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第九話・オカリナ吹きはギターを鳴らしそれ以上によくしゃべる

「この街の印象は、どうですか」


俺はさりげなく、取材開始。


「数年前に来たときには、あちこちのかまどからパンを焼く香りのする素敵な街だったんだけど……ずいぶん寂れてしまったようだね」


「やっぱり、そう思いますか」


「ああ。人々も力のない顔つきをしているし」


「ええ、ええ。なにせ、ここだけの話ですがね、ベーダー家がやってきてですね……」


ベーダー家が何者かよく分かっていない俺ですが、いつの間にかハッタリを発動している。


「この街もか! ベーダー家、恐るべしだな……」


ため息をつく吟遊詩人。


と、


おもむろに、オカリナを取り出した。


え? オカリナ?


え? 歌、生まれちゃいました?


俺はどっちかっていうと、話の続きを知りたいんですけど……。


うーん。どうやったらうまく話を聞き出せるのか。


インタビューのたねをリトル・リルに食べられちゃったからなあ……。


すやすや眠るリトル・リル。


平和過ぎる寝顔を見ていると、焦りがどっかへ溶けていく。


うん。焦っちゃいけないな。


聞きたいことだけ聞くんじゃなくて、相手が話したいこと、やりたいことを全部受け止めよう。


その人が何を見て、何を感じているのか。


それが分かればきっと、取材の糸口になる。


吟遊詩人がオカリナを口元に当てる。


さて、演奏開始か。


うんうん、まずはそのメロディー、受け止めます。


「ぼくが、前にいた街で聞いたのは」


オカリナからくちびるを離し、吟遊詩人はまず、語りに入った。


なんだよー。オカリナ、フェイクかよー。


「ベーダー家が小麦卸に参入してから、ほかの商家が麦を入荷できなくなって困っていると、聞いたんだ」


「へえー」


「他の商家が手にできるのは、人の食糧にはならない、粗悪なものばかりだそうでね」


俺は深く頷いて、続きを促す。


「どうやら、穀倉地帯からはきちんとした麦をちゃんと発送しているのに、商家には届かないってことらしいんだ。」


発送したものが届かない。


つまり、輸送の途中でなくなっているのか。


事故じゃないとすれば、誰かが横取りしているってこと?


……その「誰か」が、ベーダー家なのか????


「ベーダー家が、小麦を横領しているってこと……?」


何らかの方法で横取りして、寡占しちゃえば。


価格を天井なしに吊り上げることができる。


「さあ……。ぼくはそういうことには、疎いから」


気まずそうにオカリナをなでるオカリナ吹き。


確かに横領云々は、この人に聞く内容じゃないな。


この人からしか聞き出せないことを聞く。それが、取材における最優先事項だ。


この人からしか、聞き出せないことを。


すなわち、この街の、外の状況を。


「ちなみに、どちらの街から来て、この先はどこへ行くおつもりで?」


「数日前までは、南の港町にいたんだ。で、この城塞都市・オスマイト王国で、小銭を稼ぎがてら、おいしいパンにありつこうと思ったら……これだもんなあ」


うなだれる吟遊詩人。


本気でがっかりしているぞ。


この街のパンって、そんなに絶品だったのか。


おいしいパンの源は、質のいい小麦。


きっとマチパパが、誰もが手にできる価格で、いい麦を売っていたんだろうなあと俺は想像する。


「それは残念でしたね……じゃあ、この街はささっと切り上げて、ほかの場所へ?」


「そのつもりだったんだけど、北の穀倉地帯へ抜ける門が通れないんだよ。魔獣で彼の地は全滅したとかで」


魔獣。全滅。さっきリトル・リルが言っていたのは、このことか。


「でもそんな話、この街に来て初めて聞いたぜ? 危険な魔獣が出たときには、近隣の街に知らせるのが王国連合の義務だろ?」


「は、はい。そうっすよね」


「まあ、ぼくのような者が首を突っ込む話題じゃないから、はあそうですかと引き下がるしかなかったけどさ」


ジャカジャーンと吟遊詩人はギターをひと鳴らし。


あ、ギターも持っているんだ。


「それじゃあ北は諦めて、西か東へ?」


「東の門から森を抜けて、北へ行こうと思っているんだ」


いたずらそうに笑う吟遊詩人。


「え、北へ?」


それでも北の穀倉地帯へ行くというのか。


「ああ。パン!うまいパン!って思ってこの街に来たからさ。気持ちがおさまらないんだよ。穀倉地帯の村へ行けば、きっとおいしいパンがある」


「俺も、一緒に行っていいですか!?」


「え、きみもそんなにパンLOVERなの!?」


吟遊詩人の瞳が突然輝いた。


「あ、いやー、パンは好きですが……穀倉地帯の現場をこの目で確かめたくて」


そうだ。現場だ現場。新聞記者は、現場に行って状況を確かめなきゃ!


俺はジョブにふさわしい意見を述べたはずだが。


吟遊詩人の瞳は「あ、そなの。パン仲間じゃないの」と幾分力をなくしている。


「ところできみ、地図を持っている?」


「地図?」


「大まかな地理は頭に入っているんだけど、やっぱりその土地土地で手に入る地図がないと、違う門から出て正しい道にたどり着くのは難しいんだよ」


地図かー。


マチの家になら、あるかもしれない。


「ちょっと待っていてもらえますか? 心当たりが」


世界各国の大道芸人が集い、技を披露する「大道芸フェスティバル」が1日、王国連合各国で開幕した。18か国から約123人のアーティストが参加。会場のひとつ、オスマイト王国第三広場では、吟遊詩人のベンジー・フォッケさん(25)の前に人だかりができた。八弦ギターで観客を魅了したベンジーさんは「パンが食べたくてきた。フェスティバルとは知らなかった」との話芸でも人々を沸かせていた。

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