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残響に耳を塞いで  作者: もちもちのき
14/22

14話

「別にうちに来るのはいいんだけど、いったいどういう風の吹き回しなの?時久」

 「妹さんに会ってみたくて」

 嘘じゃないし。

 結局僕は斉藤さんを送るついでに斉藤さんの家に上がることになった。

 斉藤さんの妹とコンタクトが取れれば、愛崎さんについて、いろいろと話せるかもしれないと思ったからだ。

 彼女が設けたルールの中に『勝手に私のクラスメイトや両親や先生に不登校になった理由を聞かないこと』というのがあったが、みすみすこんなチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 要はバレなければいいのだ。

 家庭教師のバイト先には他にも中学生の生徒がいるが、運悪く、愛崎さんと同じ中学の子がいなかったので半ば諦めていたが、まさかこんなに身近に愛崎さんを知っているかもしれない中学生がいるとは。

 「ここだよ」

 斉藤さんに案内された家は、愛崎さんの家と同じくらいに立派な一軒家だった。

 この家の大きさを見るに実はいいとこのお嬢様なのかもしれない。

 「上がって」

 通された玄関は広く、大理石で作られてあった。玄関に設置された鏡は磨かれた後のように、汚れ一つなく、手入れが行き届いている。

 「私お茶入れてくるね、部屋は階段上がったらあるから」

 斉藤さんに言われるがまま、僕はこの無駄に広く、長い階段を、一段一段上がっていく。絨毯が敷き詰められた階段は、まるで僕のボロアパートとはケタ違いだった。というか、他人の家で絨毯が敷き詰められている階段なんて初めて見た。

同じ階段でもこうも違うのか・・・。桜さん・・・。せめて階段だけでも修繕してくれないかな。まぁ桜さんに期待しても無駄だろうけど。

 僕は階段を上がりきったところで手前の部屋のドアを握った。

 ただのドアノブも心なしかすごく高級なドアノブに思えてくる。階段だけであそこまで立派だったのだから、一体私室はどれくらいすごいのだろうか。もしかして天蓋付きベッドとかあったりするのだろうか。

 僕は謎に緊張しながら斉藤さんの部屋へと足を踏み入れた。

 「え?」

 「え?」

 瞬間、僕は目を見開いた。

 そこには着替え途中の女の子がいた。

 おかっぱの髪形に、きりっとしたツリ目、頭には清楚さをイメージさせる白色のカチューシャ。そろえているのか、たまたまなのか、白のレースの下着。小柄なその女の子は。

 「あ、斉藤さんの妹か」

 「きゃあああああああああああああ!」

 ガチャンと階下で何かが割れる音がしたと思ったら、次いで、どどどどと、ものすごいスピードで階段を獣か何かが駆け上がるような音が聞こえた。

 「時久ぁ!」

勢いよく盛大な音を立てて部屋に入ってきたのは、獣ではなく、斉藤さんだった。

 右手には包丁を持っている。

 「あんた!うちの妹に何してんのよ!?」

 「何って何もしてないけど」

 「そんなわけないだろうが~!」

 ぶんぶんと胸元を掴まれて揺らされる。あまりの衝撃に吐きそうになる。てか、包丁近っ!

 「いくら時久でもヒナだけは許さないから!」

 「ちょ、お姉ちゃん!大丈夫だから!私は大丈夫だから!とりあえずその人のこと放してあげて!」

 ね!?と言って、斉藤さんにヒナと呼ばれた小柄な女の子は僕と斉藤さんを引きはがすと、急いで傍らに置いてあったワンピースに袖を通した。

 「これは一体どういうことなの時久!なんであんたが妹の部屋にいるの!?」

 「斉藤さんが部屋は階段上がったらあるっていうから」

 「私の部屋は奥の部屋!そんくらい察知しなさいよ!」

 「えぇ・・・」

 無茶を言うな。

 いや、とにかく。

 「えっと、ヒナちゃん?ごめんね、確認もせずに着替え中に入っちゃって」

 僕は誠心誠意謝罪した。

 「いや、あの、はい・・・。私は大丈夫なんで・・・」

 ヒナちゃんは気まずそうに僕から目を背けた。今日の目的である彼女とまさかこんな最悪な形で出会ってしまうとは。なかなかについていなかった。いや、まぁ僕の自業自得なんだけど。しかしどうしたものか、この後彼女について愛崎さんのことでいろいろと聞いてみたいことがあったのだが聞きにくくなってしまった。

