第30.5話 リネハン伯爵邸の夜会の後 セドリック サイラス それぞれの事情
~セドリック側~
ポートフェン兄妹を見送ってから、俺は騎士団の仕事に戻った。
今日会場で見かけた、サイラスは夜会服を着ていた。
あきらかに騎士団長として来ているのでは無い。
即座に切り替えて、現場指揮くらい執れよとは思うけど。
これくらいの事件なら、各隊の隊長の仕事を取るのもって言い訳できる範囲だ。
ただ、見失ってしまったのは、正直痛いと思う。かと言って、対峙できる程の精神状態では無いのだが……。
騎士団の仕事を終えるなり俺は、アランの部屋を訪ねた。
今日あった事の定例の報告…………をするはずだった。
入室許可があったので、部屋に入ると俺の顔を見るなりアランが駆け寄ってくる。
自分の侍女には、続き部屋へ戻る様に指示を出していた。
自覚は無かったが、この時の俺はそうとうに追い詰められた顔をしていたらしい。
「どうした。何があった。まさか、エイリーンに何か……」
あの時の俺は、本当に正常な判断が出来ていなかった。
だから、縋ってはいけない相手に縋ってしまったんだ。
「俺は、最低……だ」
俺はアランの腕を思いっきり掴んでしまっていた。
指が食い込んで痛いはずなのに、アランはされるがまま支えてくれてた。
「なにが……」
「年端のいかない女の子を……死なせてしまうところだった」
身体が震える。あんな場面、思い出したくも無い。
「俺は……なんてことを……」
俺の所為で……。
「リナのこと? 仕方ないじゃない。あの子がエイリーンに近付くから。忠告しても聞かなかったんだろう?」
アランが軽く言ってくる、わざとかも知れないが。
「……仕方ない?」
でも、なんか頭の中でその言葉が横滑りしている。
仕方……ない……のか?
「分かってて、巻き込んだんじゃないの? エイリーンの事が無くても、充分危ない現場だったよね。そこに15歳の女の子を放り込んだんだよ」
今度は、はっきりアランから怒鳴られた。
「結果を背負う覚悟で、巻き込んだんじゃないのか、って言ってんだよ」
そうだ。自分で責任を取るつもりでリナに話を振ったんじゃないか。
しかも、エイリーンからの依頼を受けたのも自分だ。
そこにサイラスが招待されてやって来てても、リネハン伯爵がホールデン侯爵家と繋がっているのなら織り込み済みにしなければならなかった。
「すまなかった」
身体はまだ動かない。だけど、これからの事を考え無ければ、デュークの覚悟が……死んでいく事が無駄になってしまう。
「何があったのかは……まぁ、聞かないけど話したかったら」
「リナちゃんがジークから斬られそうになったんだ。俺が……俺とアルフレッドが間に合わなかったら斬り殺されてた」
リナだって、臣下の礼を執ったまま覚悟を決めたように動かなかった。
言いながら気が付いた、リナが逃げようとしていなかったことに。
そうだな……。デビュタントしたての女の子だって、国政に関わったら覚悟を決めるんだ。
俺は、跪いたままアランに臣下の礼をとる。
「大変お見苦しいところを……申し訳ございませんでした。アラン王子殿下」
「いいよ。今更だろ?公の場じゃあるまいし。ほら、立てる?」
「はい。ありがとうございます」
差し出されたアランの手を取る。
俺は、お茶でもというアランの誘いを断って自室に戻る。
取りあえず、デュークとの約束を果たさなければならない。
サイラスにはもう、デュークの妹がどこに匿われているかなんて、お見通しだろう。国王の前に差し出されるのならまだ良い。
利用だけはさせない。
着替える間も惜しいとばかりに、手紙を書く。協力を仰ぐために……。
自分の子飼いの者に頼んだら、すぐに返事が来た。
もう、寝る間もなく朝が来る。
王宮には、このまま行けばいいか。
そう思いながら、侍女に朝の軽食を用意して貰って、紅茶を飲んだ。
~サイラス側~
やれやれ……と思う。
俺はレイモンドと一緒に、ホールデン侯爵家の馬車に乗って帰途に付いていた。
リネハン伯爵家の夜会の招待状が珍しく来たので、何かあるのかと思って行ってみたら、とんだ茶番に付き合わされるところだった。
まぁ、噂のリナ・ポートフェンに会えたのだけが収穫かな。
夜会の後、次に見かけたときには、王太子殿下に斬り殺されかけてたけど。
普通、あんな幼い……15歳だっけ? ……しかも、丸腰の女の子に剣を振るうか?
どう考えても、あの子はセドリックに利用されて、連れて来られただけだろうに。
あれから、どうなったかな。
「兄さん。騎士団の仕事しなくて良かったの?」
さっきまで黙って外を見ていたレイモンドが話しかけてきた。
「優秀な隊長さん達の邪魔だろ?」
セドリックもいたしな……。見事にまぁ、こっちの計画潰してくれちゃって。
証拠書類も今頃、陛下の元に届いているだろう。
親父はさぞ頭が痛いだろうな。
「それは……単にサボりたいのか、部下を信頼しているのか」
「信頼してるんだよ」
騎士団に俺はいらない。そういう組織作りをしてきた。
何も知らない子どものふりをしているレイモンドだって、自分の立場を分かっている。
だから自分の婚約者のことを、どんなに愛していても邪険にしている。
本当に何も知らなかったときは、仲睦まじくしていたからな。
デュークの立場と何も変わらない。
明日は我が身なのだ、俺たちは。




