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母親

「誰か来たの?」

 それが帰ってきた母さん――坂本恵美(さかもとえみ)の最初の言葉だった。

 いつもの「ただいま」という言葉ではなく家の変化を先に気にしていたからこそでた言葉だったのだろう。

 時間は午後十時をちょっとすぎるぐらい。

 いつも通りの帰宅時間だった。


「う。うん、友達。母さん、おかえりなさい」

「……ただいま」

 流石にこの家の中に先程まで3億円と怪しげな男がいたなどとは言えず、尚弥は咄嗟に嘘をついた。

 母さんが帰ってくる時間はわかっていたので、それまでに先生からもらったスマホは自分の通学用のかばんの中に放り込んでおいた。

 家の中ではバレる心配もあるが、母さんがわざわざ僕のかばんを漁る理由はない。

 ある意味一番安全な隠し場所だと思う。


 問題は家においておくわけにはいけないので学校へ持っていかないといけないことと、充電なのだけれど、ここはうまくやりくりするしかないだろう。

 なにせ、今まで一度も触ったことのないものだから、操作方法にも慣れておく必要があるし、先生からの連絡が来る可能性もあった。

 母さんが帰って来る時間までには片付けておく必要もあったのであまり触れる時間がなかったのは残念だった。


「その子になんか言われなかった? うちの状態見られたらさ、どう思われるかなんてあんたでもわかるよね?」

「う、うん。ごめんなさい」

 そんな事はわかってる。この家や部屋を見て決して好印象を持たれることはないだろう。

 そんな恵美の言葉は尚弥の心に突き刺さっていく。


 自分は友達を家に誘うこともできない。

 そもそも友人を家に誘って何をするというのだ?

 家にはかろうじてテレビがあるぐらいで、スマホもゲームもない。

 しゃべるなら学校でいい。というよりは学校でしかできない。

 学校からでたら無駄にお金を使うことができない以上、買い食いとかは無理なのだから、自分は一人何もせずにとっとと帰るべきなのだ。

 一緒に遊び歩くなんてのは贅沢の極みであって、論外なのだ。

 それが友人であっても、彼女であっても。

 そんなネガティブな思いが尚弥を締め付けていく。


「これ、晩御飯と明日のお弁当ね」

 母さんが出したのは、半額のシールがつけられた弁当が二つ。

 一つは幕の内で、もう一つは唐揚げ弁当だった。


「ありがとう。お母さん」

「私はもう寝るから。尚弥も夜ふかしせずに早く寝なさいよ」

 そういうと母はさっさと奥の部屋にへと向かっていった。

 晩飯もどこかで済ませたのか、それとも食べていないのかもわからなかったが聞く気もなかった。

 それはいつものことだったから。


 慣れたように尚弥は幕の内弁当と唐揚げ弁当のおかずを洗っておいた弁当箱に詰めていく。

 適当におかずで形作ったあとはご飯も入れて、明日の弁当の完成だ。

 これを冷蔵庫に入れておき、明日の昼食べる。

 残った分は晩ごはん。朝食はなし。

 これが今の尚弥の食生活だ。


 通っている学校は昼が給食ではなく弁当なため、必然的に買っていくか作るか、作ってもらうことになる。

 だが昼から夜にかけて働く母が朝に起きることはない。

 ならば作るになるのだが、そもそも食材がない。

 と言って買っていくお金を持っていない。


 母が仕事帰りに買ってきてくれる半額弁当二つが全てなのだ。

 しかも、前に弁当をそのまま持っていったら、クラスメイトにも変な顔をされたし、担任から連絡が行ったためか母に怒られた。

 それ以降、尚弥は自分で昼に自分で食べる弁当をこの買ってきた弁当から寄せ集めて作ることが日課になっていた。


 毎日のようにこうやって弁当を自分で作るのはなかなかに辛い。

 きっと自分より大変な生活をしている子はたくさんいるのだろう。

 こうやって毎日半額シールが貼られた冷たいものとは言え弁当を二つも買ってきてくれる母親がいるだけでもありがたい話なのかもしれない。

 自分のためにこうやって夜遅くまで働いてきてくれる親がいるというのは自分でもありがたいと思うのだ。


 でも、他人と不幸争いをしているつもりはない。

 そんなことで争いたくないし、どうでもいい話だ。

 自分が今つらいと思っているのに、どうして他人と比較されないといけないのだろうか。

 ――どうして、自分たちは救われないのだろうか。


電子レンジの回る音を聞きながらそんなことを尚弥は考えていた。



 3億円……。

 そんな大金があれば、もうこんなことをする必要はなくなるのだろうか。

 もうこんなことを考える必要はなくなろうのだろうか。

 母さんがもっと優しく自分のことを見てくれるのだろうか。

 自分たちはもっと幸せになれるのだろうか。


そのために自分は好きな人を殺せるのだろうか?


巡り巡った暗い考えはレンジのチーンという温めが終わった音で一時的に遮断される。



「――いただきます」

小さく手を合わせ、小さく声を出して、晩御飯を食べていく。

いつもながらの味。

とても美味しいとは言えないし、まずいとも言えない中途半端な味だった。

ふやけた揚げ物、ご飯。

小さく口に含むと一瞬でなくなる梅干し。

一緒に温められたせいでほっかほかに温かくなったポテトサラダ。


それをスーパーでボトルで購入してきて冷蔵庫に冷やしてある水で流していく。

水道水の独特の臭いはそこにはないものの、味は水でしかない。

たまには味のついたジュースが飲みたいな。と思うことはあるけれど、思うだけで実行に移すことはできなかった。


気がつけば弁当は綺麗になくなっていた。好き嫌いなどいう資格は自分にはない。

ご飯ひと粒ですら残してはいけない。

全てを胃に入れないといけない。



どうして自分の生活はこうなったんだろう。

ああ、あいつのせいだ。

あいつがいなければ……あいつと母さんが今も一緒にいればきっと今の生活より楽だろう。

でも、あいつと一緒の家に住んでいることを思えば、今の生活のほうが辛いところはあるけれどずっとましだ。


あいつを殺せば、3億円もらえるならばたとえ逮捕されたとしても今の自分ならば実行できるのではないだろうか。

母さんだって、こんな生活をする必要がなくなるのだから。

――でも、あいつではなく天音さんを殺さないといけないのだ。


そう思うと、このふざけたルールにした運営を恨むしかなかった。




でも、自分に藤宮天音さんと付き合うなんてことが【先生】の力を借りたとしてもできるのだろうか。


どれだけ悩んでもその方法も手段も可能性すら思いつかず、尚弥はいつまでも眠ることができなかった。




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