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残響に耳を塞いで  作者: もちもちのき
12/22

12話

 鍵穴に鍵を差し込んで回す直前、誰もいないはずの僕の部屋から誰かのはしゃぎ声が聞こえた。

 おかしい。僕は愛崎さんを迎えに行くときにしっかりと念入りに戸締りを行ったはずだ。よってこの202号室の鍵がなければ部屋に入ることはできないはずだ。

 強盗にしてはやたら楽しそうにはしゃぐ声が聞こえるし、そもそもこんなバカデカい声で喋ったりしないだろう。見るからに金のなさそうなこんなボロアパートを侵入先に選ぶのも考えにくいし。

 ということは。まさか。

 「何つったてんの、早く家に入れてよ」

 なかなか家の中に入らない僕にしびれを切らしたのか、近年稀に見る猛暑のせいか愛崎さんはイラついた様子で促した。

 「あ、あぁ、ごめんね」

 僕は嫌な予感を胸に、玄関の扉を開けた。

 率直に言えばその嫌な予感は的中した。

 僕の部屋の中にはいやに顔が整った男と、今風の派手な出で立ちの女子大学生が二人いた。

 二人の男女はマラカスを両手に持ち、サングラスを頭に装着し、本日の主役と書かれた頭の悪いタスキを身に着け、ケーキを模した帽子をかぶり、まるで仮装のような恰好をしていた。

 二人が取り囲んでいるちゃぶ台の上にはようこそとチョコペンで書かれたケーキやチキン、ポテトなどが彩られている。

 まるで今からパーティが始まりそうな光景だった。

 「あ、おかえり~!ちょうどいま準備が終わったとこだよ!」

 「さ、早く早く!」

 僕と愛崎さんは口を馬鹿みたいに開けて呆けるしかなかった。開いた口が塞がらない。なんだこれは。

いや、というか。え。ちょっと待て。

「ここ、僕の家だよな・・・?」

「な~に言ってんの、夢見時くん!ここは君の紛うことなき家だよ!君が愛崎さんと斉藤ちゃんを連れてくるっていうからこうして歓迎会の準備をしてたってわけだよ!」

「ま、歓迎されるはずの私がなんで手伝ってんだよって話だけどね」

 桜さんと斉藤さんはかけていたサングラスを外すと僕と愛崎さんの手をそれぞれ掴むと、ごちそうが乗ったちゃぶ台の前に早く早くと座らせた。

 状況が全然呑み込めなかった。いや、確かに斉藤さんとは会う約束をしていた。そもそも斉藤さんと愛崎さんを対面させるのが今日の目的なわけだし。けど、約束の時間までまだ三十分以上もある。それになんでここに桜さんがいるのかも疑問だし、勝手に僕の家に入っているのも問題だし、勝手に人んちでごちそうを用意しているのも意味わからないし。

 これはどこに突っ込んでどこに怒ればいいんだ・・・?とにかく。

 「なんで桜さんがここにいるんですか。というか管理人という立場を利用して合鍵で僕の家に入らないでくださいって何回言わせるんですか。そもそもこのごちそうはどうしたんですか。帰ってください」

 僕は桜さんの行動全てに突っ込み、そして怒った。ちなみにノンブレスで言った。

 「まーまー、落ち着こうよ、夢見時くん。とりあえず愛崎さんが困っているみたいだからまずは自己紹介からしようよ。物事には順序ってもんがあるんだからさ」

 桜さんはやれやれと呟いて、くるりと愛崎さんの方へ向き直した。

 自己紹介をするということはここに居座るのだろうか。そんなことしなくていいからさっさと帰ってくれ。

 「初めまして愛崎さん。僕は君の先生の家の管理人の桜です。夢見時先生とは仲良しなんだよ。今日は君とそこにいる斉藤ちゃんを歓迎しようと思っていろいろ用意したから楽しんでってね」

