転生したくなかった!-7(実質ここまでがプロローグ)
突然の遭遇、戦闘...そして、相手はどうやらただものではないようで。
なんとか一時撤退するも、少女二人はどうやらすでに疲れ切っており、万策つきかけている様子...。
一体どうなってしまうのか!主人公!!
そしてこの状況はなんなのか!主人公にいまだに一切の情報は与えられていない!頑張れ主人公!負けるな主人公!!!
彼の体が、毒液に解かされず明日も元気に動いていることを願って...。
「ぅえ、ぺっ、ぺっ」
口に入った土を吐きながら、体を起こす。
「イロハくん大丈夫~?ごめんねぇ、引っ張り回しちゃって」
長身さんがしゃがみ込み、少し困ったような笑みを浮かべながら優しく声をかけてくれた。
「あ、はい、なんとか...」
差し出された手を掴んで立ち上がる。
薄暗い通路には先ほどの焚き火の光はなく、僕がながながと歩いてきた薄暗い道と、全く同じような光景が広がっていた。
随分と移動したのか、先ほどまでの化物...例の、コカトリスとか言うやつ。あいつから感じていた、ひりつくような熱気は治っていた。腐った匂いももうしない。
「...あいつは...」
「先輩の魔術で、一気に移動しましたから。特別性ですからね、あれ」
ふふん、と、獣耳娘が自慢げに鼻を鳴らした。
なんであんたが得意げなんだよ...。
「ま、その場しのぎなんだけどね〜...あと5分もすればあいつ来ちゃうし」
「ええ!?ど、どうするんですか!?」
5分!?5分て...い、いや、でも、まぁさっき死にかけたことを考えると長い、のか?
ん、いやいやいやそうだ、ちょっと待て。
「あ、あの、あなた、僕のこと知ってるんですよね!?」
「んにゃぁ?」
勢いよく長身さんの手を掴み、問い詰めるように体を寄せる。
そうだ、そうだ、思い出した。訳のわからない状況に押し込まれたせいで忘れていたけど、僕はこの人...多分この人、自信はないけど、きっとこの人に話を聞くためにここまでやってきたんだ...ぁっ。
「気安く先輩に触れてんじゃねーんですよこの変態郵便やさんがぁ!!」
「おごっ」
後頭部に強烈な鈍痛が走る。
いったぁ...。
ふらつきながらも、なんとか踏みとどまった。
「変態のくせして先輩の手をの握って...あまつさぇ引き寄せるなんてどーいう了見でいやがりますかこの変質者さんが ぁ!?」
額に血管を浮かべんばかりの形相で、獣耳さんがこちらを睨み付けてきていた。その手には、先ほどのお仕置き棒くんがしっかりと握られている。
殴るかな普通...ぅ。
じんじんと後頭部が熱を持っているのがわかる。
「いや、だって...」
「だってもくそもありませんッ!!」
「いで、あいてっ!」
繰り返しお仕置き棒くんが振るわれる。なんとか両手で頭を庇っても、しっかりと打撃は伝わってくる。
というか手が痛い、普通に痛い。
「ちょ、ちょっとぬこちゃん、そんなに殴ることないって!!」
「いーえ、ダメです!もう見てわかりました、私わかりました、こいつはどうしようもない変態さんです!!」
「いた、痛いって!!なんだよそれ、根拠は!?」
ひ、ひどい言われよう...。ちょっと待って、僕なんかそんなにひどいことした?
「ないです!直感です!私の直感はよく当たるって評判なんです−ッ!!」
うん、ひどい。
「も、もういいじゃないですか!!ちゃんと荷物も届けたじゃないですかっ!」
「あ、そうだ、荷物!そうですよ大事なのは荷物です!!」
やっと僕の頭をひたすら殴打していたお仕置き棒くんの嵐がやむ。
まるで、僕なんかいなかったのように獣耳さんが地面に放り出された袋に駆け寄る。
「先輩、何頼んだんですか?」
「えっと、ポーションと...あと...」
「...あと?」
袋から緑色の瓶を取り出しながら聞いた獣耳さんに、歯切れ悪く長身さんが答える。
「...樹液、100ぱーの」
その言葉に、ピシッ、と何か効果音が聞こえてきそうな勢いで獣耳さんがかたまる。
彼女の手には、琥珀色の液体の入った ビンが握られていた。繰り返し衝撃を与えられたせいか、表面に薄くひびらしきものが入り中の液体が滲んでいる。
「樹液、ちょくで持ってこさせたんですかぁ!?」
「あ、あはは...えっと、はい、そです」
瓶を掲げ、獣耳さんが目尻を下げて叫ぶようにいった。苦笑いしながら長身さんが頭をかく。
「せ、先輩っ!ほんとなにしてんですか!?」
「...や、えへへ、いいとこ見せたくて」
...なんなんだろうこのコント。しかもよくわからない言葉あるし。樹液って...甲虫でも捕まえるのかな?
