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幕間:よろしくね異世界。

無事、訳もわからず拉致られ、縛られていた状況から脱出した僕。

ギルドの拠点となっているらしいひまわり亭に運び込まれる。

そこで、出されたご飯を食べている僕のところに二人が戻ってきた。口を開いたメリル、そこから飛び出した言葉は...。

結局、あのあと僕はぶっ倒れた。あの建物を吹き飛ばした魔術、それでいろいろと吹っ切れたらしい。メリルと、コットンさんの前で糸が切れたように横になったんだとか。うっすらと残っていた意識で、青い手に体を運ばれたのは思い出す。

しっかりと意識が戻ってきたのは、ひまわり亭のベッドの上だった。二階の宿、空室を一つ借りたんだろう。

...僕の、あの時の魔術が、居場所を発見するきっかけになったらしい。

まぁそりゃそうか。建物の屋根ぶち抜いて炎の柱が立ち上がったら誰でも気になる。

きゅるきゅると、台座についた車輪が回る音。


「イロハくん、ご飯できたよー」

「こんな格好ですいません...ありがとうございます」


扉が開き、甘い蜜と、美味しそうな料理の匂いが部屋の中に流れ込んでくる。リンダさんがお盆にご飯を載せて持ってきてくれた。

あの魔術のせいかその代償なのか、全身の力が入らなかった。ベッドに横になったまま、横の机にパンと、スープが並べられていくのを眺める。


「いやはは、それにしても頑張ったね、お疲れさま」

「がんばった...ん、ですかね」

「いやぁ、もう噂になってるよ?聖十字街で爆発騒ぎ!二度にわたる爆発と炎の柱の正体は一体!?ってね」

「うわぁ...マジ、ですか」

「まじまじ、おおマジよ。はい、じゃあチーズパンとキノコのシチューね。私のおすすめはひたして食べるのかな。お金はメリルが出してくれたから、ごゆっくり」

「はい...どうも」


そういってリンダさんは戻っていってしまった。

階下からは、楽しげな笑い声と話し声が聞こえてくる。

そっか...そういえば、ここは宿屋であり居酒屋、だった。

これ、食べていいんだよね...。また、奢られてしまった。

湯気をあげるシチュー、は、あとでいいや。パンを手に取り、小さくちぎって口に放る。今日1日、昨日から引き続きいろいろありすぎて頭がパンクしそうだ。捕まってるときに少し考えたおかげで、ある程度の整理はついた。なんでかわからないけど、僕はこっちの世界に生まれ変わって、ポンコツ巫女に振り回された。

そして...なんか良くわからないけど、いろんな加護を受けることができる、そういう特性みたいなのがあるらしい。


「...美味しいな、これ」


勧められたままにシチューにパンを付けて食べてみる。しっかりとキノコの味がするスープが、少し隙間の多いパンに染み込む。シンプルに美味しかった。

いろいろ不満はある。僕がこんな状況になった原因はあの人たちにあるし。けど...あの人たちがいなかったら僕はまだ、森の中を彷徨っていたのかもしれないし。

そう考えると、なんとも言えない気持ちになる。正直恨みたいところはあるけど、してくれたことを考えれば感謝しても仕切れない。身寄りのない僕に、仕事とはいえ、いろいろ教えてくれた訳だし。それに、根本的には女神さまとやらが諸悪の根元だったりする。...そう考えると、巫女の二人は別に、いや、悪くない訳じゃないけど、そんなに責任はないわけで。

なんとも言えない、これが葛藤っていうやつなんだろうか。

ただひたすらもやもやと頭の中が絡まっていて、変な気持ちになる。

僕は、これからどうしたらいいんだろうか。

目下、目標は定まってる。女神さまに...文句をいってやる。それだけは絶対にやる。もし文句を言えなくとも、なんで僕をこんな場所に、あのタイミングで生まれ変わらせたのかどうしても知りたい。

