17話
「は?菊野さん?てかなんでここにいるの」
「たまたまお二人を見かけて。私スーパーに寄った帰りだったんですよ」
ほら、と言って菊野さんは右手に掲げているエコバックを見せる。
バックからはネギがはみ出していた。
「いや、そんなことはどうでもいいんだよ。それよりだめって何。何で菊野さんそんなこと言うの、てか菊野さんは愛ちゃんに会ったことないでしょ、僕が夢見時くんと何の話をして、誰の話をしてるかわかってる?」
「落ちついてください桜さん。愛崎 愛さんのお話ですよね?」
菊野さんは愛崎さんに会ったことがない。名前も、以前一度だけ教えただけだ。にも関わらず、彼女はまるで愛崎さんを古くから知っている間柄のように語り始める。
「愛崎さんは潔癖症なんですよ」
「潔癖症…?」
「ご存知ないですか?個人差はあれど、重度の潔癖症の方は汚れるのが嫌で、汚いものや不潔なものに触れなくなっちゃうんですよ。愛崎さんの場合は極端ですけどね。浴槽が、部屋に散らばるゴミが、食事が、自分を取り巻く環境が不潔に見えて仕方ないんですよ」
「………菊野さん、それ何の話ですか」
「愛崎さんの話ですよ」
愛崎さんが潔癖症?そんな事、本人からは聞いたことがない。
いや、それより。そんなことよりも。
「知り合いなんですか?」
「いえ、彼女のことを一方的に知っているだけです」
「菊野さんそれ本当のことなの?いや、それより潔癖症について詳しくないからわかんないんだけど、普通潔癖症の人って綺麗なものが好きなんじゃないの?愛崎さんのあれは間違いなく清潔からかけ離れてるよ?」
「当事者ではないから何も言えませんが中にはそういう人もいるってことです。だから、虐待されてるわけではないので安心してください」
菊野さんは、ね?と、ニッコリ笑った。
「そもそも菊野さん、一方的に愛崎さんを知ってるってどこで知ったんですか」
「姪が同じ中学なんですよ。それで少し。名前を聞いたときピンときたんですけど、私が一方的に少し知ってるだけだし、知らないフリした方がいいかなぁって」
「なあぁぁあぁぁあんだ‼︎びっくりしたぁ‼︎もー、僕、本当に一瞬虐待かと思ったんだからね!でもまさか知り合いの知り合いがいるとはねー、世間てせまいね」
桜さんは膝から崩れ、脱力し、安堵のため息を盛大に吐いた。
この様子から彼が本気で児童虐待の心配をしていたかが窺える。
「まぁでも、病気なことには変わりないし、本人は辛いよね。日常生活に支障きたしてそうだし。それにあんな風貌で友達なんて作れるわけもないだろうしね。ねぇ、夢見時くん。良かったらまた愛ちゃんに遊びにおいでよって言っておいてよ」
「桜さんて子供には優しいですよね」
「僕は純粋で邪気がないものが好きなだけなの‼︎」
桜さんはぷくっと両頬を膨らませ、子供のように抗議する。いくつだあんた。
「いくつだあんた」
やべぇ、口に出てた。
「なにそれひっどーいっ‼︎‼︎‼︎こう見えても僕は夢見時くんより歳上だぞ!しかも夢見時くんよりイケメンだし‼︎夢見時くんより金持ってるしっ‼︎‼︎」
「うるせぇよ。歳上ならもっとそれらしくしろ」
「何だよばーかばーか‼︎夢見時くんはもっと人間らしくしろーっ‼︎」
意味のわからない悪態を吐きながら桜さんはアパートの方へ走り出してしまった。
この調子だと自販機に行くのは諦めたらしい。どうせ後で僕に灰皿がわりに使っていたジュース缶を押し付けるんだろう。
「××××××××××××××××」
「え?」
背後で菊野さんが何か呟いたような気がして菊野さんを振り返る。
「?どうしました?」
どうやら空耳だったらしい。菊野さんは、さ!私たちも帰りましょう!と言いながらナチュラルに僕にエコバックを押し付けるのだった。