さきほどまでボコスカ殴っていた僕のことなんてどこへやら、獣耳さんはあの瓶を放り出し、長身さんに縋り付くようにその襟首を掴んでがくがくと勢いよく揺すっていた。長身さんは長身さんで、困ったように笑いながら揺すられている。
「なにがいいところですかー!いいところってなんですか!誰に見せるんですかもー!!!」
「いや、ほんとごめんって...ほんとに。ここまでひどいことになるとは思わなくて...」
「もー!!!」
いくら揺すっても長身さんはどこか困ったようににへにへ、と笑っている。
「しかもビン割れてますしー!あれじゃないですか、原因ぜったいー!!」
「うへ、割れてたの!?...あちゃぁ」
「...あっ」
ふと思い出す。最初、暗い道に慣れていなかった時に勢いよく転んだことを。
と言うか、そうじゃなくても何回も勢いよく転んでいる。あの状況でほとんど無事だったことの方が奇跡かもしれない。
「あ、あのー...」
「ん、なぁんですかもー!!」
長身さんの襟首をガッチリと掴んだままで、ぐるんっと獣耳さんが振り返る。
「け、結局僕は、さっき聞いたこと教えてもらえるんでしょうか...」
「今の状況わかってますぅぅ!?そんな場面じゃないんですっ!!」
「あ、はいっ、すいませんっっ」
有無を言わせぬような勢いに圧倒されて、つい黙ってしまう。
自分より二回りほど小さな女の子にいいくるめられる高校生...いや情けない。
「もう本当にどうするんですかー!!このまま戻っても行き止まりじゃないですか先輩〜!!」
「えへへ、ごめんねぬこちゃん〜」
まるで僕の発言はなかったかのように、先ほどの流れが繰り返される。
そんな緩んでいた空気を、どこかか羅漂ってきた異臭が引き締めた。
「っ!?」
「う、そっ...もう追い付いたんですか!?」
先ほど自分たちがやってきた通路の入り口に振り向く。
シュー...という何かが焼け焦げる音と共に、曲がり角からゆっくりと、紫の鱗をもった毒蜥蜴、コカトリスが姿を表した。
「今度こそヤバイ...というか、ここでなんんとかしないとジリ貧ですよ先輩!」
「ん、そだねぇ...私もさっきの撤退で残りの魔力使っちゃったし」
いまだに状況についていけない。ただ、目の前から迫る化物が確実に自分の命を奪いうる力を持っていることしかわからなかった。そして、自分がそれに対抗できないってこと...っ。
また、心臓を鷲掴みにされたような恐怖に全身が固まる。きゅっ、と何者かに喉を掴まれているような最悪の感覚。
少し落ち着き、緩んでいた全身の筋肉はガッチガチに固まっている。
「...落ち着いて」
「っ....!?」
正面から蜥蜴に睨まれ、完全に硬直してしまった僕。その鼻先を、ふわりと甘い香りがくすぐった。腐った卵のような匂いが充満していた空間に、一瞬清涼剤のような、甘く心地いい空気が満ちる。
「君なら、倒せる。この状況を、打破できる」
「...は、えっ!?」
地面に座り込んでしまった僕の肩に、柔らかい指先が触れる。
いつの間にか、長身さんが僕のすぐ隣にやってきていた。鈴の音のような声が耳を撫でる。
意味はわかるけど、内容のわからない言葉たちに、また頭がこんがらがる。
倒せる?僕が?対峙しただけで命を奪われたような思いすらして、実際に体の自由を奪われた僕が?
