚感が体を満たし、痛みをどっかに押しやっている。
「えーっと、この道は、穀倉地帯に続く道だよなあ……」
揺れる馬車のなかで、俺は地図を確認する。
崖上から続いていた乾いた赤土の一本道から、うっそうとした森に入った。
「マチが言っていた、キノコとワイルドベリーの森っぽいよな、ここ」
ドワーフと棲み分けているから、入っちゃダメってマチは言っていたけど。
馬車はためらいなく進んでいくぞ。いいのか?
良くてもダメでも、今の俺に選択の余地はないが。
馬車がスピードを上げる。なんだこの急加速。さっきまでの揺れが楽しい楽しいメリーゴーラウンドに思えてきた。
爆発的な揺さぶりに、体が浮き上がって、まるで、暴れ馬に直接座しているかのよう。
おい、ちょっと待てって。シートベルトとかないっすか!
俺は必死で、木箱につかまりバランスを取る。あーもう。ベンジーがいたら、これもアトラクションっぽく楽しめるのになあ。
あいつ何やってるんだよ……
……俺が置いてきたんだよ。
ようやく森を抜けると、途端に馬車はスピードを落とした。
「ふうう、生きた心地がしなかったぜ……」
身体の力を抜いて、顔を上げる。
現れた光景に、俺は一瞬、言葉を失った。
「小麦、小麦、小麦、麦だらけじゃん!」
見渡す限り一面に、黄金色の小麦畑が広がっている。
やっぱり、魔獣が来て全滅なんて、嘘っぱちじゃないか。
「なんちゅうことだ……って、おふっ」
急停車する馬車。
小麦畑に見とれていた俺は受け身を取る間もなく、したたかにお尻を打ち付ける。
「いってえ。ったく、安全運転って概念はないのかね、この国は……」
ぶつぶつ俺が独りごちていると。
貨物車を運転していた男2人が、腰を叩きながら降りてきた。
とっさに身をかがめる俺。
「はあー、疲れた。あの森抜けるのは、楽じゃあねえなあ」
「ああ。ドワーフの昼寝時間に、とにかく走り抜けなきゃならねえからなあ」
なるほど。それであんなに、突っ走っていたのか。
男の一人がうぐーと声を上げてのびをし、脇腹をぼりぼり、盛大にかきむしる。
「おい、お前。そういうだらしないしぐさ、ベーダー様に見つかったら事だぞ」
「そうは言ってもよ。あちらさんの馬車の乗り心地とは雲泥の差なんだぜ、こっちは。体中、バキバキよ」
「そんなの俺だって同じだよ。さあ、さっさと運ぶぞこれ」
「了解、りょうかい」
男達は息を合わせて、木箱の一つを持ち上げる。
おっと、これはまずいぞっ。見つかっちゃう。
俺は慌てて貨物馬車から飛び降りようとし、ふと、木箱に目を留めた。
待てよ。
持ち上げた木箱を男達が運んでいる隙に、近くにあったひとつの蓋を開けてみる。
「……すっげー。ワインがぎっしりだ」
もうひとつ。
「なんだこりゃ。……イモか?」
ゲンコツ大のゴロゴロした、ジャガイモっぽいものが大量に詰まっている。
もうひとつ。
開けてダメなら諦めようと思ったその箱は、
「よっしゃ! 空箱だ!」
俺はすちゃっと身をすべらせ、膝を折って木箱に収まった。
手探りで蓋を閉める。途端に、視界から光が消えた。
「ちょっと……棺桶のなかって、こんな感じかなあ……」
なんだか心もとない。
でも、せっかくここまで来たんだ。とことん潜入取材してやる!