9話
「これとかいいんじゃないですかね、知らないけど。あ、でも中学生ってのを考えたらこっちのがいいかもしれないですね、知らないけど」
「・・・。菊野さん・・・。言葉の最後に知らないけどをつけて保険に走るのはやめてください・・・。」
アパートの皆で強制鍋パーティをした次の日、なぜか僕は菊野さんと大型ショッピングモールに来ていた。
本当にどうしてこうなったのか自分でもわからない。
「そりゃ昨日夢見時さんが私たちに相談してくれたからじゃないですか」
「人の心を読まないでください」
「読んでないですよ。夢見時さんの顔にそう書いてあっただけです」
相談。愛崎さんの中間テスト用のご褒美のプレゼント。
確かにそんな話はした。確かにしたが、あくまでも意見を聞きたかっただけで別に一緒に選んでくださいとは一言も言った覚えはない。
まぁ菊野さんは女性だし、僕よりかは女子中学生が何を貰ったら喜ぶのか知っているだろうし、一緒に買い物に来てくれるのはありがたいと思うけど。ありがた迷惑もいいところだった。
菊野さんは雑貨屋に入って文房具を物色している。
「文房具だったらよく使うし無難ですよね」
「そうですね」
プレゼントの第一候補は文房具らしい。確かに無難だ。菊野さんはこれなんかちょっと大人っぽくていいかも、と奥にある文房具を手に取った。
それは万年筆だった。
「万年筆ですか」
「はい、女子中学生なら多分使わないだろうけど、持ってても別にいいと思います。高校生になったら使うかもだし。私もちょうど中学生くらいの時におじいちゃんから貰ってうれしかった記憶ありますし」
渋い茶色の万年筆は他の文具とは違い、丁寧なクリアケースに入れられていた。デザインを見る限り確かに大人っぽいが、女子中学生の求めている大人っぽさとはかけ離れている気がする。
大人っぽいと言えば聞こえはいいが、言い方を変えれば地味である。
うーん、愛崎さん喜んでくれるかな。そもそも僕は彼女の趣味を知らない。プレゼントをするならもっとちゃんとそこら辺を調べれば良かった。
肝心なとこで抜けているのだ、僕は。
愛崎さんが授業中に使っている筆箱やシャーペンをいつも間近で見ているはずなのに、どんなデザインの物を使っていたのか思い出せない。
「優しいですよね、夢見時さん。バイト先の生徒さんのためにわざわざ休日を使ってまでプレゼントを選んであげるなんて」
「そんなことないと思いますけど」
「そんなことありますよ~。だって別にプレゼントしてあげる理由なんてないじゃないですか」
「不登校の子が頑張ってテストを受けに学校に行くんですから、並大抵の勇気じゃないですよ。頑張ったご褒美くらいあげないと。それに今後のモチベーションにも繋がるかもしれませんし」
「ふーん、なるほど」
菊野さんはカラーペンのコーナーを物色し始めた。
「私は正直愛崎さん?にプレゼントあげなくてもいいと思いますけどねぇ。変にプレゼントなんかあげちゃったら勘違いとかされそうだし」
「しないと思いますけど。普通に」
「いやいや。その顔でプレゼントなんかされたら勘違いしますよ。女子中学生なんて自意識過剰な生き物なんだから。クソ生意気だし。自分を世界の中心だと思ってる節とかありますしね」
菊野さんは女子中学生のことが嫌いなのだろうか。普段おどおどとしていて温厚な人がここまで嫌悪感を露わにするのは珍しい。というより普通に怖い。そう思うのなら何故僕についてきたのだろう。
菊野さんは試し書きが出来る紙に黄緑色のカラーペンで『自意識過剰』と書いていた。
書いてある言葉はともかく、字をすごく綺麗に書く人だった。絵が上手い人は字も上手いのだろうか。とはいっても、僕は一度足りとも菊野さんの描いた漫画を読んだことはないが。ちなみにこのペンも発色が良い。
「愛崎さんはどうして不登校なんですか?」
「言いたがらないので僕からは聞かないようにしています」
「そうなんですか」
菊野さんは興味なさそうにそれだけ言うと、カチッとペンにキャップを被せて、元の場所に戻した。どうやら次は黄緑色のペンの隣にあった赤色のペンを試し書きするようだ。
しかし今の文具というのはカラーペン一つとっても本当に種類がたくさんあるな。僕が中学生の時なんてあんまりなかったのに。いや。僕があまり頓着がなかっただけで、当時から種類は豊富だったのかもしれない。そういえばおしゃれな女子とか割とキラキラしたカラーペンとか持ってた気がする。それにしたって当時よりは明らかに種類が増えているはずだ。
「・・・・・・。本当に今のカラーペンて種類がいろいろあるんですね」
菊野さんは僕の顔をまじまじと見ると、ぱちくりと瞬きをした。それから、
「・・・。カラーペンだけにいろいろとって・・・。ふふふ、夢見時さんて面白いですね」
と言って、赤色のペンで六十一点と試し書きした。微妙な点数だった。