転生したくなかった!!-1
こんにちは異世界、さようなら現世。
この憎たらしい世界に災禍と混沌を(大嘘)。
地面に着地すると同時に視界が暗転する。
五感が消える。ただ、体がごろんごろん、と回転する、吐き気を誘発させるような感覚だけが全てを支配してくる。
でも死んじゃえば吐き気も何も関係ない、死んでるんだから。生命活動停止してるんだから。
平凡、平坦、退屈、鬱屈。大好きだった本の中の主人公たちとは程遠い。その二文字たちがもっとも似合う僕の人生は、女の子を助けて代わりに死ぬ。そんな劇的な終わりを迎えた。
......はずだった。
暗転していた視界に光が差す。五感が花開く。
先ほどまで、どこかも分からないような闇の中を転げ回っていた僕の体は、どこか、広い場所へもんどり打って転がり出た。
ドンッ、と、鈍い音と共に後頭部が柔らかな地面に叩きつけられる。
目の前に広がる木々と、長閑な空。
大きな雲がのんびりと流れ、鳥のさえずりが聞こえてくる。
柔らかな日差しが僕の顔を照らし、爽やかな風が頬を撫でる。
鼻に流れ込んでくる、心地よい緑の匂い。
理想的な森林浴空間が、そこにはあった。
「...どこだここ」
静かな森の中に、僕の声が響く。
もちろん、当たり前なんだろうけど、返答はない。
「...どこなんだ、ここはぁ!」
怒鳴りながらガバッと起き上がった。
地面に生えるのはあまり丈の高くない草。周囲には木々。
太陽は中天高く登っている、多分今は、昼時なんだろう。
木の梢に青い小鳥が止まっていて...なぜか、じっと僕を見つめてくる。
「....」
何も言えない。なんかよく分からない。
先ほどまであるかどうかも分からない体を蝕んでいた吐き気ももうなく、今はただ混乱が思考を包んでいた。
くらっ、と、わけのわからない状況の理解を拒否したのか、今は確実に存在する頭が一瞬活動を停止する。
...おかしくなりそうだ。
「...なんなんだぁ...」
わしわしと両手で頭を包むように掴み、強く掻く。
意味がわからない。この状況の意味が。
頭の中を、前も後ろもなく暗闇の中で転がっていたときのものと、薄ぼんやりとした今までの人生の記憶が絡み合う。
僕は確か...確か。
高校に入学して、授業が始まって。
近くの席の人となんとかコミュニケーションを取って。
あの時は...下校、そう、帰り道だった。
同じクラスの、席の近い女子...かなり癖の強い子だった気がする。黒い、長い髪の毛で、いつもその髪を指先に巻きつけていじってて...。目の下にはなぜかいつもクマがあって、ふひひ、なんて絵に描いた不審者のような笑い声の。
強烈な絵ががっつり脳内に焼き付いている。
他の知人が霞むくらいの、悪い意味で輝いてるやつだった。
...もしかして、「転生」。
頭の中でグーグル先生に間違いを訂正されたときのような文面が浮かぶ。
いやいやいや、いや...。
そんな、そんなの、下手なラノベじゃないんだから。
ぬぢゅり。
「っ!?」
静かな森の中、不穏な、明らかな異音が鳴り響く。
思わず振り向いた、僕の視線の先、そこにいたのは。
半透明の、緑色の。
小学校の頃によく作った、洗濯のりとよくわからん粉で作れるあれ。
てらてらと、陽の光を受けて艶めかしく輝く、楕円形の物体。
.....スライム、「だっっっっっ!?」
ずざざざざと砂煙を上げんばかりの勢いで慌てて後退する。
なになになになに!?!?なんだアレ!??
今まで作ったことないような、馬鹿でかい、薄緑の綺麗なスライムがぷるぷると風に吹かれて揺れている。僕の目の前で。
いやいや絶対おかしいって!!!
え、なにここ、ファンタジーの世界かな?いやいやいや、それにしてはやたらめったらスライムの質感はリアルだし可愛い顔もない...し!し!
ぬるり、と、スライムが明らかに風の力じゃない、不自然な動きを見せる。
「ひっ!?」
それに呼応するように僕の喉のそこから漏れてきたのは、情けない叫び声。
スライムはゆっくりとだが、こちらに近づいてきている....?のか?いや、っぽいぞ....!!
ぬるにゅる、ゆっくり、だが確実にもちもちすらいむさんは回転することでこちらへと距離を詰めてきている。しかも、なぜかそのもちプル肌に、地面の草切れや土塊は飲み込まれていない...!!どうなってやがるっ!なんなんだその魅惑のもちもち肌はっっ!!
「ちょ、まっ、なんでっ!?」
ぬちぬちと湿った音を立てながら、ただ淡々と近づいてくるグリーンスライムさん。
いやいやいや怖いって。
明らかに何かしらの意思をもって距離を詰めてきているその不可思議な生命体から感じる妙な威圧感に、ぞくぞくと、背筋を悪寒が駆け回る。
とりあえず、とりあえず距離を取らなきゃ。
なんとか両手と両足を使って後ずさる。臀部に伝わる冷たい湿った土と、石ころ、草の感覚。首筋から背筋にかけて流れるじっとりとした汗で服がぴったりと体に張り付いているのがわかる。死ぬほど気持ち悪い。
スライムなんて、よくあるゲームの中では雑魚モンスターだろ...!?