 ぎゅっ、と愛崎さんの手を握ると女子ならだれもがときめきそうな、その端正な顔でニコリと笑って、ハイ、次は愛崎さんの番、と愛崎さんに自己紹介をするよう促した。

 桜さんは相手を自分のペースに乗せるのが上手いのだ。

  愛崎さんは戸惑いながらもおずおずと口を開く。普段勝気な彼女しか知らない僕としては、まるで借りてきた猫のようにおとなしい愛崎さんを始めて見たので、少しばかり驚いた。

 意外と人見知りする性格なのかもしれない。もしくは異性のイケメンに手を握られたことによる動揺なのかもしれないが。

 「・・・愛崎愛です・・・。夢見時先生の生徒。よろしく・・・」

 もじもじと、それだけ呟くようにと言うと、恥ずかしいのかワンピースをぎゅっと掴むと下を向いてしまった。

 斉藤さんと桜さんはぱちぱちとまばらな拍手をした。二人はニコニコと笑っている。その表情はまるで子供を見守る保護者のような温かいまなざしだった。

 「じゃ、次は私だね。初めまして愛ちゃん。私は斉藤あすかって言います。夢見時君からあなたのことを聞いて会いたいなって思ってたんだよ!愛ちゃんだけに会いたいっつってね」

 クソつまらない上に初対面の相手の名前を使ってダジャレを言いやがった。

 いずれやらかすと思ったがまさかこんなに早くやらかすとは思わなかったので面食らった。斉藤さんはデリカシーがない部類の人間なので、不登校に陥っている繊細な人間にも遠慮がない。僕はそれを今日あんなに危惧していたのに反応が遅れてしまった。

 愛崎さんを見ると無反応だった。怒っているのかは長い前髪のせいで読み取ることが出来ない。

 僕は即座に話をそらすことにした。

 「で?二人はなんで僕の部屋に?どういう成り行きですか」

 「ひゃだ、夢見時君怒ってるの?心配しなくても夢見時君が思ってるようなことは何もないから安心してよね~」

 桜さんが茶化して言った。腹立つ。

 「別に何も思ってねぇし心配すらしてねぇよ」

 「え~時久って桜さんと話すときは結構口悪いんだ意外~」

 「そうなんだよね~、本当この子はもう!」

 今日が初対面なはずなのに、この二人は波長が合うのか、すでに意気投合していた。恐らく精神年齢が合うのだろう。二十代前半の女子と精神年齢が同じくらいのこの二十代後半男子は大丈夫なのだろうか。いろいろと。ニートだし。関係ないけど。

 馬鹿二人の相手をするのも疲れるので僕はスルーすることにした。僕の無反応に堪えたのか慌てて桜さんが冗談だって、と咳払いを一つした。

 「こんな猛暑日に可憐な女子大生がアパートの前で突っ立ってたからさ。声をかけたんだよ、熱中症になるから僕ん家で涼をとってく?って」

 「その時点で不審者じゃないですか」

 「イケメンは無罪なんだよ。で、よくよく話を聞いてみれば夢見時君の友人だっていうからさ、なら夢見時君の家で待ってた方がいいなーって思って上がらせたんだよ。僕、友達の友達とはセフレになりたくないし」

 「おい」

 さらっととんでもないことを言いやがった。

 もし斉藤さんが僕の友達じゃなかったらどうするつもりだったんだよ。というか、女子中学生の前でなんてこと言い出すんだこのダメ人間は。僕は愛崎さんから『セフレって何?』と聞かれたらどうしようと身構えたが、意外にも聞かれることはなかった。昨今の女子中学生は意味を知っているのだろうか?単に意味は知らないが別に知らなくてもいいと思っているのかもしれないが。何はともあれ気まずさを感じることがなくて良かった。

 「ねぇ、私ってそんな軽く見えるわけ?心外なんだけど?」

 「えー?よくビッチっぽいって言われない?」

 斉藤さんもだがたいがい桜さんもデリカシーがない。異性に向かってその発言は完全にセクハラに当たるが、まず桜さんにはセクハラという概念がないのでどうしようもない。どうしようもない、というのは桜さんを擁護している風に聞こえるかもしれないが、この男に常識とかモラルとかを求めたところで意味がないので本当にどうしようもないのだ。どうしようもないし、しょうがない。