お盆の上に置かれた匙を手に取り、一口シチューをすする。

突然、バン、と勢いよく扉が開かれ二人が転がり込んできた。


「イロハくん、大丈夫!?」

「ちょ、先輩!イツキさん疲れてるんですから!!」


灰色の髪をした背の高い女性と、クリーム色の毛玉。

あの二人だった。


「あぁ...まぁ、うん、それなりに」

「おぉ!よかったー!」


無駄にいい笑顔。

メリルは部屋に備え付けの椅子を二つ引っ張ってきて、コットンさんと一緒に腰掛ける。

そして...。


「本当、今日はごめん!!」


勢いよく、頭を下げた。


「え...?」

「ほんっとに...昨日、今日とごめんなさい...」


繰り返し謝罪の言葉を述べる。椅子の上に座り、先ほどまでと打って変わって俯いている。その体はひとまわり小さく見えた。


「えぇ...な、なに、突然どうしたの?」


説明不足を悪びれることなく、むしろこちらが驚く様を見て喜んでいた。メリルの言動からそう思ってたのに、ここで突然謝る、のか。

しゅん、となったメリルの横で、コットンさんはすました顔で座っていた。


「...いや、ね、その...ごめん。いろいろ、話も聞かずに迷惑かけたなって。酷い目に合わせて、怒ってるだろうなって」


顔をあげて、メリルが話始める。


「その、そちらの考えも聞かないでさ、いろんなところ連れ回して...んで、拉致までされちゃって。だから...その」

「その?」

「今、思ってること、不満に思ってることを全部聞かせて欲しいと思って!」


また唐突な...。

いや、でも、いろいろ考えてくれた...のかな?メリルは昼間の姿とはもはや別人。こちらの顔色を伺い、おずおずと言葉を紡ぐその姿は小動物のようだった。


「...ギルドにも、無理やり入れちゃったし...。巫女として、最低限、伝えなきゃいけないことは伝えたから。嫌だったら、抜けてもらってもいいから。これ以上、関わらないようにもするし」


喋りながらメリルの体がどんどん小さくなっていくような錯覚を覚える。


「本当は、うちのギルドも人少ないから...そのまま、入っていて欲しかった、けど、そんなわがまま、ここまでのことした私には言えないから...」


言葉尻もどんどん小さくなっていき、最後には聞き取るのも難しくなってしまっていた。


「えっと...じゃあ」


その態度から反省しているのは明らかだった。今日の昼間、ふつふつと燃えていた怒りはなんだったのか。目の前の小さくなった灰色の小動物に対して、僕の抱いた感情は哀れみに近かった。

今更だけど、本当はなかったはずの命だ。勝手に拾われて、押しつけられた命。それがすごいことなのはわかるけど、我ながら、僕はどこか色々なことに無頓着になっているようだった。


「...あのさ、少し聞きたいんだけど」

「ん、はいっ」


僕の言葉に、まるでウサギのように体を跳ねさせる。


「女神さまってさ、どんなときに、どこに、どのくらいの感覚で来るの?」

「え?..えっ、と。時々、年に一回くらい。ふらっといろんな街の教会に現れて...市街地にいることは、ないみたい。あ、あと、巫女の前に突然フラッと現れたりとか」

「声は、いつ聞けるの?巫女から話しかけたりは?」

「え、え?んっと...お告げは、新しい転生者さんが来るとき。こっちからはできない、かな」


そうか、なるほど。だとすると...女神さまと接触するには、教会にいるか、巫女と一緒にいなきゃいけないわけか。

正直、すでにメリルに対する怒りはなんというか、もうどうでもよくなっていた。茹っていた頭によって練られた思考がゆるりと解けていく。もちろん、まだ不満は少しあるけど。


