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プロローグ

【プロローグ】


「はあ……ここも書類落ちか……」


俺に価値なんてない。

20年と少し、なんとか生き抜いてきた人生が「いや、あなたは別にいいっすから」とあっけなく却下されるイベント。


それが就活。


「これで50社目……か」


立ち寄ったマッQでスマホに届いたのは、コピペされたような定型文のお祈りメール。

それを目にするなり、俺はトリプルチーズバーガーの包み紙を握りつぶしていた。


グシャリという音とともに、包み紙の中にわずかに残っていたケチャップが手につく。


役に立たない。

トリプルチーズバーガーから取り残され、包み紙に残されたケチャップ。

それがまるで今の俺自身のように見えた。


「22歳にして、人生ゲームオーバーかよ……」


今更人生がイージーモードになるとは思えない。

でもこうもハードモードである必要はないんじゃないか。


ゲームだったら、さっさとオプション画面で設定を変えてしまうところだ。

だが卑怯なことに、この現実にはオプション画面もデバッグもない。


「せめて転生とかできたらなぁ」


現実逃避も甚だしいそんな思考が思わず口をついた。

途端に俺は、慌てて周囲を見回す。


そうだ、ここはマッQだった。

いないよな、今の恥ずかしい独り言を聞いたやつなんて……。


そう思った瞬間、俺は思わず固まる。

視線の先、そこには一人の少女が存在した。


黒髪ストレート。

斜めに下ろした前髪の隙間から大きな二重を覗かせた少女が、向かい側の席から興味深そうにこちらを伺うように眺めていた。


え……マジで今の聞かれてたの。

うわぁ、死にたい。マジで死にたい。


思わず頬が引きつっていくのを俺は感じる。

するとそんな俺の様子に気づいたのか、彼女はポテトを口に突っ込みながら慌てた様子で視線を外した。


いや、絶対変な奴だって思われたよな、これ。

就職は上手くいかないし、女の子には変人って思われるし。


そんな最低な気分になったタイミングで、小さなテーブルに置いたスマホが短くふるえる。

ツイッターのタイムライン。表示されたのは隣のゼミの有名なリア充、ササノウエケンゾウくんのツイートだった。


いや、俺なんかにもいつも気さくに話しかけてくれるからついフォローしちゃったけど、前からリア充自慢ツイートがいいかげんおなかいっぱいで、いつかフォロー外そうと思っていたところだったんだけど……


「常日新聞の記者職内定、いただきましたー! ペンは剣よりも強し! 嬉しいっちゃ嬉しいけど、マスゴミとかオワコンとかも言われてるし、意外と内定とりやすかったのかもな」


ええ

えええ

えええええええええええええええええええええ!?


あいつが、あいつが新聞記者?


おいおいおい、待ってくれよ。

嘘だろ?


だってあいつ、IT系志望だって言ってたじゃないか。

なんで新聞記者の内定が出てるんだよ。


新聞記者は……新聞記者は俺がずっと憧れていた職業なんだ。


きっかけは、刑事モノのミステリー小説だ。

あの手この手で情報をつかむ、泥臭いのに努力を見せない雰囲気に憧れた。

小説の中の記者はリア充とはほど遠かったけど、それも俺には望ましいように感じたんだ。


なのに……なのに……


心が、ぽきんと折れた音がした。


マスゴミ。

オワコン。


ああ、確かにそうかもしれない。


でもさ、そうやって新聞記者を小馬鹿にしているリア充が、第一志望でもないのに内定をかっさらっていくのかよ。


くそ、むかつく。

せいぜい、調子のってろよ。


ああ、おまえの心配するとおりだ。

今の時代、新聞なんてオワコンなんだよ。

スマホ一台あれば、書けるし、投稿できるし、写真撮れるし。


ペンは剣よりも強し?

何それ?おいしいの?

ペンとか、誰か使ってんの?


「「「きゃーーーー!!!」」」


突然発せられた悲鳴。

俺の黒い思考をぶったぎったその声は、店内にこだました。


「うおーーーーー!!!」

悲鳴を上書きするような大声を、目出し帽に黒づくめの男が吐き出している。


え?え? 何が起きているんだ。

慌てて視線を動かした俺は、思わず息をのんだ。


黒づくめの男の右手には、出刃包丁。


男は包丁を握った腕をぶん回し、突然客席に向かって走り出した。


……逃げなきゃ!


そうは思ったが、とっさのことに体が動かない。

そんな間にも、男は包丁を振り上げ、一人の少女をにらみつける。


ヤツの視線の先、そこにはさっきの黒髪の女の子がいた。

血の気を失った真っ白な顔で、震えながら。


「ちょ、ちょっとタンマーーーーー!」


気づいたら俺は叫びながら、男と女の子の間にスライディングしていた。

さっきまで動かなかったはずの体が、よくもあっさり動いたもんだ。


って、ドスっ!


背中に爆弾が落ちたかのような衝撃と熱が走る。

いや、爆弾じゃねえし。包丁だし。


包丁!?


いや、うそだろ、おい。

俺、刺された。


熱い。

痛い。


背中から全身にほとばしる痛み。

もう痛い以外の何にも感じられない。


いや、もうひとつだけ感じている……


俺、死ぬの?


就活っていうイベントクリアできないまま、リアルにゲームオーバーとか、マジで俺の人生ってなんだったんだ、おい。


熱と痛みが引き潮のように遠ざかり、猛烈な寒気に襲われる。

俺は最後の力を振り絞って、この世を見納めようと視線を上げた。


すると、そんな俺の手を握りながら、泣きじゃくる女の子が映った。


「転生したら、何になりたい?」

彼女が、俺の耳元で言う。


「転生したら、何になりたい?」

再び彼女が、俺の耳元で言う。


ってか、なんだそれ。

一応俺、きみの命の恩人なんだけど。

死ぬ前にかける言葉が、さっきの俺の黒歴史なわけ?


「早く教えて。あなたの意識が途切れる前に!」

なぜか彼女の声音が切羽詰まる。


まあいいか。

誰かに言い残すのも悪くないかもしれないよな。


俺が目指した証を。

俺が生きた証を。


「き、きしゃ」

「へ? 汽車?」


なんか想定と違う漢字変換をされたっぽい返事がかえってくる。


「記者……しんぶん、きしゃ……」

「あー新聞記者ね。了解。汽車にするところだったよーやばいやばい」


このシリアスな局面に不釣り合いな、からっとした声。

そして彼女は俺の手をぎゅっと握る。


「助けてくれて、ありがとう。あとは、任せて」


握り返す力は、もう俺にはない。

ただ消えゆく意識の中、俺は思った。


転生したら、今度こそ成りたかったものに……



こうして俺こと歯車公平22歳は、この世に別れを告げた。


そして再び目覚めた時、俺は成っていたんだ。

記者に……そう、異世界の記者に。


29日午後5時30分ごろ、東京都××区のファストフード店舗で「男が暴れている」と居合わせた客から110番があった。警視庁によると、大学3年生の歯車公平さん(22)が刃物で胸などを刺され搬送先の病院で死亡した。同庁は現場にいた住所不定、自称召喚士の伊勢典正容疑者(53)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。同庁によると伊勢容疑者は「スライディングしてくるとは思わなかった」と容疑を否認している。


後書きでは、物語を三人称視点の新聞記事スタイルでまとめてみたいと思います。

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