20話
「どうぞ」
僕はヒナちゃんをいったん家に入れることにした。一体いつから僕の家の前にいたのだろうか、ヒナちゃんは少しだけ熱中症気味になっていた。
氷を入れた麦茶をヒナちゃんの前に置く。ちゃぶ台に慣れていないのか、他人の家のお茶を飲むことに抵抗があるのか、はたまた男しかいないこの状況に緊張しているのか青白い顔をしながら妙に落ちつきなくそわそわしていた。
「体調大丈夫?ごめんねこの馬鹿が」
「馬鹿とはひどいね!ついうっかり来客の存在を忘れてしまっただけなのに!」
「大馬鹿じゃねぇか」
てかなんでお前も当たり前のように僕の部屋にいるんだよ。
桜さんはせめてものお詫びのつもりなのか、うちわでヒナちゃんを仰いでいる。
「けど、君も君でやたらめったら一人暮らしの男の部屋に入るもんじゃないよ。男はみんな狼だからね!襲われても知らないよ〜?」
一応ヒナちゃんの緊張を解こうとしているのか、注意を混ぜながらも桜さんはヒナちゃんに柔らかく微笑みかける。
「襲わないよ。中学生だしこの子斎藤さんの妹だし」
「え?!」
桜さんは前のめりになり、ヒナちゃんの顔をまじまじと観察するかのように凝視した。
「近い」
「あだっ‼︎」
僕は桜さんを引き剥がす。初対面で失礼すぎるだろ。ようやく緊張が解けたのか、ヒナちゃんは姿勢を正してやっと口を開いた。
「あ、名乗り遅れました。私斉藤ヒナです。飛鳥の妹の」
「ううん、やっぱり全然お姉さんと似てないねぇー。あ、もしかして血繋がってないとか?」
頭にゲンコツを落とした。
「痛い‼︎‼︎夢見時くんのDV男‼︎僕にゲンコツなんてこの無礼者‼︎」
「無礼者はお前だ。初対面で失礼すぎるだろ。いい加減デリカシーを持て」
桜さんは両手で頭をさすって頬をぷくっと膨らませて僕を睨む。当たり前だが成人男性がそんなことをしても可愛くない。シカトした。
「で、ヒナちゃん今日はどうしたの。というかよく僕の家がわかったね」
「あ、それはお姉ちゃんから聞いて」
ヒナちゃんは視線を所在なく彷徨わせたあと、お茶を一気に勢いよく飲み干した。その姿はまるで仕事終わりの中年男性がビールを一気に飲み干す姿と重なる。やはりこの子は斉藤さんの妹だ。
手の甲で口元を拭い、それからヒナちゃんは続けた。
「あの!この前は初対面なのにとんだ失礼をしてしまってすみませんでした!」
中学生に三つ指ついて頭をさげられた。
「ちょ、ヒナちゃん大丈夫だからとりあえず頭あげて」
「私あのあと頭を冷やして考えたんです。つい初対面の人に感情的になって失礼な態度をとってしまったけれど、夢見時さんの愛崎さんを助けたいって気持ちは伝わりましたし、あの後お姉ちゃんにも怒られました。この前は本当にごめんなさい!」
「大丈夫だよ。気にしてないし、僕も初対面で失礼だったしごめんね」
「え、なになに?なんかあったの二人とも。めっちゃ気になるんですけど」
桜さんをシカトして僕は続ける。
「今日は謝罪のために来てくれたの?暑い中来てくれてありがとうね」
「あ、実はそれもそうなんですけど…。実はお願いがあって…」
「お願い?」
ヒナちゃんは僕の目を真っ直ぐに見つめる。
「私に愛崎さんを紹介してくれませんか?」
その顔はやはり斉藤さんに似ていなかった。