訳がわからない、意味がわからなかった。
「お察しの通り、あたしはイロハくんのことを知っていて、その力も知ってる」
僕の肩を掴み、ぐっと上に持ち上げるようにして引き上げられる。なんとか立ち上がった僕の足元が、ジュッという音と共に焼け焦げる。
「っ、ひ」
いつの間にか撒き散らされた毒液が、こちらまで飛んできていたようだった。
全く気づいてなかった...。
ぶわ、と勢いよく冷や汗が吹き出る。喉が裏返った。
「大丈夫、大丈夫、落ち着いて...君なら、勝てるから」
「...っ、は、はい」
柔らかな声に、乱れていた嵐の海のような心情が一瞬で静まり返る。なんだろう、まるで催眠術か魔法のような。異様なまでの効き目に驚きながら、なんとか取り戻した心の平穏を保つ。
彼女にひかれるようにして、一歩下がる。正面からコカトリスとやらを見つめる形になった。
再度あの無機質な瞳と目が合う。機械のような、一切の感情を感じさせない黄色い瞳。体の色と相待って毒々しいほどの色合いに、背筋が凍る。でも、隣にいる長身さんのおかげか、先ほどのような体の自由を奪われるほど厳しいものではない。
「....シュルル...」
コカトリスが、じっとこちらを見つめる。僕と長身さんを標的へとすえたのか、僕らを比べるように視線が動く。
じりじりと、その太い足先が距離を詰めてくる。
「これ、持って」
「え?」
放心していたせいで開いたままの両手に、何かが握らされる。
これは...ここに来る前に渡された剣。と、手帳?
「手帳、ですか?」
「うん。これが大事なんだよね、剣よりも」
長身さんが、細い指先で器用に手帳を開く。
「これは、君のあり方を示すモノ。君の存在を世界に記すモノ」
表紙に刻まれていた細かな模様が光を滲ませ、燐光を纏う。
「う、わっ....」
不思議な光景に目を見開く。
開かれた手帳。先ほどまで白紙だったページには、青白い光を纏った文字がビッシリと書き込まれていた。
「君は、可能性の塊だ」
長身さんが耳元で囁く。
コカトリスは依然として、じりじりと距離を詰めてきている。大きな口を広げ、シュゥ...と黄色い息を漏らしている。
「剣を前に出して、私に続いて言葉を重ねて」
「は、はいっ...」
言われた通りに、剣先をコカトリスに向けた。
じりじりと、巨大な蜥蜴はこちらを伺いながら距離を詰めてくる。
「我が身は盾。無辜を守り災禍を防ぎし万夫の盾なり」
『わ、わが身はたて、むこを守り、さいかをふせぎしばんぷの盾、なり』
長身さんに続いて言葉を紡ぐ。
「我が肉体は壁。数多の厄災を拒みし白亜なり」
『わが肉体は壁、あまたのやくさいをこばみし、はくあなり...っ』
ふと気づく。長身さんと一緒に手に持った、開いた手帳の燐光が増す。刻まれた文字が輝き、手帳のページが勢いよく、触れてもいないのに開かれていく。
こちらを警戒するように、コカトリスが一歩だけ足を引いた。
「この剣は英雷なり。全てを裂き敵を焼く疾雷なり」
『この剣は英雷なりっ、全てを裂き、敵を焼く疾雷なりっ』
その言葉を言い終わると同時に、構えた剣に光が宿った、ような気がした。薄暗がりの中で剣先が、刃が光る。
ぐ、とコカトリスが体を沈めた。そのまま飛び込もうとするかのように姿勢を低くする。
「この精神は燈明なり。多くの力を率い、まとめ、導く三千世界の灯りなり」
『この精神はとうみょうなり、多くの力を率い、まとめ、導く三千世界のあかりなりっ!』
剣を握った手を、長身さんが上から優しく包む。
剣と手帳が、明確に光を、青白い炎の玉のような光を纏う。
コカトリスが、足に溜めた力をバネにして、勢いよく飛び位上がった。その動きは先ほども見たことがある。勢いよくこちらに飛びかかり、その体と毒を使ってこちらを圧殺する。その意図がよく見えた。紫いの鱗を纏った巨体が、宙に舞う。
「いくよ、イロハくん。覚悟決めてね...っ」
