第十三話・魔獣が馬車に乗らないっていうのは偏向報道じゃありません
「確かにこの辺から、物音がしたんだけどなあ」
頭上から、男の声が響いてくる。
「お前の勘違いじゃねえの? こんなところまで、オスマイトのチキン連中が来るわけねえよ」
「それもそうだけどよ。なんか気配を感じるんだよなあ」
「じゃああの岩場、探る?」
ヤバいーーー。こっち来るなーーーーーー!!!!!
(ベンジー!!逃げなくていいのーーー?)
俺は必死で、2メートルほど離れた岩場に隠れているベンジーへ口パクし、念を送る。
ヤツは岩に同化したごとく、微動だにしない。
この状況じゃ、見つかったらどうしようもない。かますべきハッタリもないし……。
仕方ない。
観念して、俺は目をつむる。
ここでもし、転生ライフが終わるとしたら……短い二生だったなあ。もしかしたらループ系かなあ……。
すると、男の面倒くさそうな声が聞こえてきた。
「いや、やめとこうぜ。もうすぐ見回りの時間だ。お偉いさんが来る前に、飯を食っちまおう」
足音が、遠ざかっていく。
ふう、助かったーーーーー。
胸をなで下ろし、こめかみをつたう冷や汗を袖口で拭う。
岩と同化していたベンジーがこっちを見てにやっと笑い、ウインクしてみせる。
……ウインクって、生で見たの初めてだな。
よりによって、吟遊詩人の男かよ。
俺の初ウインクを、返せ。
「よし、じゃあ、あいつらのとこに行ってみるか」
しゅたっと俺の隠れている岩場に移動してベンジーが言う。
「マジで? 何のために隠れてたの!!??」
「だって、引き返すわけにいかないだろ? きみが行きたがっていた『現場』なんじゃないの、これ?」
そうだ。
これ、現場だ。
北の門は閉ざされ、北への道に通じる崖には、見張りがおかれている。
いかにもあやしい、現場だ。
「あいつら、飯食っちゃおうって言ってたじゃん。食事中っていうのは周りへの集中力が薄れるから、近づくにはちょうどいいんじゃない?」
「確かにー。さすがこっちきて長いっすね、ベンジー」
「まあね。じゃあ景気づけに一曲」
「わわっ。それだけはやめてっ。無駄にばれるから!!!」
「冗談だよう」
どこまで冗談かわかんないんだよあんたは!
俺とベンジーは、すりすりと岩場を移動する。
崖の上の開けた地帯に、遊牧民のゲルみたいな、テントが見える。
岩から岩へと身を隠しながら、近づいていく。
鍋を囲む男たちが見えた。全員が腕っ節に覚えがありそうな、がっしりとした体つき。
風にのって、鍋からふくよかなにおいがたどよってくる。
ほんのり甘い、オートミール粥の香りだ。
うわー。鍋いっぱいのオートミール粥だ。
俺の胸に、マチのお腹の音が去来する。
新聞記者を食料視する、リトリ・リルの涙を思い出す。
ブロック家の麦がなくなって、困っているオスマイト王国のみなさんの顔が浮かぶ。
これをみんなに、食べさせたいよう!!!
そんな俺の思いが届くわけもなく、男達は無表情に、お玉いっぱいにオートミール粥をすくい、黙々と口に運んでいる。
「おい、まもなく出迎えの時間だぞ」
ヤツらの一人が、日時計に目をやりながら叫んだ。
「しかたねえな、この鍋片付けるか」
兵士たちは立ち上がって口元をぬぐい、頰をぺちぺちたたいて、緊張感らしきものを纏おうとしている。
轍の音が近づいてくる。
「妙だな」
ベンジーがつぶやく。
「あの馬車、北から来ているぞ」
「北から?」
北の穀倉地帯は、魔獣に襲われ全滅したことになっている。
そこから、馬車がやってくる?
「魔獣が乗っている……とか?」
「サバトロー。お前本当に、新聞記者かよ」
「新聞記者たるもの、予断を持たず、あらゆる可能性を考慮するんだよっ」
「いや、魔獣、馬車乗らないから。自分で歩いたほうが早いから」
「くうっ」
「魔獣じゃないとすれば、北から馬車で来るのは……?」
「北は全滅したと、嘘流しているヤツ、だね……」