さっき考えたみたいに、もし、もし僕があの暗闇を通して、変なところにやってきたんだとしても、スライム相手に感じるこの悪寒は一体なんなんだ...っ。
明らかに尋常じゃない汗の量に、嫌な予感が止まらない。
「ふ、っ....っ、っ....!!」
呼気が荒い、心臓の鼓動がうるさい。訳も分からないほど自分の体の音が聞こえてくる。
命?なにこれ、命の危機??体が感じてる系男子かな???
ぬるりと、透明感のある触手がスライムさんの本体から伸びる。
その先端は確実に僕のことを指していて、刺していて。僕は何かしらの意思を彼から向けられていることは自明だった。
そんな必死な僕をさらに脅かしでもするように、がさりとなにか、指先に明らかに森に存在していないようなものが触れる。
「っ!!」
絶体絶命(多分)、かなり追い込まれた精神状態の僕は、少しの迷いもなく、溺れたものが藁でも固くにぎりしめるように指先の何かを手に取った。
乾いた音とともに指先に握られたのは一枚の紙。
紙片!?なんで、なんでまたこんなところにたまたま紙が一枚だけ落ちてるんだ!?
いや、そんなのもはやどうでもいい。最後の命綱、天から垂らされた蜘蛛の糸にすがるような気持ちでその手帳を拾い上げる。
きっと、きっとここにはこんな窮地から抜け出せる魔法やらなんやらが書いてあるんだ!
今までの状況を鑑みても間違いない!僕は、僕は、最強の転生戦士として何かをなすためにこの世界にやってきたんだ....っ..........ぁ.............あ..........?
視界に飛び込んできたのは、大きな黒丸だった。中抜きの。
うん...うん、0だね、0。
体が死を覚悟したかのように、ふっと肩の力が抜ける。
さらに追い討ちをかけるように、その横にはけったいな文章までわざわざご丁寧に記されていた。
『転生おめでとう!君はこの世界に選ばれたよ!頑張ってね!』
...ふっざ、けんっ....なっ..........っ...........ぁぁ....。
怒りと絶望のあまり、その紙片を半分ほど握り閉めてしまう。ぐしゃ、と鈍い音と共に広げられた紙の下半分が歪む。
...なんかそんな気はしてたんだよなぁ...。
いや、だってね、だってね?別に体に力がみなぎったりとかね?手のひらに紋章が刻まれたりとか一切なかったんだもん...。
あれ、なんでだろう、目の前が滲んで文字が読めない...。
足に何かが絡まる感触に、ハッと顔をあげる。
足首が半分ほど、緑色のゼリー状の物に飲まれていた。
目の前には、半透明のすらいむさんが、1Mもないくらいまでに迫っている。
「あ...は、はは...」
喉の奥から諦観じみた笑い声が漏れる。
にゅるにゅると体を飲み込み、包んでいくスライム。
麻痺毒でも仕込まれているのか、じんわりと下半身の感覚が消えていく。
なんとか振りほどこうと動かした両手は、さらに追加で左右から伸びてきた触手に絡みとられて全身を関節決められたような態勢で固定される。
ぐんにゃり柔らかいはずのスライムはなぜか芯が入った粘土細工のように、がっちりと腕に絡みついている。
「ほんっ、と...なんだよ、これ、え....」
下半身の痺れが次第に全身へと伝播してくる。
「あっは..ほん、ろ....」
舌も回らなくなってきた。どんな意図があるのかわからないが、思考回路だけ、諦観していることを除けば器用に動き回っている。
木漏れ日と吹き抜ける涼風、静かな森の中に響く鳥の声とスライムさんの粘着質な湿った音。
透明な緑色のゲルが口元までゆっくりと登ってくる。それに合わせるように、体を覆う鈍い痺れが次第に...頭の中まで。
なん.....なん、だよ...これ...。なんで...僕が。女の子を助けて、かっこよく...死んだつもりだった....の、に。
がささっ、と、木々を搔きわける音が遠く耳に入る。
まだかろうじて動く眼球が、音にのした方向へと自然に流れるように動く。
明るい森の中、元気な緑色の木々を押し分けて出てきたのは...穴の空いたバケツをかぶった、重装備の騎士だった。
お....う、悪夢。
全身ボロボロ、傷だらけ。小さな子供が飽きるまで遊んだ、騎士の人形のような見た目の。
その手には、刃こぼれのひどい大剣が握られていて。
そこで僕の意識は、どっぷりとした粘りのある闇の中へ溶け込んでいった。
『......ぷるぷる(なんかいつも通り散歩してたら雑魚が転がってたんすよねwwいや、これ幸い、って感じですよ。人型はエネルギー効率ドチャクソいんすよねwwww)』
<木漏れ日の森在住/5才/lv42/森林スライムのPさんのコメント>