 この発言をした相手がまだ斉藤さんで良かった。これがもし気の弱い子とかだったりしたら気の毒すぎる。その点斉藤さんは嫌なことははっきりと自分で嫌と言える人なので良かった。

 現に今桜さんは斉藤さんに八の字固めをされている。

 「で、時久の家に入れてもらったのはいいんだけど、約束の時間に早くつきすぎちゃったから、愛ちゃんの歓迎会もやろうと思っていろいろ準備してたの」

 きりきりと桜さんを締め上げながら斉藤さんは言う。どこで習得したんだろう、その技。女子大生に締め上げられて嬉しいのか桜さんは甲高い声を出して興奮している。近所で噂が立つからやめろ。てか、痛くないのか桜さん。どう見ても痛そうなんだが。

 僕は始めて入った異性の部屋(家主がいない)で勝手に料理を作るなと斉藤さんと桜さんに文句を言いたかったが、この光景を見ながらはさすがに言えなかった。

 愛崎さんは「え?これあなたたちが作ったの?」とでも言いたげな様子だ。表情が件の前髪で見えないから憶測だが。

 にしても、桜さんはめんどくさがって料理の手伝いなんかしないだろうし、このごちそうとも呼べる品の数々を作ったのは斉藤さんということになる。

 これはなんというか、意外な事実だな。斉藤さん、ネイルとかしてるしあまり料理をしないタイプだと思っていたので、料理が作れるイメージが全くなかった。失礼な話だが。

 僕の表情を見て察知したのか斉藤さんはむっとした表情で僕の両頬をつまんだ。

 「今、なんか失礼なこと考えてたでしょ~?!」

 ムニムニと両頬が外側に引っ張られる。地味に痛い。そんで斉藤さん、これまた意外なことに思ったより力強い。実は武道系女子なのかも。八の字固めできるし。

 桜さんは、「いいなぁ、女子大生に頬を引っ張られるのいいなぁ」と指をくわえて羨ましそうにこちらを眺めている。どんだけ女子大生が好きなんだ。もはやここまでくると変態の域だ。いや、そもそも変態だった。

 散々両頬を引っ張られたので赤くひりひりと痛んだ。僕は自分の可愛い両頬をさすさすとなでる。 

 かわいそうな僕の両頬。不甲斐ない僕を許してくれ。

 「僕ってそんなに顔に出るのかな・・・」

 「いや、時久は全然感情が顔に出ないよ」

 「じゃあなんでつねられたの、僕」

 「なんとなく失礼なこと考えてそうだなって思ったの。女の勘」

 斉藤さんは驚くことにただの勘だけで僕をつねったらしかった。当たっていたけれども。

 いやだって、普通に考えたらこのおしゃれ第一、めんどくさいことは嫌い、好きなものは男とお菓子と悪口です、みたいな量産型っぽい女子大生が料理が得意なんて誰が思うよ。これも失礼な印象だが。

 今日は愛崎さんといい斉藤さんといいだいぶイメージが覆る日だな。

 そういえばさっきから全然愛崎さん喋ってないけど大丈夫だろうか。同級生どころか普段こんなに(と言っても三人だが)大人に囲まれるなんて状況ないし緊張していないだろうか。ただでさえ慣れない日中に外出をしているので疲れていないか心配である。

 ちら、と愛崎さんを見やれば小さく肩を震わせていた。

 「愛崎さん、大丈夫?疲れてない?」

 「・・・・・・・。ぷ、あは、あはははは!!!!!」

 愛崎さんは盛大に肩を震わせながら爆笑した。

 その姿には僕だけでなく、桜さんも斉藤さんもびっくりした様子だった。二人とも口をぽかんとあけて驚いていた。愛崎さんはひーひーと、苦しそうにひとしきり気が済むまで笑い終えると、僕たちを見て我に返ったのか、気まずそうに沈黙した。

