19話
「何ですか、これ」
「見たらわかるでしょ!お祭りだよ!お、ま、つ、り‼︎」
6月の最終日、嫌味すぎるくらいに整った顔立ちの管理人が僕の部屋に、玄関のドアをぶち壊さん限りの勢いでにこにこと気持ちの悪い満面の笑みで入ってきた。
もちろん合鍵を使って。
「…、桜さん、言いたいことは山のようにあるんですけど、まず、毎度毎度勝手に合鍵作って不法侵入するのやめてもらえません?」
「できない相談だねっ‼︎」
言いきりやがった…。しかも間髪入れずに。
僕はこの自由人のやることなすことに、なかば諦めの気持ちを持っているのだが、それでも腹が立つものは腹が立つのだ。
「うん?夢見時くん?どうし、ぶぐぁっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
イケメンの顔面は思いの外、殴りやすい柔らかさだった。
「何その怖いモノローグ?!?!」
「メタ発言はやめてください」
桜さんは『親にもぶたれたことないんだからね!』、と言いながら、咳払いを一つして、それから僕に殴られた左頬を押さえた。
「来月、そこの蛙公園で夏祭りやるでしょ?良かったらどうかなーって。みんなで」
「はぁ、みんなって誰です」
「僕と夢見時くんと斉藤ちゃんと愛ちゃんに決まってるじゃーん!」
「却下」
「なんでなんでなんでなんでー?!」
桜さんは駄々っ子のように地団駄をものすごいスピードで踏んだ。なんというか、今地震速報が流れたら、十中八九こいつの仕業だ。
「ちょ、桜さん、落ちついて」
「やだやだやだやだー‼︎‼︎みんなで行きたいー‼︎‼︎花火ー‼︎‼︎りんご飴ー‼︎‼︎人妻の浴衣ー‼︎‼︎」
「煩悩がすげぇな…。いや、真面目な話、愛崎さん今年受験生ですしそんな暇ないですって。てかその日授業入れてますし」
「何時終わり?」
「8時ですけど…」
「8時かぁ…うーん、微妙だなぁ」
「いやだから行きませんて」
僕はため息を一つ、深く吐いた。
考えることは山のようにあるし、問題は波のように押し寄せてくるのに何一つ片付いていない状況に辟易しているのだ。
そんななか、さらにこの自由人の思いつきでイベントを増やされたらたまったもんじゃない。
「夢見時くん、なんか疲れてる?目の隈すごいよ?」
「まぁそんなとこです」
「それはいけないね‼︎そんなあなたにほい美少女‼︎おいで‼︎」
「は?」
桜さんが玄関の外に向かって目配せをしながら誰かを呼んだ。
いや、ていうかちょっと待て。
「え?誰か来てるんですか?」
「へ?そだよ。名前知らないけど。夢見時くんの部屋の前でもじもじしてたから声かけたの忘れてた」
「それを先に早く言えー‼︎‼︎‼︎」
こいつ、いつもはやたら部屋にずかずか上がってくるくせに今日はずっと玄関から動かないと思ったら‼︎誰か連れてきてたのかよ‼︎
「誰?愛崎さん?」
桜さんを押しのけて玄関から顔を出して来客を確認した。
「え、ヒナちゃん…?」
そこには中学生にしては大人びた鞄を肩にかけ、ぎゅっと力強く握って固まっているヒナちゃんがいた。




