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王妃の溜息


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お知らせありがとうございました











 長閑な小春日和。

 雲雀の囀りが微かに聞こえ、優しいバラの香りが漂う。


 そんな中、唐突に白昼夢から醒めた様に目の前でパチンとシャボンが弾けた。

 実際にはシャボンなんて飛んではいないのだが、プランディアはその様に感じた。 




 ヴィノガデ王国の王妃プランディアは、王妃専用の庭園“ハンノローズガーデン”で社交界デビュー前の少女達を七人招き、細やかなお茶会を開いていた。


 ハンノとはこの国の古語で100を意味し、五代前の国王が百本のバラを捧げて当時敵国だったシャガデの王女に惚れ込んでプロポーズし、その後無事和平を結んで嫁いで来た記念に捧げたバラに因んで百株のバラを植えて作られたバラの庭園だ。

 その時からこの庭園は王妃専用となっている。


 約130年を経て、ヴィノガデの王妃になったプランディアは前王妃からこの庭園を譲り受け、日々散策をしたり、ガゼボで本を読んだり、時折は小さなお茶会を開いたりしている。

 王妃という重圧から解放される、数少ない心休まる場所だ。



 そんな心安らかで居られる筈のガーデンで夢から醒めた気分になったのには訳がある。


 我が息子、ヴィノガデ王国 第一王子のヴェストが、ベビーピンクのふわふわヘアの少女を伴って登場したからだ。



 いや、登場したから。 だけでは語弊がある。

 登場したことで、前世を思い出したのだ。

 シャボン玉パッチンで前世を思い出したのか、前世を思い出してパッチンなのかは分からない。

 が、思い出したのだ。







  これが、かの有名な異世界転生か。






 王妃プランディアの前世は、享年二十歳の大学生だった。


 幼い頃から熱中しやすい性格で、物心ついた時分は虫にハマり毎日昆虫採取しては母に何度となく悲鳴を上げさせ、小学校に入る頃には植物にハマり、近所に有った造園業のお宅に両親に無断で弟子入りし、職人さんを困らせ、高学年になる頃には編み物にハマり季節を問わず毛糸で編み物ばかり。

 中学生になったと同時に、学生の本分は勉強よね! と、勉強にハマり、最初は母を喜ばせたが、学校でも家でも勉強ばかりして、盆も正月も無く家で本とノートにかじりつく娘に『旅行に行きたいの~~~』と懇願させたりしてた。


 勉強に熱中したお陰で高校も大学も地域で一番の難関校に余裕で入学できた。

 

 大学では、一浪して入学し更に留年したことで同学年になった兄に(代返やノート目的で)唆され、1、2学年の時に取れる教科を必修も選択も殆ど履修してしまい、3年になったら一気に暇になったので、当時人気だった乙女ゲームをやり込んでいた。

 そしてその時最もハマったのが “ハンノローズガーデンの秘密~王妃と約束の薔薇~” だった。



 ヒロインはそこのベビーピンクの少女で、息子のヴェストは攻略対象の一人だ。

 デフォルト名は無かった。

 また、王妃と約束の〜〜とある王妃は、私プランディアの事ではなく、バラの庭園を贈られた王妃の事だ。

 ゲームの内容については、まあありがちな恋愛モノなので割愛するが、プランディア自身はバリバリのモブだ。



 少女のふわふわの髪は両サイドに白い花と緑のリボンの髪飾りを付け、ドレスは髪と同じピンク色で、姫袖には赤いバラのモチーフ。ウエストから腰に掛けても幾つかの赤いバラと白い小花ののモチーフが散っていて「ザ・お花畑」と言った装い。



 初冬の装いとしてはベビーピンクのお花畑は頂けないが、春めいたフワフワ感が男ウケするのだろう。




 プランディアは自分の隣に座る少女にそっと目を向けた。



 夜空を切り抜いたような濃紺の髪を緩くハーフアップにして深緑のリボンで飾り、リボンと同色のドレスは胸元と袖に豊かなレースがあしらわれていてドレスのスカート部分には同系色でバラの刺繍が施されている。

