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残響に耳を塞いで  作者: もちもちのき
13/22

13話

「じゃ、さてと。僕はそろそろお暇するよ」

  青ざめたままの桜さんが逃げるように重い腰をあげた。

 「え?もう行っちゃうの?もっとゆっくりしていけばいいのに」

斉藤さんが留める。この部屋僕の家なんだが。

 「あのねぇ、子供とは違って大人にはやることがいろいろとあるんだよ。お子様たちにはずっと付き合ってられないの」

 「何よ、暇人そうなくせに。あ、じゃあせっかくだから私の作った料理タッパーに入れて持って帰ってよ。三人だけじゃこんな食べきれないし」

 「ごめん急ぐから僕はこれで」

 桜さんは振り向きもせずに颯爽と家から出て行った。あの野郎。料理を押し付けて帰りやがった。

 この残ったゲテモノ料理をどうしろと・・・?

 「行っちゃったよ」

 「ちょうどいいんじゃないの。変人がいなくなったところで誰も困らないし。愛崎さんと交流を深めるんでしょ」

 「それもそうか」

 すんなりと斉藤さんは桜さんを変人扱いすると、さて、と言って、わざとらしく手のひらを叩くとその場を仕切り直そうとした。

 「よし!じゃあ早速だけど・・・て!!!!あれ?!愛ちゃん気絶してる?!なんで?!」

 改めて親睦会を仕切り直そうとはしたものの、親睦を深めたい相手が気絶していた。

 全て斉藤さんのせいだった。

 「え?!本当なんで急に気絶してるの?!え、え、どうしよう?!とりあえず本人の前じゃ言いにくかったけど、この子来た当初から臭かったから意識失ってるし今のうちに風呂入れる?!」

 「やめろ殺す気か」

 二重の意味でやめてやれ。失礼すぎる。というか、意識失っている相手にすることがまず風呂にいれることって。

 しかしデリカシーがないこの派手な女子大生にしては本人を前にして意識があるときに言わなかっただけえらい。通常当たり前のことだが斉藤なのでそこは褒めてあげよう。褒めるハードルが低すぎる気もするがそこは斉藤さんなので仕方ない。

 うーん、けど困ったな。まさか愛崎さんが昆虫食を食べながら気絶するとは。僕はとりあえず布団に寝かすことにした。

 「斉藤さん、悪いんだけど布団敷いてもらえる?」

 「え?!まさか時久、そんな、気絶してる女子中学生の前でエッチなことしようってわけ?!」

 「ちげぇ」

 どんだけ頭お花畑なんだ。僕は今日初めて斉藤さんに殺意を抱いた。斉藤さんは抱けないが殺意は抱けた。

 ふざけてないで早く、と促すと面白くなさそうに、斉藤さんは押し入れから布団を取り出すと素直に敷き始めてくれた。

 僕は気絶している愛崎さんを横抱きにして、布団の上に寝転がせてやった。

 正直言って、不潔な彼女を布団に寝かせたくはなかったが、ことがことなだけに仕方がない。

 愛崎さんが目覚めるまで隣の部屋に寝かすことにした。狭いが一応このアパートは二部屋あるのだ。こういう時に部屋が二つあってよかったと思う。物置として使うよりも部屋だってちゃんと部屋として使われた方が嬉しいだろうし。

 僕は静かに襖を閉めた。

 「ちぇー、せっかくこれからが本番だったのに。てか、なんで食事しながら気絶したんだろ、愛ちゃん。え、てか、」気絶したときって、救急車呼ばなくても大丈夫なのかな、大丈夫だよね?!死なないよね?!」

 「今更過ぎない?それに大丈夫だと思うよ。多分慣れない日中の外出の疲れもあるだろうし、救急車なんて目立つもの呼んだら後で本人に殺されそうだし。愛崎さん、目立つの嫌いだし」

 の、割には目立ちすぎる格好をしているが。

 「そっか、そうよね」

 斉藤さんはほっと胸をなでおろした。

 本当は君の手料理を食べて卒倒したんだよ、と言いたかったが、さすがに言えるわけないのでその言葉は唾液と共に呑み込んだ。

 愛崎さんが気を張って疲れていたのは本当のことだし、嘘は言っていない。

 斉藤さんは食事する手を止めることなく、それにしてもさぁ、と続けた。

 「桜さん?あのひとめっちゃ変わってるね。顔もくっそイケメンだしさ」

 「顔は確かに整っていると思うよ」

 「あ!でもでも私にっとては時久が一番だからね!」

 「何のアピールなの・・・」

 時久大好きアピールです!と、斉藤さんはチキンにかぶりつきながら言い放った。勇ましい。

 「そういえば愛ちゃんてテストどうだったの?結局学校に行って受けたの?」

 「そうみたいだよ。あの子は頭がいいから点数の心配はしてない」

 「ほー、さすが先生だねぇ。うちの妹も頭いいんだけど、理系が苦手だからね、良かったら時久教えてあげてよ」

 「別にいいけど・・・」

 「けど?」

 うーん、斉藤さんの妹かぁ。姉に似ていなければいいけど。

 「愛ちゃんと同じ歳だし。授業の範囲多分一緒だしさ!あれ、そういや愛ちゃんて私立の中学?学校どこだっけ」

 「愛崎さんは公立の中学だよ。確か星崎第二中学」

 「え!うちの妹と一緒じゃん!えー、じゃあもしかしたら知ってるかな?」

 「さぁ・・・」

 斉藤さんの妹も愛崎さんと同じ中学だったのか。同じ中学に同じ学年。もしかしたらお互い知ってたりして。

 だとしたら僕が斉藤さんの妹の家庭教師になれば愛崎さんがどうして不登校になったのか知ることが出来る手掛かりになるかもしれない。

 とにかくこのことを隣の部屋にいる愛崎さんに知られたらルール違反になり、僕が彼女に握られている秘密が露呈してしまうかもしれないので、その話はあとでlineでしよう。