「...流石に、いろいろ困惑したけどね。突然スライムに襲われて、たどり着いたお店では突然仕事を任されて」

「うぐ...」


メリルがさらに小さく縮こまる。

でも、もう彼女たちに対してのものは弱くなっていた。


「その仕事に行けば洞窟の中だし、訳のわからないモンスターに襲われるし...」

「ごめん...」


やけにしおらしいなぁ...。最初っからこの調子だったら、ちょっとはよかったんだけど。


「大変だったし、ちょっと焦りはしたけど。...でも、その分助けてもらったから」

「うぅ...本当に、ごめんなさい......って、え?」


信じられないことを聞いた、というようにメリルが顔をあげる。


「ん?いや...ほら、いいよって。大丈夫だって」

「え、え?許して...くれるの?」


瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた。


「うん...というか、僕もいろいろお世話になってる身だからね...むしろ、こっちが気後れするくらいだし」

「え、うぅ....やっ、た、ぁ....っ!ありがとう、ありがとうイロハくん...っ!!!」

「うぉ、ん、なっ!?」


メリルの体がウサギのように跳ねる。その勢いのまま、突然抱きついてきた。灰色の髪の毛が波のように宙に広がる。甘い、花の香りが鼻先をくすぐった。


「ちょ、メリル!?な、なんで突然」

「よかったぁ...よかったよぉ...私、私嫌われちゃったとおもってぇ...」


首に手を回し、強く抱きしめてくる。僕の首筋に顔をすりつけ、ぐずぐずと泣き声をあげている。

やわらっか、柔らか、めっちゃやわらかい。あとすっごいいい匂いがする。それに体大きく見えたのに意外と線が細いんだな。かっる。着ると太って見えるタイプなのかな?あとなんか首筋しっとりしてきたんだけど。