 僕はこんなにも普通の女子中学生らしい子は知らない。

 いつも不潔で、暗く淀んだ雰囲気をまとって、年上の男を脅せるような女子中学生は、こんなにも普通に笑う子だったのか。その事実が信じられなかった。

 目の前にいるこの子は本当にあの愛崎さんなのか疑いたくなった。それほどに、ここにいる彼女はどこにでもいそうな、何の変哲もない普通の子のように見えた。

 「・・・・。す、すみません」

 愛崎さんはバツが悪そうにぽそりと、謝罪の言葉を口にするとうつむいてしまった。

 桜さんは、なんで謝るのさ~、とちゃぶ台の上のごちそうを用意された皿にとりわけ、お食べ、と言って愛崎さんに差し出した。

 斉藤さんもそれに便乗し、皿にケーキやフルーツを盛り付け、愛崎さんに差し出した。

 その光景はまるで可愛い孫に食べ物を与え続けるおじいさんとおばあさんの様だ。

 「時久も。せっかく作ったんだから食べてよね」

 斉藤さんは頬をぷくっと膨らませながら、僕にもごちそうを盛りつけた皿を渡した。

 こうして改めて見ると本当においしそうな品々だ。盛り付けも上手く、余計に食欲がそそられた。もとよりこういった盛りつけ方が上手いのか、インスタグラムで鍛えたのかは少し気になるところではある。

 本当は今日、僕の家に集まった時点でピザでも取ろうかと考えていたので、余計な出費をしなくてすんで財布的にもありがたかった。

 何よりもこんなにおいしそうなごちそうが食べられると思ってなかったのでこれはちょっとしたサプライズだ。

 桜さんがいるということは、この食費は恐らく彼持ちだろうし。男の一人暮らしで実質タダでこのような女性の豪勢な手料理が食べられるとは。

 僕は心の中で料理を作ってくれた斉藤さんと、料理を作るきっかけになってくれた愛崎さんに感謝した。ついでに食費を出してくれた桜さんにも。 

 「あれ、桜さんは食べないんですか?」

 いつもならいの一番にがっついてそうな人物がこんなにおいしそうな料理を目の前にしてただ眺めているなんて珍しかった。

 この人食に関してはすごくがめついのに。もう先に食べたのだろうか。

 「僕はいいよ。さっき一口貰ったし。そんなことより今日は三人がメインの親睦会なんだから三人が食べなよ」

 「はぁ・・・」

 桜さんはニコニコとほほ笑む。別にそんなに遠慮しなくてもいいのに。四人いて一人だけ何も食べないというのはいささか食べにくいものがあるが、まぁ本人が先に食べたと言っているし気にしなくてもいいか。

というか、そこで遠慮はするくせに基本的にもっと遠慮してほしいところで遠慮しないのはわざとなのだろうか。

 僕は斉藤さんが盛りつけてくれた皿に手を伸ばす。皿の上にはチキンやサラダ、サンドウィッチ等が綺麗に盛りつけられている。センスがある。

 「普段インスタとかで鍛えているからね!」

 「僕まだ何も言ってないんだけど」

 「私その人が何を考えているのか当てるの得意なのよ!」

 何それすごい。感情が表に出にくい僕の考えていることを当てられる女子がいるとは。斉藤さんは観察眼がすごいのかもしれない。

 「じゃあ、いただきます」

 三人で手を合わせて食べ始める。

 サンドウィッチを口に含んだ瞬間、僕は自分の瞳孔が開いていくのが分かった。


 なんだ。このサンドウィッチは。


 食べたことのないくらいに


 不味い。


 僕は吐き出したい衝動を瞬間的に抑え込んで脇に置いてあった水を一気に飲み干した。


 え?は?え?

 僕は今・・・何を食べた・・・?

