4話
「先生なんか疲れてない?」
「憑かれてんのかもね」
「え?」
「いや、なんでもない・・・」
大学での斉藤さんとのやり取りはかなり精神を疲弊させた。もとより同じゼミというだけの他人にあそこまで深く関わられるとは思いもしなかった。嵌められたとはいえ弱みを握られてしまっているので次に彼女に会うときが恐ろしかったもりする。
何より最近の派手な女子大生はああも簡単に異性に体を触らせるのか、僕は若干そのことが気になっていた。あんなにも貞操観念が薄くて大丈夫なのだろうか。余計なお世話かもしれないけれど。(そしてちゃっかりその感触に感動なんかもしてしまったわけだけれども)
斉藤さんは目的を果たす為なら手段を選ばない人なのかもしれない。
何はともあれ、斉藤さんは愛崎さんに会いたがっている。
愛崎さんからしたら全く関わりのない年上の大学生(しかも見るからに派手系で愛崎さんとは相性があきらかに悪そう)から何の脈絡もなく急に学校に行くように説得、もしくは何故学校に行かないのかを面白おかしく聞き出されても困るだけだろう。
いや、ていうか。斉藤さんは愛崎さんに会いたがっているが具体的にどうするんだろう。まずどこで会うんだ?そもそも嫁入り前の女子が自分の体をよく知りもしない男に触らせて脅してまで愛崎さんに会いたい理由ってなんなのだろうか。面白半分だったとしたら必死すぎだったし。
ともかく。愛崎さんに斉藤さんを紹介しなければ。
「愛崎さんさぁ・・・。友達欲しくない?」
「は?」
完全に話の振り方を間違えた気がする。人を紹介とかしたことがないのでこういうときってどういう風に話を振っていいかわからない。どうしたらいいんだ。
愛崎さんはいぶかし気に僕をじっと見つめるとどういうこと?と、首を傾げた。
「愛崎さんに会いたいって言ってる大学の女の子がいるんだけど。あ、でも別に全然嫌なら無理して会わなくてもいいんだよ」
むしろめんどくさいことになりそうなので会わないでくれると助かるんだけど。
「・・・・・・・・・まず。なんでそんな、私の話になったの」
だよね。斉藤さんの話をするとなると、まず、どうして愛崎さんの話になったのかの説明をしなければならないわけで。
「えっと・・・。話せば長くなるんだけど」
僕は一連の流れを愛崎さんに説明した。もちろん斉藤さんに弱みを握られていることは端折った。特に説明する必要性も感じないし、何より家庭教師の先生という威厳は保っていたかった。眼前の女子中学生に弱みを握られている時点で今更だけど。
愛崎さんはふーん、と、短くそれだけ言うと、持っていた可愛らしいシャーペンを器用に指でくるくると回し始めた。何かを考えるときにシャーペンを指で回すのは彼女の癖なのだと最近気づいた。
「・・・。本読んでまで私のこと考えてたんだ・・・」
「・・・え?ごめん、なんて?」
「なんでもない。。別に会ってあげてもいいよ」
それはすごく意外な答えだった。いや、聞き間違いかもしれない。念のため僕はもう一度聞いた。
「え、でもさ、斉藤さんは結構デリカシーない人だから愛崎さんのこと傷つけちゃうかもしれないよ?本当にいいの?後悔しない?」
「その言い方もどうなの・・・。ていうかどんな人なの・・・。別にいいよ。どうせ不登校児を冷やかしたいだけの人なんでしょ。上から善人ぶって学校になんで行かないのかとか、行きなさいとか散々いろんな人たちから言われてきたから別に今更どうってことないし。私もいつも話すのが両親と先生だけじゃ、ね。退屈だし」
「そっか・・・」
「ただしこんな締め切って暑苦しい部屋に呼ぶわけにもいかないから、その人と会うなら先生の家ね」
びしっと回していたシャーペンの先を僕に向ける愛崎さん。
「え」
「先生の家以外の場所ならその人と会わない」
とんでもない条件を突き付けられた。というかまず、生徒を自宅に呼んだらいろいろとまずい気がする。というか絶対まずいだろ。社会的に考えて。それにあまり人を自分の家に呼びたくないし。何より斉藤さんには気を遣うのに対して僕には気を遣わないってどういうことだ。
「外じゃダメなの?もしくはカラオケとか」
「嫌。あと、私とその人を二人きりにはしないこと」
僕は斉藤さんと愛崎さんを紹介し終えたら後は適当に二人きりにする予定だったのだが、たった今その予定は崩れた。
「・・・・・わかった」
「ん」
思っていたよりも面倒くさいことになってしまった。一応は了承してしまったものの、生徒の女子中学生と、同い年のあまり話したことのないよく知らない女子大生と僕。この三人で一体何を話すというのか。
そしてなぜ僕の家なんだ。そして僕はこの汚部屋に呼べて斉藤さんは呼ばないこの扱いの差は何なんだ。男女差別か?
「じゃ、そういうことで。斉藤さん?とやらにも伝えておいてね」
愛崎さんの長く伸びた前髪のせいで表情は見えなかったが、心なしか声がいつもより弾んでいるような気がした。よくよく考えたらもしかしなくともこれは脱不登校になるチャンスかもしれないし、案外愛崎さんにとってもいい傾向なのかもしない。面倒くさいことに変わりはないが、家庭教師としても生徒がずっと引きこもりなよりかは、やはり少しでも外に出てほしいという気持ちがないわけではないし。 僕は少しだけ斉藤さんに感謝をした。