22話
「先生この間は迷惑かけちゃってごめんなさい」
七月に入って最初の授業、愛崎さんの部屋に入るなり、視界に入ってきたのは深々とお辞儀をする愛崎さんだった。
なんというか、お風呂に入っていないため、油がまとわりついた長い黒髪は色が濃く、頭を下げているから顔も見えないし、まるでホラー映画の幽霊みたいだった。
いや、ドア開けた瞬間これはビビるって。
「この間って、僕の部屋に来た日のこと?」
「うん、気絶した私を家まで運んでくれたってママから聞いた。ご迷惑おかけして本当にすみませんでした」
愛崎さんは土下座した。
「いや‼︎いやいやいやいや‼︎‼︎全然迷惑じゃなかったから!むしろ斉藤さんに会わせた僕が悪いんだし!」
僕は愛崎さんの肩を掴んで立たせようとする。
さすがに中学生に土下座をさせる大学生は社会的に死ぬ気がした。
というか、あんまりそういうの気にしなさそうというか、絶対に他人に謝るタイプとは思ってなかったので少しだけ意外だった。
僕はそのまま愛崎さんをいつもの玉座、もとい学習机の椅子に座らせた。若干うなだれている。
長い前髪のせいで合わないことはわかりきっているが、僕は視線を椅子に座っている彼女に合わせる。
「大丈夫だよ、そんな気にしなくて」
「や、でもせっかく私のために色々用意してくれてたのに台無しにしちゃったし…。いや、そんなことはどうでもよくて」
どうでもいいらしかった。
「あの、私を運んでくれたって聞いたんだけど、私重くなかった…?」
「え?」
「………………」
「………………」
どうやら自分の体重のことが気がかりだったらしい。
「なんか、愛崎さんも普通の女の子なんだね」
「は?!当たり前でしょ馬鹿じゃないの‼︎‼︎で⁈重かったの、重くなかったの?!?!どっちなわけ‼︎」
「ちょ、いたっ、‼︎‼︎いたたた…っ‼︎‼︎愛崎さん、ストップ、ストップ…っ‼︎‼︎」
急に謎にキレだした愛崎さんは、僕の髪を乱暴に掴み、引っ張った。座っている愛崎さんと視線を合わせるために、床に膝立ちしていたので、髪を思い切り引っ張っられた反動で前のめりになる。てか、力強。
「軽かったから…‼︎軽かったから…っ‼︎‼︎」
ぴたりと僕の髪を引っ張っていた手がとまった。
実際に愛崎さんは軽かったし、万が一体重が重かったとしても、彼女の逆ギレを止めるためには『軽かった』と言うしかないだろう。
「……本当に?」
「本当に」
彼女はそれだけ確認すると、ふんっ、と言って、僕の髪を掴んだまま後ろへ突き放した。その反動で僕は床に尻餅をついた。一体なんなんだ。
「なら別にいいけど。まぁ先生に迷惑をかけたことは事実だし改めて謝っとくけど」
「それはどーも」
愛崎さんはくるくると椅子を回転させて、怪訝そうに、「それにしても…」と小さい声で呟く。
「なんで私気絶したんだろう?熱中症?」
愛崎さんは斉藤さんの虫料理を食べたことをショックのあまり忘れていた。
知らぬが仏だ。金輪際、斉藤さんには手料理を控えてもらおう。
僕は話題を変えることにした。
「ところで愛崎さん、君に紹介したい人がいるんだけど」
「え?また?」
愛崎さんは回転させていた椅子を止めて、僕の方へ向き直る。
わざとらしく、その場で僕はコホンと、咳払いを一つした。
「そろそろ同い年の友達ほしくない?」
相変わらず僕は人を紹介するのが下手だった。




