第十二話・崖を登るときに、ケガしてもいいからと先を急ぐと本当にケガをすると思わない?
吟遊詩人と道連れになってよかったことは、歌と音楽がいつもそばにあるってことで、悪かったことは歌と音楽がいつまでもやまないってことだ。
「ベンジー、そのギター、ちょっと飽きたんだけど……」
吟遊詩人の名前はベンジー。名を知ると急に距離が近づく。
地図を確かめながら東の森を、崖めがけて俺たちは進む。
ドワーフの生息地に接触しないように、枝分かれする小道を慎重に選ぶ。
まあ、いずれドワーフには会いに行く気満々だけどな。
「ぼくのギターが飽きただって? サバトロよ、こんなぜいたくな音に満たされた旅はもう2度とできないかもよ?」
「そうだけどさー。もうちょっと、明るい曲調はないの?」
「それじゃあオカリナにする?」
「……オカリナって、より鬱なイメージなんすけど」
そういえば吟遊詩人のベンジーは、俺の前でいまだオカリナを披露していない。
「でもオカリナは、ぼくのとっておきだから。もうしばらくは、ギターでいこう」
「とっておき? オカリナが?」
「サバトロ」
「ううん?」
「きみも、転生者なんだろう?」
「!!!!!」
「どうして、それを……」
そして、きみ「も」って。
「え。だって明らかに街になじんでなかったじゃん。保守的なオスマイト王国人が、俺について来るとかあり得ないし」
はあ。転生して目覚たばっかりですよ俺。
この短期間にオスマイト王国人になりきるとか、無理っすよ。
「ベンジーは、転生したら吟遊詩人だった、ってこと?」
「ああ。ジョブ選択が、吟遊詩人一択だったんだよー。選ぶまで、世界止まったままでビビったわー」
「俺と一緒じゃん! 俺は、新聞記者一択」
「新聞記者!? それどんな能力だよ」
「俺が教えてほしいんですけど……」
『リミテッドジョブ:新聞記者が得意とするのは記憶・観察・情報収集・分析。装備は言葉とペン』
これを人に説明すると、役立たず認定されるのではないかと不安だ。
「吟遊詩人の能力は?」
「俺は回復系。このオカリナが装備なんだ。俺の奏でる音色は、あらゆる疲れに効くぜ」
ほおお。新聞記者よりよっぽど分かりやすい。
「だから、けがしても打ち所が悪くなきゃ、大丈夫だぞ」
「へ? そういう問題??」
「つまりサバトロ。俺が言いたいのはさ、安心して、崖を登ろうぜってこと」
にこっと笑うベンジー。
視線を上げる俺。そびえる崖。
「なんかあったら……マジで頼みますよ」
「任せとけ。サバトロなら特別に、後払いでいいから!」
金とるんかい!!!!
よじよじ。よじよじ。もひとつおまけによじよじ。
前世では、いじいじがデフォルトだった俺だが、今は岸壁をよじよじしている。
崖を登るなんて初めての経験だけど、意外とすいすい足が進む。
登っていると、いかにもちょうどよいところに、足を引っかけるへこみや、握りやすい石が突き出しているのだ。
まるで、登られることを待っていたかのような。
「なあベンジー」
俺は、前をいくベンジーに声をかける。
「なんだサバトロ。もう疲れたのか?」
「そうじゃなくて。やたら登りやすくて不安なんすけど」
「なんで? 登りやすいのはラッキーじゃん」
不安を共有してもらえない。
やはりこいつは、歌えばケセラセラ体質なのか。
「こんなに登りやすいのは、罠だったりしない?」
日本人の記憶を持つ俺はもともと、慎重派なんだ。
「罠~? よくそんなことが思いつくねえ」
全く意に介さないベンジー。
よじよじ。よじよじ。
「おいサバトロ、見てみろよ。あの川、アルメディカ川!」
俺の不安をガン無視して、ベンジーは声を張り上げる。
俺は、崖の中腹から、首を伸ばす。
深いインクブルーの流れが見える。
光の加減で漆黒にも鮮やかな藍色にも見える水の流れは、眺めているだけで吸い込まれそうに美しい。
「壮観だなー。この前見たときは、流れが魚のかたちをしていたんだよ」
「あれが、マチたちが言っていた死を呼ぶ川か……」
「あ、そうなの? オスマイトの人たちは、そんな不気味な呼び方しているの?」
けげんそうにベンジーが言う。
「オスマイトの人たちはって……他の国では違うの?」
「ああ。港町のロッタランドでは、奇運を招く川って呼ばれていたよ。とびきりの経験をさせてくれる川ってことで」
ふうん。なんか前向きだな。やっぱり港町と、城塞に囲まれたオスマイト王国では国民性が違うのかな。
「さて、もうひと登りで、北へ続く道が……」
言いかけたベンジーの声が、突然緊迫する。
「サバトロ、下がって! 岩陰へ!」
下がってって急に言われてもー。崖ですよここ。
「はやく! 骨折くらいなら僕のオカリナが一瞬で治すから、ずずっと下がれ!」
無茶苦茶なことを言いやがる。一瞬で治るったって、けがした瞬間は痛いだろ?
とにかく岩陰に身を潜める。
その直後だった。