重ねた両手に、ぎゅ、と強く力が込められる。長身さんの言葉に小さくうなづいた。
長身さんの口元が、言葉を紡ごうと開かれようとした。それとほぼ同時に、脳裏に言葉が閃く。突き動かされるように口を開く。
「『空を食め、炎熱火球』」
二人の言葉が重なった。
突き出した剣、その刀身に宿っていた光が剣先に収束する。一拍を置いて、勢いよく炎の渦が噴出した。
「う、う、うぉぉぉぉぉおおお!?!?!?」
まるでゲームで見た火炎放射器のように、剣先からオレンジ色に輝く炎が、指向性をもって吹き出している。
不思議と熱くはない。この勢いの炎が出ていたら肌はもちろん、空気まで全部熱せられて喉も焼けてしまいそうだけど、そんなことはなかった。
ひんやりとした洞窟の空気が肺を満たしている。
目すら焼くような眩いばかりの炎の渦が、狭い洞窟を目一杯に埋め尽くしていた。
「...お見事、お疲れ様」
5秒程すると、剣先から出ていた炎の渦がおさまった。耳元で長身さんが優しく囁く。
目の前、先ほどまでその大きな口をかっぱりと開いていたコカトリスは、その下半身を残して消炭になってしまっていた。
ごろり、と巨大な下半身が地面に転がる。
薄暗かった洞穴の壁は、プスプスと煙を上げながら燻っていた。先ほどまでの狭苦しい洞窟は、ひとまわり大きく広げられてしまっている。
「...たおした、の?」
「うん、札付きはしっかり絶命した。頑張ったね、イロハくん」
長身さんがにこりと笑った。
安堵と共に緊張の糸が切れる。全身に満ちていた緊迫感が緩み、それと同時に猛烈な虚脱感と疲労感が襲ってきた。
「...あは、は、よかっ...た....」
驚いたように目を見開く獣耳さんと、嬉しそうに笑っている長身さんを傍目に見ながら世界がゆっくりと回転していく。自分が倒れていることに気づくのとほぼ同時に、僕の意識は闇に飲まれた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「...あ、う、ぇ?」
まぶた越しに感じる眩しさに、意識が戻ってきた。
それと同時に感じる妙な浮遊感。ゆっくりとまぶたを開く。
「んぉ、起きた?」
「...はぁ、えっと、はい」
僕の顔とほぼ同じ高さにある長身さんと、バッチリ目が合う。
「んふふ、それは結構。」
上機嫌そうに長身さんがいう。その少し後ろで、獣耳さんが不服そうにこちらを睨んできていた。その手には煌々と輝く、ランタンのような道具を持っている。
さっき感じた眩しさはこれが原因だろう。
体を包む浮遊感の原因を探るべく見渡すと、どうやら何かが僕の体を持ち上げているようだった。柔らかいような、堅いような不思議な感覚が僕の体と体重をさせてくれている。まるで空気で作られた手のような、薄青色の半透明なものが僕の体を持ち上げていた。
「...これって」
「あぁ、見せるのは初めてだっけ?私の魔術なんだ、それ」
不思議そうにその手に触れるてみる。やっぱり柔らかいような、堅いような。なんとも言えない不思議な感触だ。
長身さんが小さく首を傾げながら疑問に答えてくれる。
「まぁ、まだイロハくんには魔術っていってもよくわかんないか」
「あ、はは...」
ご名答、まだよくわかってなかった。いわゆるファンタジーな、そういったものがあることはなんとなく想像はついてはいる。さっきの...紫の蜥蜴。コカトリス、だっけ。
あれを焼き尽くした、剣先から迸った炎も当然だけどその類なんだろう。
とりあえず、僕も自分の足で歩かないと。
獣耳さんと長髪さんは、優雅に空気の手で支えられ浮いている僕と違いしっかりと歩いている。二人ともどこか疲労の色が感じられた。
僕を支える手から離れて降りようとした時、全身が思い出したかのようにひどい倦怠感と潰されるような疲労感に襲われる。
「っ、う...」
「動かず素直に運ばれてください!...訳も分からずあんなことすれば、倒れるなんて当たり前ですよ」
獣耳さんから間髪入れずに厳しい言葉が飛んできた。
