第十話・地図という名の貴重品
1日午後、城下町通一本樫西入ルのブロック家で、王国地図の捜索が行われた。貴重品である地図の捜索は非公開で、報道陣には冒頭10分のブロック家の長女・マチさん(19)と、旅行者の男性の会話のみが公開された。マチさんは「地図の大切さを認識してもらういい機会になった」話している。
そういえば、マチに何も言わずここへ来てしまった。
「サバトロ! どこへ行っていたの! ああリトル・リル! サバトロと一緒だったのね! 心配したわ!!」
広場へ戻ると案の定、おろおろしていたマチに吊し上げられた。
リトル・リルが俺の胸をがしっとつかんで、完璧になついているため、誘拐犯のそしりは免れたのが不幸中の幸いだ。
「マチねえちゃん。しんぶんきしゃ、おいちかったよ」
リトル・リルがにこにこと報告する。
不思議そうな顔で、リトル・リルと俺を見比べるマチ。
「サバトロに、囓られた痕は……ないようだけれど」
それはそうと。地図だ、地図。
「あのさあマチ。このあたりの地図って持っている?」
「地図? あるけど……」
なぜか声を潜めるマチ。
「その話は家に戻ってから。リトリ・リル、そろそろおうちに帰らなくちゃ」
マチがそう言うと、リトリ・リルは遊び足りなさそうにくちびるを尖らせた。
そういやリトル・リルは、どこの子なんだろう。
「ほらほら、もうお昼になるわ。リル、帰りますよ」
マチにひっつこうとするリトル・リルの腕をつかんだのは、さっきのシベリアさんだった。
なんだ、お孫さんだったのか!
「え、ダメなの?」
マチと二人、家に戻った俺は早速地図を見たがったのだが。
マチはなぜか、出し渋る。
「地図って、すごく貴重なのよ。だから度重なるベーダー家の取り立てにも、パパが必死に隠し通している。あと、地図を記している羊皮紙そのものが高価」
うーん。そこをなんとか。
「どうして地図が必要なのよ?」
「東の出口から北に抜けるから、道を間違えないように持っておいたほうがいいかなーって」
「…………」
絶句するマチ。
開いた口が塞がらない、という言葉があるが。
そのとおりの顔のひとを、初めて見た。
「東の出口は、東へ行くためのもの! 北に行くのはだめよ。サバトロに言うことじゃないと思って黙っていたけど、北の穀倉地帯はね、魔獣に侵略されて誰も行くことができないのよ」
「うん、聞いた」
「じゃあどうして、北へ行こうなんて……」
「うーんとさ、魔獣に侵略されて全滅したってことを、誰か確かめたの? 信じ込まされているだけってことは、ない?」
魔獣が出たなら、近隣の国に知らせるのが王国連合の義務だと、吟遊詩人は言っていた。
この王国が、その義務を放棄しているなら、考えられるパターンはふたつ。
1、事情があって、他の国にはあえて黙っている。
2、魔獣が出たってこと自体が、うそ。
1の場合、街中のみなさんが魔獣出現を知っているのは不自然だ。
知る人が多くなるほど、外に漏れる可能性も高くなるのだから、国としては極力、秘密にしようとするだろう。
2の場合はむしろ、王国が欺く相手は外国ではなく、王国の住人たちだと考えられる。
魔獣がいるから北へ行ってはいけませんよーっと、住人たちを抑止するための、噓。
北の穀倉地帯に、誰も行かせないための、噓。
「確かに、穀倉地帯へ行った人はいないわ。だって、魔獣の討伐隊が、ひとりも帰ってこないのよ」
「ひとりも?」
「だからサバトロ、あなたも行っちゃだめ」
うーん困った。うるうるした瞳で見つめられると、どうしたらいいか分からなくなる。
「ん? どうしたんじゃ?」
微妙な雰囲気の俺たちを見つけたマチパパが声を掛ける。
「実は地図がほしくてですね……」
「パパ、サバトロが魔獣討伐に行くって言うのよ!」
俺の声は、マチの大声にかき消された。
「ほう。それはずいぶん、勇み足な」
「いやいや違います! 魔獣と戦いたいわけじゃないっす!」
そりゃあ、剣の力で魔獣をバッサバッサ倒してこの国のヒーローになれるなら、そうしたいが。
俺のジョブ、新聞記者なんです!
装備はペンと言葉だけなんです!
だけど。
ペンは、剣よりも強し。
剣で倒せないものを、ペンで倒せるかもしれない。
と、俺が半ばマジで思っていると。
マチパパが、俺が寝かせてもらった部屋の棚から花瓶を動かし、その奥の金具を回した。
隠し扉だ!
「ふむ地図ね。地図地図」
闇の中に吸い込まれるように、隠し扉の奥へと進むマチパパ。
ボソボソとした独り言と、ガサゴソやる音が聞こえてくる。
たまらず、中に入ろうとする俺。
すると、気配を感じたっとように即座にマチパパの牽制が入った。
「ここは狭いんでね、ちょっと待ってくれ……お、あったあった」
出てきたマチパパの手には、巻物がひとつ。
「この城塞都市、オスマイト王国と、そのまわりの国々の地図だ」