 光の加減で光って見えるバラのドレスは上品で、彼女自身は高貴な雰囲気を纏った冬のバラを思わす佇まい。

 


 お察しの通り、悪役令嬢である。

 ザッハレー公爵家 一の姫、ローザマリア。






 ローザマリアの口許には笑みが浮かんでいるが、二人の闖入者に淡いグレーブルーの瞳が僅かに揺れている。

 一見落ち着いて見えるがその動揺が王妃には透けて見えた。



 まだ年若い彼女は、三年前にヴェストの婚約者に内定していて、今日は王妃プランディアと共にこのお茶会を主催している。

 家柄が良いだけでなく、本人の人柄、思慮深さ、聡明さ、また見目の良さも申し分ない。

 現時点において彼女以上に次期王妃に相応しい者がいないと言うことで王太子妃に内定している。



 王太子妃内定なのに、婚約内定と表現されるのは、ヴェストが立太子していない事と、この国の慣例に拠るもので、慣例は男女とも十八歳を成年とし、社交界へのデビュー果たした後に正式な婚約、続いて結婚。 と相成るからに他ならない。

 結婚は十五歳で出来るのだが、成人前に婚約や結婚すると貴族社会において何か(不名誉な事を)やらかした。と、思われるのだ。


 男女で大きく年齢差がある場合は先に成人した者に合わせ婚約式を行うが、年若いものが成人するまでは若年者の任意により婚約を続けるか、白い結婚をするのがやはり慣例となっている。




 ヴェストは今年十七歳になった。 今は王都にある王立アリエル学園に通っている七年生。

 対して、ローザマリアは二つ年下の十五歳。 同じくアリエル学園に通ている五年生。

 正式な婚約は来年ヴェストが成人してから。 国を挙げての慶事として大々的に行う予定である。

 時期としてはヴェストの学園卒業と同時期となっている。



 ヴィノガデの学校は義務教育ではないが、七歳から九歳までの通学の意志がある全ての子供の通う初等学校が各地に、十歳から十八歳までの貴族と一部の裕福な商人の子供達が通う王立の高等学校が三校あり、王立アリエル学園はその中でも一番権威のある学校で、王族と上流貴族は殆どこの学園に通う。



 乙女ゲームは、何タイトルか遊んでみたが、年中行事やイベントはそのまま受け継いでいることが多いが、“ハンノローズガーデンの秘密~王妃と約束の薔薇~”も年末にはクリスマス擬きや、新年にはお正月イベント、二の月にはバレンタイン、と行事が続く。

 その流れで学園の入学は四の月で卒業は三の月だ。


 


 前世の記憶が確かであれば、ベビーピンク(ヒロイン)はローザマリアと同年齢で攻略対象のヴェストが最終学年に上がる少し前に転入して来るのだった。

 最終学年に上がる少し前。 年末年始の休み明け、新学期での転入かと思っていたが何と学期末に転入だったのか。

 プレーヤーがゲームを始める時期は区々なので明確な記述は無かった筈だが、初冬の今、若干早い気がするがクリスマスのイベントを興すならばこれくらいに出会っておく方が色々都合が良いのだろう。



 前世の記憶が戻る前のプランディアは学園生活くらいは自由に過ごさせようと余り干渉して来なかったが、この様子では順調に攻略されているのようだ。



「母上? 聞いておられますか?」


 ヴェストがプランディアに声を掛けながらプランディアの座る席へと近寄ってくる。




  ってか、まだこの庭園への立ち入り、許可してないんですけど~~~。



 プランディアは無作法な第一王子をどのように叱ろうか考えてみるが、一先ず様子を見ようと思い直し深い笑みを息子に向けた。



「ヴェスト、此処は王妃の庭。 勝手に立ち入ってはいけません。」


 やんわり言葉を掛けるが、どこ吹く風でベビーピンクを連れ、目の前までやって来た。



「今日はお茶会だって聞いたから、彼女も参加させてあげたくて。」


 ヴェストの顔は、攻略対象の中でも際立って整っている。

 ゲーム内では不動の人気を誇るヒーローだった。


「初めましてお母様、カミーショ子爵の娘、パールローズです。」


 ベビーピンクはパールローズと言うらしい。



  パールでローズ……。 

  この国の国宝は真珠で、国花は薔薇だ。 ストーリー上初期に語られる内容だ。 安易だった!