 「斉藤さんの妹ってどんな感じの子なの?似てる?」

 「んー、あんま似てないかな。なんかツンツンしてる。私よりしっかりしてるし。前にも話したと思うけど、親友の子が自殺してからよくわかんなくなっちゃった。学校に行ってんのか行ってないのかもわかんないし。一人でなんかこそこそやってんのよね。多分、親友がどうして自殺しちゃったのか今も原因を探ってるっぽい。私としてはもう受験生なんだからちゃんと進路のことも考えてほしいんだけどねぇ。親友のことは大事だと思うんだけど、やっぱり生きているからには未来のことも考えなきゃなわけだし。こんなこと言うと冷たいやつだと思われるかもだけど、いつまでも死者に囚われていたって何の意味もないんだからさ」

 斉藤さんは傍らにあったお茶をコップに注ぐと、一気に飲み干した。相変わらず飲みものをビールのように飲み干す子だな。

 「冷たいかな、私」

斉藤さんはコップをぎゅっと握り、空っぽになったコップの中を見つめる。

 「普通だと思うよ。妹さんの気持ちは分からなくはないけど、やっぱり生者なんだからこの先のことも考えて生きていかなきゃいけないわけだし」

 「そう、そうだよね」

 斉藤さんは、暗い話はやめやめ!と言うと、せっかく時久の家に来たんだし、エロ本でも探しますかぁ!と言って僕の部屋を物色して回った。僕は金輪際この女を家に呼ばないと誓った。



 

 


 

 


  「本当に今日はどうもありがとうございました先生。愛が自分からどこかに出かけるなんて久しくなかったものですから・・・」

 「いえ、こちらこそ遅くまで連れまわしてしまいすみません」

 結局、斉藤さんの手料理の昆虫食を食べてからずっと目を覚まさない愛崎さんを、僕は斉藤さんと自宅まで送り届けた。

 愛崎さんの母親は、娘が何故僕におぶられているのかを、どうやら遊び疲れて眠ってしまったのだと思い込んでいるらしかった。

 本当は昆虫食が原因で気絶しているだけなのだが、僕は黙っておくことにした。

 「本当に・・・。もしよければこれからもこの子と遊んでやってください。いつも家にこもってばっかじゃ体にも良くないですから」

 愛崎さんの母親はそう言うと、愛崎さんを横に姫抱きし、家の中へと入っていった。

 母親は愛崎さん同様、(とはいっても彼女の場合は長すぎる前髪のせいなのだが)あまり感情が表に出ないタイプなので、いまいち感情が読み取れない。けれど、今の言葉の端からは確かに愛情を感じることができた。

 「大事にされてるんだな」

 あまり娘との関係が上手くいっていないとばかり思っていたので、少しだけ安堵した。

 「じゃ、斉藤さん僕たちも帰ろう」

 後ろにいる斉藤さんを振り返って、来た道を戻る。

 一応まだ十八時で明るいとはいえ、女子一人を家に帰すわけにはいかないので、僕は面倒臭くも彼女を送っていくことにした。本当は送りたくなかったが、僕と別れてから事故とかに遭われても困るし。

 「やっぱり今日来て良かった!時久には手料理振る舞えたし、帰り道は一緒に帰れるし、送ってくれるし!」

 「もしかして僕と交流を深めたいからって理由で愛崎さんを利用してるとかじゃないよね?」

 「そんなことしてないってば!ま、ちょっとは思わないこともないけど、そこはちゃんとしてるから!」

 何がちゃんとしているのかは全く分からなかったが、斉藤さんの機嫌が良さそうだったので僕は黙っておくことにした。

 「にしてもさ、あの人が愛崎さんの母親?なんだよね?なーんか、愛ちゃんに似て陰気な感じだったね。てか、あの人愛ちゃんのこと本当に好きなのかな」

 「どうして?」

 「だってさ、愛ちゃんママ、一回も愛ちゃんのこと見てなかったよ?それに、んー、これは本当にものすごく個人的な意見なんだけど、娘を抱っこするときって普通、正面か、おんぶのどっちかじゃない?それをお姫様抱っこは・・・。なんか、なんか違和感というか・・・」

 僕は斉藤さんのその言葉で、たった今別れたばかりの愛崎さんの母親のことを思い返してみた。

 確かに母親は愛崎さんではなく、僕たちの方しか見ていなかった。でもそれは、当の本人の愛崎さんが眠っていたし、話している人を見ないと失礼に当たるからじゃないのか。お姫様抱っこの下りは完全に個人的な意見だと思うし。うーん・・・?考えすぎなような気がする。

 そんなことより僕は斉藤さんが意外と人をちゃんと見ていることに驚きを隠せなかった。

 「何も考えてなさそうなのに・・・」

 「え?」

 「いや何でもない」

 つい口をついて出てしまった言葉をごまかすと、僕はそういえば、と続けた。

 「斉藤さんの妹さんのことだけど」

 「あぁ、妹の家庭教師の話?頼んだのは私だけど、別に本当に暇な時でいいよ~」

 「そうじゃなくて」

 僕は愛崎さんがいない今がチャンスだと思った。別に連絡のやり取りならばlineでも十分だが、なるべく早く手を打っておいた方がいいと思った。

 同じ歳に、同じ学校、同じ性別ならば。もしかしたら。

 「この後斉藤さんの家に行ってみたいんだけど」


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