 「まさか私の妹に会いたいってそういう意味だったわけ!?時久!答えなさいよ!」

 「え?どういうこと?」

 斉藤さんが発した一言にヒナちゃんが疑問符を浮かべる。

 きょとんとした顔は、姉には全然似ていなかった。

 「その人お姉ちゃんの彼氏じゃないの?私に会いたいってどういうこと?」

 今しがた着替え中の部屋に入られたためか、不信感たっぷりの眼差しでこちらを見つめるヒナちゃん。その瞳にはまじまじと『こんな変態が私に何の用?』と書いてある。ファーストインパクトが最悪だったためだけに、ここから印象をあげなくては。そして斉藤さんの彼氏だと思われていることも誤解を解かねば。

 「えっと、まずは・・・。こんな最悪な形であいさつすることになっちゃってごめんね。僕は夢見時時久。斉藤さんと同じ大学の同級生。今日は君に聞きたいことが会って斉藤さんの家にお邪魔したんだ」

 「はぁ・・・」

 不信感のこもった眼差しがさっきよりも強くなってしまった。どうしたものか。

 「とりあえず立ち話もなんでしょ。ヒナ、一階で三人分のお茶とお菓子用意してきて。私ミニテーブル出すから。時久があんたに聞きたい事あるんだってさ」

 「わ、わかった」

 ヒナちゃんは頭にたくさんの疑問符を浮かべながら部屋を出て行った。

 足音が遠ざかったのを確認すると斉藤さんは、ベッド横のクローゼットを開け、そこからミニテーブルを取り出した。

 「そりゃ部屋の位置を言わなかった私も悪いから、今回のことは多めに見てあげるけど次はないからね。可愛いヒナの着替えを見ていいのは世界中で私だけなんだから!」

 斉藤さんはギロリと、僕を一睨みすると、ミニテーブルをカーペットの上に設置した。

 「斉藤さんてシスコンだったんだ」

 「は?誰がシスコンよ、あんな生意気な妹」

 いや。いやいやいや。無自覚かよ。

 逆に何故自分がシスコンじゃないと思ってんだよ。

 「で?ヒナに聞きたい事ってなんなの?愛ちゃんのこと?」

 「うん、同じ学校なら愛崎さんのことなんか知ってるかなって。少しでも愛崎さんのこと知りたいし」

 「でも今日の今日でヒナに聞くこと?なんか時久必死すぎじゃない?」

 「そんなことはないよ」

 「ま、なんでもいいけどさ」

 ヒナちゃんが愛崎さんのことを知っているかどうかは分からないが、同じ学校ならば手がかりくらいはつかめるはずだ。

 お茶の用意が出来たのか、ガチャリとドアが開く。

 お盆にアイスティとおいしそうなクッキーを乗せ、ヒナちゃんが戻ってきた。

 どうぞと言うと、僕の正面に座った。

 「えと、斉藤ヒナです。今日は私に聞きたいことがあるん・・・ですか・・・?」

 不信感たっぷりの眼差しでこちらを見る顔は、やはり姉には似ていない。

 「あ、うん。えと、さっきは本当に驚かせてごめんね。改めて、僕は夢見時時久。よろしくね。実は君が通っている学校の生徒で、僕の家庭教師の生徒がいるんだ。愛崎愛さんていう女の子なんだけど、知らないかな?」