  と言うか、お母様って何だ!? ローザマリアにだってお母様と呼ばれた事はないのに!



「殿下、此度のお茶会はふた月前から招待者や席順が策定され決定しているものです。

突然にいらしても席の用意はございません。」


 プランディアがどう返そうか迷い扇を口元に運んだ時、ローザマリアが優しく諭すようにヴェストに声を掛けた。


 今日のお茶会に出席しているご令嬢たちはローザマリアやパールローズと同年代の少女達だ。

 殆どの者が一緒の学園へ通ており、ヴェストとローザマリアの関係を察しているのだろうか、小さな好奇心と淡い憐憫の情が綯い交ぜになって漂っている。


「ローザマリア……居たのか。 お前には関係の無いことだ。余計な口を挟むな。」


 ヴェストが冷ややかにローザマリアに言い放ち、場の空気は凍り付いた。



「ヴェスト、この茶会は王妃と、次期王妃とで共催しているのですよ。

関係無い訳がないでしょ。」


 冷えた空気を和ますように、優しい声色で語り掛けると驚いたようにプランディアを見た。


「母上、何を仰っているのです! ローザマリアは妃候補の一人に過ぎないではないですか!」


「いいえ、王太子妃内定者、です。」


 ヴェストの声は些か大きく、この分では庭園の外にいる者たちにもやり取りが聞こえている事だろう。

 プランディアは溜息を吐きたいのを飲み込んで、諭すように言うが、この息子はどうにも納得がいかないようだ。


「……今は、そんな事よりも、彼女です。 席を作って下さい。」


 納得はいかないが、口論になるよりベビーピンクをこのお茶会に参加させる事に重点を置いたのか、プランディアに言いながら近くの侍女へ視線を移し、早くやれ。 とばかりに睨みつけた。


 侍女達は『どういたしますか?』とプランディアとローザマリアに示指を仰ぎ、プランディアはローザマリアと顔を合わせた。


「エルサ、予備の茶器があったわね?」


 ローザマリアが侍女に声を掛け、侍女は心得た。とばかりに頷いて追加でお茶の用意を始めた。


「パールローズさん、席はあちらになります。 どうぞ。

それと、殿下。本日は男子禁制のお茶会となっております。

殿下は参加できませんのでお引き取り下さい。

パールローズさんがご心配でしたら、ローズゲートの後ろでしたら様子が分かりますので、そちらにおいでくださいませ」


「なんだと?!末席ではないか!しかも俺に護衛騎士と同じ位置まで下がれとは、不敬ではないか!」



 プランディアはとうとう堪えきれず溜め息を吐いた。


「何が不敬ですか。そもそもわたくしはあなた方の立ち入りさえ許可してないのですよ!」


 優しい口調ながら、少しばかり呆れた物言いになってしまったのは許してほしい。本気で呆れているのだから。


「母上!息子の私が母上の元へ来るのに、何の許可が必要なのですか!」


 プランディアの言葉にすかさず言いつのる。

 甘やかしたつもりはないが、若くして授かった子供への教育は、成功しなかったか。と、苦く思う。



「息子として来るのなら、時と場を考えなさい。」



 

 思えばプランディアは、今生もハマりやすい質だった。

 ちょっと前は王妃業にハマっていて、精力的に公務を熟していたが、陛下に『寂しいから程ほどにして!』と泣き付かれ、それならば!と、次期王妃教育に力を入れだしたところだった。