って、いやいや、そうじゃなくて。

初体験の感覚に溺れそうになる頭を無理やり叩き起こす。


「え、なになに、どうしたの!?ちょっと激し...くない?」

「...先輩は、なんでか知らないですけど、妙にイツキさんのことがお気に入りだったみたいなんです」


すました顔でメリルの隣に座っていたコットンさんが、おもむろに口を開いた。

なんだろう、意外すぎて少し戸惑う。


「えぇ、お気に入り...?」

「そうです。イツキさんがさらわれたとき、すごい勢いで助けにいったんですから。あんな必死な顔、久しぶりにみましたよ」

「へ、ぇ...」


そう、だったのか。

二人が追いかけてきているという話は聞いてたけど...そんなに。


「それに...人員不足は、本当なんです。うちのギルド、二人しかいなくて」

「うぅ゛、そうなの...。人で足りなくて...そもそも運び屋が少ないのにぃ゛...」


メリルが顔をあげる。涙と鼻水でずるずるだった。というか肩と首筋がぐっしょりなんだけど。


「わ、わかったわかった!わかったから!!」


メリルの肩を掴み、無理やり引き剥がす。このままじゃ、まともに話もできない。

ぐずぐずと鼻をすすり、まだぐずっている。


「じゃ、じゃあさ、取引しよう」

「うぇ...とり、ひき...?」

「取引、ですか?」


僕の提案に、二人が揃って首を傾げる。


「そう、取引」


目の前、ぐしゃぐしゃになったメリルさんの顔をしっかりと前から見据えて目を合わせる。


「これは僕のちょっとした願望なんだけど...」

「ん...うん?」

「女神さまに、会ってみたいんだよね」

「うぇ...なんで?」

「や...まぁ、なんでも。それで、神様と会うには巫女と一緒にいるのが都合いいみたいでさ」

「そっ、か...あれ、ってことは、それって...?」


流石に、女神さまのお使いである巫女に直接文句を言いたいっていうわけにはいかないからなぁ。

再度、メリルが首を傾げる。


「えっと...まぁ、今更で憚れるんだけど...人員不足みたいだし。ギルド、是非入れて欲しいな、って」

「イロハぐぅぅぅぅんんん゛っ!」


涙と鼻水を撒き散らしながら、メリルが再度勢いよく抱きついてきた。

強い、さっきより明らかに力が強い。首筋に顔を埋め、そのまま腕が締まる、締まる。首が締まる。


「ぉえっ、首、くびが...っ!!!」

「あ、ご、ごめん...っ!」


跳ねるようにメリルが離れる。

えへへ、と気恥ずかしそうに笑えばコットンさんの隣に再度、改まったように腰掛けた。


「まったく...周りくどいですね。もっとすぱっと言ってくれれば気持ち良くていいんですが」

「ほら、ぬこちゃんも憎まれ口なんて叩いてないで!なんだかんだイロハくんがさらわれたとき、焦ってたじゃん!」

「な!?先輩は、そ、そういう余計なこと言わなくていいんです!!」


不服そうにコットンさんが頬を膨らませた。

倒れかかるようにメリルが隣のコットンさんに寄りかかる。膨らんだ頬を指先でちょいちょいとつつき、楽しげに笑っている。

そうか...意外と、心配してくれたのか。やたらとあたりは強かったけど。


「...なんか、ありがとね。コットンさん」

「んっ...それ...いや、いいです」


一瞬顔を曇らせたあと、それを振り払うように顔を振る。


「そりゃそうでしょう、誘拐されたんです。誰でも心配になりますよ!もう!!」


その膨れっ面が、今はどこか可愛らしかった。

...あ、そう言えば。


「なぁ、メリル。女神さまって、最後に来たのいつくらい?」


一年ごとくらいにくるらしいから、それを把握しておけばなんとなくだけど目標はできるだろう。

コットンさんを抱きしめ、頬擦りしていたメリルがこちらに向き直る。


「あー...大体、2、3年くらい前、かな?」

「え゛」


え、あれ...あれ、メリルさん?聞いていたことと、かなり年数が違うんですけど。具体的に言うと、2から3倍くらいあるんですけど。


「なんか、女神さま調子が悪いみたいなんだよね〜...。イロハくんがくることになった時、声を聞けたのが最後に会ってから初めて、くらいだったし」


え、え...え?


「あぁ...そうだ、イロハくん女神さまに会いたいんだったよね」


メリルがコットンさんの頬をもちもちと摘みながら言う。


「次に、女神さまが来てくれるのは...いつになるか、正直わからないかなぁ」


えへへ、と照れ臭そうにメリルが笑った。

...いや、笑い事じゃないですよ。

まぁ、とりあえず一年以内には達成されちゃうだろう...そんな風に、呑気に考えていた僕の目標は、物凄いスピードで手が届かないところまで走り去っていってしまった。



✳︎     ✳︎     ✳︎



かくして、僕はギルド「エッジウォーカーズ」に正式に所属することになった。

僕が女神さまに会うためには巫女と一緒にいることがほぼ必要不可欠。そして、巫女が経営している運び屋ギルドは人員不足。これで、綺麗に僕らのギブアンドテイクは成立したわけだ。

なぜか僕のことをやたらと気にかけてくる、説明不足が目立つ巫女。あと、やたらめったらあたりの強い獣耳の少女。

このギルド、どうなんだろう...正直、不安しかない。いや、他のギルドを知ってるわけじゃないし、ギルドの一般的な形も知らないんだけど。いわゆる企業なのに、従業員は僕を入れて三人か。...中小企業にしてもほどがあるというか、個人商店にしても規模が壊滅的というか。

しかも僕はこのギルドの活動内容も具体的に把握してない。

...あれ、僕、もしかしてやらかしたか?


こうして、多くの紆余曲折を経て僕の異世界生活はスタート地点に立った。立つことができたのだった。

...こんにちは。

改めて、よろしくね異世界。

「え...えっ、えぇぇ...?一年じゃ...というか、いつ会えるかもわからないの...?...わからない、のか。.....僕は、どうすればいいんだ」


<住所不定、ギルド「エッジウォーカーズ」所属/16歳/lv1/Iさんのコメント>

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