 「愛崎・・・?」

 「不登校の子なんだけど。君と同じ学年で成績がトップの子」

 「う~ん、私はちょっとわかんないです。同じクラスにもなったことないし。で、その子がどうかしたんですか?」

 「その子を学校に行かせたいのよ」

 横から斉藤さんが口を挟む。

 ぼりぼりとクッキーを下品に食べ終わると、アイスティをぷはっと、ビールよろしく一気に飲み干すと、グラスを勢いよくミニテーブルに置いた。

 「愛ちゃんを学校に行かせたいの」

 斉藤さんは唇を手の甲でぬぐいながら、もう一度言った。

 「なんで?お姉ちゃんその子のこと知ってるの?」

 「今日友達になったのよ」

 「は?意味わかんないんだけど・・・。なんでその子のこと学校に行かせたいの?」

 「学校に、行くか行かないだけで今後の人生の選択しが変わって来るからよ」

 「何それ、意味わかんないんだけど。大体なんでその子不登校なのよ」

 「それを教えてくれないから、同じ学校のあんたなら何か知ってるんじゃないかって思って、時久はそれを聞きにきたのよ」

 ね?と言って、僕の方を見る斉藤さん。

 「ヒナちゃん。愛崎さんと同じ学校なら愛崎さんがどうして不登校になったのか調べてほしいんだ。愛崎さんはどこの高校にでも行けるくらい頭がいいし、この先の彼女の可能性をつぶしたくないんだ。受験生にとっての一年というのは本当にすごく大切な時間なんだ。出席日数や内申点だって今後の人生に関わってくるとても重要なものになるんだ。まだ六月だし今からでも教室に行ってちゃんと」

 「お断りします」

 僕の言葉はヒナちゃんによって遮られてしまった。

 「まず、どうして私がその子のためにあなたの言うところの大切な時間を使ってまでそんなことしなくちゃいけないんですか?それに私はその子の友達でもなんでもないし。それに、本人が不登校になった理由を言わないからそれを同じ学校に通ってる私に調べてほしい、なんてかなり強引じゃないですか?まずは私よりも本人に聞くのが普通だと思いますけど。それで教えてくれないなら余程踏み込まれたくない理由なんでしょうに、あなたの勝手な彼女に対する未来の価値観で余計なことされても迷惑だと思いますけど」

 ヒナちゃんの言うことは最もだった。

 いきなりこんなことを言われても迷惑だということは分かっていた。

 所詮僕は、僕のために愛崎さんがどうして不登校になったのかの理由を知りたいだけだ。

 愛崎さんとのルールを破ってまで知られたくない秘密を守るためにこんな無関係の女子中学生を巻き込んでしまっている。

 愛崎さんの未来について語ってはいたが、あんなのただの都合の良い言い訳にしか過ぎない。僕は愛崎さんがどうして不登校になったのか、その理由だけ知れればあとはどうでもいいのだから。

 「確かに本当にいい迷惑だと思う。だけど、愛崎さんがもしいじめとか人間関係で悩んでいるなら力になってあげたいし、あと一年、もう二度と訪れることのない貴重な中学校生活を楽しんでほしいんだ。だからお願いします」

 僕は頭を下げた。

 これは決して愛崎さんのためじゃない。秘密をバラされたくない、愛崎さんとのゲームに勝つための、自分のために下げた頭だった。

 「ヒナ、時久もこう言ってるんだし、協力してあげなよ」

 ヒナちゃんはもとよりきつく見えるツリ目をさらに吊り上げて、冷たい視線で僕をじっと見つめる。

 「思い出作りとか受験のためとか言ってるけど、それって全部あなたの都合ですよね?大体学校に行きたくない人間に何を言っても無駄だと思いますけど。学校に行け行け言う大人がいてその愛崎さんもすごく気の毒です。学校に行かないのがそんなに悪いことなんですか?本人が学校に行って後悔するかしないかなんて当人にしかわからないのに。そもそも学校に行ったとして愛崎さんが傷ついたらその責任はあなたが取れるの?自分を守るためにその子は学校に行かないという選択をしてるだけじゃないの?」

 「子供には分からないことだってあんのよ。ヒナにはまだ分からないかもしれないけど、本当に受験だけで今後の人生を左右することだってあるの、だから」

 「だから?てかそれ自分の経験談でしょ?」

 ヒナちゃんのその言葉を聞いた瞬間、斉藤さんは頭に血が上ったように、顔を赤くし、ミニテーブルに拳を叩きつけた。

 「ヒナ!!!大人をからかうのも大概にしなさいよ!!!」

 「大人なんかにはわかんないわよ!!!」

 ヒナちゃんはそれだけ言うと、部屋から出て行ってしまった。

 静まり返った部屋は急激に温度が低くなった気がした。

 斉藤さんは頭をかきむしると、盛大にため息を吐いた。

 「あ~~~~!!もう、本当ごめんね、うちの馬鹿が。空気悪くなっちゃったし!結局愛ちゃんの不登校の原因については調べてくれないみたいだし」

 「いや、僕もいきなり迷惑なこと言ったし、それにダメ元だったから。ヒナちゃん大丈夫かな」


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