 こんなことなら子育てにハマれば良かったなぁ~。と、思いつつ此の場をどうするか悩む。



 出来ればお開きにしてしまいたい。

 してしまいたいが、すれば王妃であるわたくしではなく、共催のローザマリアの名に傷がつく。



「母上、そうは仰いますが此の茶会は成年前のおままごとのようなものではないですか。

公務とは別物ですよね。」



 ヴェストの言葉に少女達は小さく息を飲んだ。


 確かに、公務とは違う。どちらかと言えばローザマリアの王妃教育の一環で、少女達にとっては成年後の社交の予行練習だ。


 その予行練習に将来の国王候補が愛人候補を連れてやって来たとあっては穏やかにいかない。



「殿下、公務ではないからといって、私的の場ではありません。

まだ成年前のご令嬢とは言え、数年後には立派な淑女になる方々です。

どうぞ、礼を以てご発言下さい。」



 ローザマリアは、粛々と苦言を呈する。


「ローザマリア、無礼な!」


 ヴェストはそれが気に入らず声を荒げた。



 最悪ね……コレが我が息子とは!


「王妃殿下……」



 横を見ると眉尻を下げたローザマリアが


「心の声が漏れております」


と、申し訳なさそうに伝えてくれた。


「あら、いけない!」


 扇で口許を隠して肩を竦めて見せる。


 そんな王妃の姿を見て、ローザマリアの強張った表情が僅かに和らぎ、プランディアも目元を緩めた。



 さて、ヴィノガデ王国には二人の王子がいる。

一人は目の前の第一王子、もう一人はプランディアの実子では無い第二王子。


 此の国には多くの慣例があり、先程の婚姻に関する内容には幾つか付随する決まりがある。


 プランディアに大きく関わるものとしては、まず子供に関するもの。

 国王、またはそれを継ぐ者は結婚後、三年以内に一人以上の子を設けること。

 次いで、五年以内に二人以上の子を設けること。

 どちらも成就出来ない場合は婚姻を解消する。または速やかに側室を設けること。

 その際の結婚後とは婚姻の儀を以って言われ、白い結婚の期間は含まれない。


 プランディアは久し振りの他国王族からの花嫁だった。

 夫である現国王は、当時十八歳の王太子時代に外遊でプランディアの国へ来て、まだ十三だった彼女を半ば拐うように国に連れ帰った。


 王妹だったプランディアは隣国との戦争の締結のため婚約をする寸前だったので仕方ないとは言え、バタバタと婚約、結婚してしまい、まだ子の産める身体でなかった彼女は先の婚姻の慣例に僅かに間に合わず、五年目に入る頃、漸く授かったのがヴェストだった。

 仕方ないとは言え、慣例に従い離縁か側妃を……となった。



 が、プランディアを連れ去って来るほどに溺愛していた王太子はどちらも拒み、慣例に反するが、実際結婚後3年近く白い結婚であったことも考慮された末、苦肉の策として王家に近しく二心を持たない未亡人に借り腹をし、ヴェストから半年遅れで産まれたのが第二王子だ。


 翌々年プランディアは第二子の姫君を授かったので、白い結婚の期間が無ければ……。

 と、王太子は嘆いたが、当のプランディアは人質の様な結婚をするはずだったので、それに比べれば旦那様のお情けを分け合うくらい、ちょっと腹立たしかったが我慢した。


 とは言え、この感じならば我慢した甲斐があったのかも知れない。

 流石にこの御目出度い息子とお花畑のお嬢さんに大事な国を任せる事は出来ない。 プランディアは王妃業にハマっていた。 一度ハマったことは、熱が多少冷めても無くなる訳じゃない。



 早々に陛下と相談をしなければならないだろう。


 幸い、第二王子とはなさぬ仲とは言え関係性は良好である。

 更に、ひた隠してはいるがローザマリアに想いを寄せている節がある。


 王位継承権は男子優勢だが、女にも権利があるので妹姫は国内で結婚させるとして、ヴェストはどうするか?

 我が祖国にでも婿入りさせる?



 幾つかの案を模索しながら、王妃の溜め息はバラの庭園に消えた。

 


  




  

 

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトル通りにただの溜息
[一言] 「あら、いやだ」じゃなく、王妃お前がはっきり言えよ。と、思いましたね。 ローザマリアにばかり言わせてましたねー。 王妃教育の一環かもしれませんが、権限のない立場の彼女が息子に酷いこと言われて…
[一言] これは続きが見たいです!! ものすご〜く!見たいです! 是非その後を!バカ息子に教育的指導を!
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