 

 勢いよく、もう一度自分が手に持っていたサンドウィッチを見てみた。

 何の変哲もない普通のサンドウィッチだ。パン屋で売っていてもおかしくない、おいしそうなサンドウィッチだ。

 ・・・・・。もう一口食べてみた。

 僕は口の中が蹂躙されているような錯覚に陥った。なんだこれ、ものすごく不味い。

息が出来ない。動悸がする。意識が飛びそうだ。固くて、でもぶにっとした柔らかさも含んでいて、それでいて何かがあふれ出てくる。

 僕はなんとか咀嚼数を減らしてその物体を丸のみした。


 サンドウィッチって具材をただパンの中に挟むだけだよな?!なんでこんなに不味いんだ?!何が入ってるんだ?!


 二人は無事なのか?こんなクソ不味いものを食べて平気なのか?!もしかして僕の味覚がおかしいのか?!

僕は斉藤さんと愛崎の反応をうかがった。

 愛崎さんは咀嚼をしていなかった。さっきサンドウィッチを口に入れたのを見ていたので分かるが、彼女はどうやら一口噛んで以降、まったくと言っていいほど咀嚼をしていない様子だった。

 一噛みで理解したのだろう。不味いということを。

 愛崎さんは咀嚼をやめたというよりは、動き自体が停止しているようだった。サンドウィッチを手に持ったまま微動だにしない。さながらその姿は気絶しているようだった。というか気絶していた。

 斉藤さんはというと、嬉々として顔を綻ばせながらおいしいと自画自賛しながら、パクパクと、どんどん料理を平らげていく。

 ここで気づいたのだが、どうやら彼女は極度の味音痴らしかった。

 いやなんでだよ。逆になんでだよ。どうしたらこんなにも今世紀最大の不味いサンドウィッチが作れるんだよ。

 僕は斉藤さんに気付かれないようにパンをはがし、中身の具材を確認した。

 玉ねぎ、ベーコン、チーズ、あと・・・。なんだ・・・?この、レタスに挟まれている茶色いのは・・・。どことなく足のようなものが生えているが・・・。まさか・・・。

 「さ、斉藤さん・・・。このサンドウィッチの具材って」

 「ん?あぁ、いいとこに気付いたね時久。それはタガメよ」

 「へ・・・・。え・・・・?」

 「昆虫食。最近流行ってるんだよ、知らない?体にも美容にもいいのよ」

 僕は体中の血の気がさっと引いていくのが分かった。猛暑日なのに体から熱が引いていく。寒い。体の冷えがとまらないどころか震えまでしてきやがった。

 いま、この女はなんて言った・・・?

 「タ、タガメ・・・?デスカ・・・?」

 動揺のあまりカタコトになってしまった。

 「タガメだけじゃなくてこのごちそう全部昆虫入ってるよ。昆虫っていうと嫌がる人多いけど、時久も愛ちゃんも気に入ってくれたみたいで良かった~。昆虫って実は結構高いからなかなか買えないんだけど、今回食費全部桜さんが出してくれてさ、本当にありがとうね桜さん!」

 斉藤さんは満面の笑みで桜さんに礼を述べた。余程嬉しかったのか、彼女の背後には後光が差して見える。

 斉藤さんに視線を向けられた桜さん、もといこのA級戦犯野郎はしかしそっぽを向いて小さくイインダヨ・・・と言って顔を青ざめさせていた。

 この様子を見るに彼女が何を買って、何を食べ物の中に入れているのかまでは把握していなかったのだろう。

 恐らくこの食い意地の汚い男のことだ。出来上がった料理をつまみ食いかなんかして、そこでやっと斉藤さんが何を作っているのか把握したのだろう。

 こいつがもっと斉藤さんの買い物に真摯に付き合ってさえいればこんな料理を食べずに済んだかもしれないのに。せめて昆虫の混入(昆虫食だけに)だけでも阻止できたかもしれないのに。

 どうせめんどくさがりやな桜さんのことだ。時間より早く来た斉藤さんにごちそうでも作って待ってればいいんじゃないかな?とか適当ないつもの思い付きを言うだけ言って、食費だけ渡して自分はアパートで待っていたに違いない。

 末代まで呪おう。


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