「いや、すいません...」
ここで無理をしても、二人にもっと迷惑をかけるだけだろう。全身がそう叫んでいた。
甘んじて受け入れ、空気の手に身を委ねる。獣耳さんはまだこちらを見つめてぷんすこと怒っている。
「よし、もうつくよ。私の魔力もそろそろだし...イロハくん、歩く準備しておいてね。」
それから少し歩いたところで、長身さんが口を開いた。
長身さんの言葉に視線を前に向けると、そこには僕の入ってきたこの洞窟の出口が迫っていた。
外から差し込む光は濃いオレンジ色で、外に見える木々も全部綺麗に染め上げられている。
「うへ、もう夕方じゃないですか...午後にこなしたい用事あったのにぃ」
最悪、といった様子で獣耳さんがんべ、と舌先を突き出してごちていた。
「イロハくん、おろすよ?」
「あ、はいっ」
ゆっくりと体が下がり、地面に足が付く。ふわりと、空気に解けるように薄青色の手たちは消えていった。
先ほどまで全身にお守りを縛り付けられているかのように感じていた疲労感は、外の景色を見たせいなのか少し楽になっていた。全身を包む倦怠感に耐えながら、軽く伸びをする。
洞窟の入り口から差し込んでくる西日の眩しさに、軽く目を覆った。
まだ、夕方だったんだ。
正直、体内時間としてはまるまる1日をあの洞窟で過ごしたかのような感覚だった。
「あー、外の空気っ、甘い森の匂いがするぅ〜」
てってってっと、長身さんが先に出口へと向かって走って行った。
先ほど、僕の手を握り一緒に戦ってくれた、あの気迫はどこへやら...その時とは別人のような無邪気さだ。そういえば、あの炎の渦もなんだったんだろう。結局あれは僕がやったことだったんだろうか。
「あ、ちょ、ちょっと!先輩、待ってくださいよ!!」
外で大きく伸びをしている長身さんの後を追いかけて、獣耳さんが走って行ってしまう。
追いかける気力と元気...は、ないな。
満身創痍だった。転んだり、投げ飛ばされたせいでできた擦り傷と打撲に、異様なまでの疲労感。自分でもなんで歩けてるのか不思議なくらいだ。
ゆっくりと自分のペースで足を進め、なんとか洞窟の出入り口までたどり着く。
長身さんが、僕がきたのに気づいたのかくるりと振り向いた。そして、こちらへと手を差し伸べる。
...この手は、とればいいのかな?
よく分からないまま、その手をとった。
勢いよく引っ張られる。
「う、ぉっ...」
少し転びそうになりながら、引かれるままに洞窟の外へ出た。
青い、森の匂いが鼻先をくすぐる。
大きな真っ赤な太陽は、今日はもう休もうと大きく傾いていた。
背後、太い幹とその下に深い深い洞窟を持つ大樹は燃え盛るような色に染め上げられている。
太陽の反対側からは、まん丸の、青白い月が登ってきていた。月に合わせて飛び上がるいくつかの影も見える。
ふと、ばさり、大きな音と共に一陣の風が吹き抜ける。西日に照らされていた森が、一瞬暗くなった。
何事かと思って空を見上げる。
「...わぁ」
思わず、声が漏れた。
僕の、僕たちの頭上を、巨大な一匹のドラゴンが飛んで行った。
優雅にその羽を翻し、みるみるうちに小さくなって行ってしまう。
「『緑の賢者』。この森を守る、札付きのドラゴンだよ」
風で飛ばないようにと、かぶった帽子を抑えて長身さんが呟くようにいった。
その、優雅でどこか高貴な姿を感心と共に見送る。
「...さて、改めて、になるかな」
その言葉と共に、再度長身さんがこちらに向き直った。
その顔に浮かぶのは満面の笑み。
「異世界へ、ルタティオネへようこそ。イツキ・イロハくん」
これが僕の、本来はあり得ないはずの、第二の生の始まりだった。
「....シュ、フシュ〜....(ご主人に守るように言われてただけなのに...変な甘い匂いにつられて出て行ったら殺されちゃったんだけど...)」
<大樹の虚在住/???歳/lv82/ 札付きコカトリスのGさんのコメント>