街の喧騒とちょっとした決意-8
なぜか拉致られてなぜか椅子に縛りつけられている僕。
...なんで、こんなことになってるんだろう。なんで僕はこんな目にあってるんだろう。
なんか...なんかイライラしてきたな。訳がわからない、理不尽だ。僕が何したっていうんだ。
脱出...してやる。
「...はぁ」
本当になんなんだろう、この状況。
無駄に足掻いたせいで足首にも、もっと縄が食いついていた。痛い。
...なんだろう。
西陽が眩しい。割れた窓ガラスに光が反射している。
...なんだろうな。
昨日、ぐっすり寝たから取れていたと思っていた疲れはまだ残っていたらしい。同じ体制で拘束されていたのか、腰と肩が凝り固まって、なんか痛い。
...なぁんか、うん、イライラしてきた。
「なんで僕がこんな目に...」
適当な神様に実質拉致するような形でこっちの世界に連れてこられたのが昨日。
正直、元の世界に未練とかはほとんどない。退屈がぎっしり詰まってたあの日常はもうあきあきしてたし、我ながら綺麗な最後だったと思う。というか、あれで終わってくれればよかったのに。
転がり出たのは森の中、そして本来はいるはずの案内役の不備でスライムに飲まれた。それに続いて、何も話を聞かされないままに謎のお仕事からコカトリスとやらの相手をすることになって。
そして起きたらなぜかよく知らない街、そこでは魔力が一切ないかもしれないとか言われて。教会とやらで良くわからないジョブがなんかすごいという話をされて。やっとご飯を食べれたと思ったら、突然ぶん殴られて拉致られた。女神とその手先である巫女にいいように振り回されている。
あれ、なんだろう。昨日から起こったことを羅列しただけなのにふつふつと怒りが湧いてくる。
...やっぱり、女神さまとやらは絶対に許さん。直接文句言ってやる。
昼前の決意がまた固くなった。
とりあえず、この状況を放置しとくのも、なぁんか女神さまの手のひらで転がってる感じがして嫌だ。あと僕のことをぶん殴ったあの赤髪...ワインレッドさんにも、一泡吹かせたいところだ。
「...よし」
...脱出、してやろう。
この状況を抜け出してあっと言わせてやる。後頭部のコブの分くらいは驚かせてやる。
扉の向こうからは、依然話し声が聞こえてくる。まぁ、何か起きない限りこっちにくるってことはないだろう。
となると、まずはどうやってこの縄を外すかだ。
ここから脱出するとしたら...力尽くで千切るか、それ以外か。それ以外が思いつかないけど。
再度、今度は音を立てないように手首の縄に触れてみる。
うわ、本当だめっちゃ硬い。
指先がざらりとした感触に触れる。でも、その毛先がまるで縄のような柔らかさを持ってない。というかもはやトゲみたいだ。爪で突いてみるとカチカチと音がする。先ほどワインレッドさんの言っていたことははったりでもなんでもないらしい。
いや、硬すぎでしょ。
これを無理やり引きちぎろうとしたら、むしろ僕の腕がもげそうだ。
とりあえず、千切るのは無理として。
そうなると他に何かいい方法はあるだろうか。
硬くさえなければ、ただの縄なら、身体能力の向上を加護として受けられるらしい傭兵にジョブを変えれば千切れるだろう。メリルとレミさん曰く、傭兵なら木の棒を叩き折るくらいは容易らしい。それならできるだろう。
だとするとなんだ、 ワインレッドさんに硬化の魔術をといてもらうとか?
いや、いくらなんでも現実的じゃなさすぎるな。というかまぁ無理だろう。さらった相手にといてもらおうって...流石に都合が良すぎるなぁ。
だとすると、何か鋭いものを用意する...や、それも無理か。万力バサミでも切れないらしいから。
というかそもそもそんなもの用意できない。もし魔術を使ったとしても、そんな魔術知らないし...。
...魔術?
ふと、昨日の洞窟のなかでのことを思い出す。あと、昼間の教会。
『空を食め「炎熱火球」』
切れないなら...燃やせばいいじゃない。
足元の縄を見てみる。
どうやら麻とか、そう言った植物系の材料を使っているっぽい。流石に腕と足で縄を変えてるってことはないだろう。
...燃やすか。
幸い、魔術は一切習ってないけど火球のやつだけなら覚えている。
コットンさんは指先から火の玉を出してたな...昨日も、炎が出たのは剣の先からだった。なら、よほどのことがなければ指から出てくれる...はず。わからないけど、多分。
それに魔力も全くないってことはない、はず。ギムルさんのとこでは心臓が止まりそうになったけど、加護には魔力を使うらしい。そして、その加護はちゃんと発動できた...というか、なんか沢山できるらしいし。良くわからないけど、そこはすごいんだとかなんだとか。
よし、これで方針は決まった。
魔術を使うとなると...ジョブは魔道士か。
「よし...ふぅ、『夜を飲め』」
習ったばかりの、黒魔道士の加護を受けるための呪文を口にする。
ずるり、と黒い、煙のような液体が胸のあたりから湧き出した。
「うぉ...!?」
黒い液体は胸からゆっくり肩へと上り、そのまま手の先の方へと流れていく。
ちらちらと液体が二の腕あたりに見える。手...まで行ったのだろうか。目で見えないから良くわからないし、もともとどういう加護なのかわからないからこれであってるのかどうかもわからない。
...うん、よし、これでいいってことにしておこう。
次は...騎士だ。
騎士は体の表面に盾を出すことができるらしい...どんな盾かは知らないけど、レミさんがそう言ってた。
指から火を出すんだから、自分に当てて火傷なんてしたらつまんないしな。
先に騎士の加護を受けておけば何か変に怪我することはないだろう。
「『万夫の盾を』」
唱え終わるとほぼ同時に、体の表面に、胸を中心としてそこから広がるように正六角形の小さな、半透明の光の板が広がっていく。手のひらに収まるくらいの大きさで、薄青く発光している。
「...おぉ、すごい」
一度瞬く間に、その板は全身を覆っていた。
これが盾...か。すごいな。ちょっとかっこいいと思ってしまった。
「んわ!?リリスさん、騎士の加護使ったっすか!?」
「え?使ってないけど...んぇ!?なにこれ!」
扉の向こうから聞こえてきていた話し声のトーンが、突然大きく変わる。
騎士の、加護...?え?
たらりと冷や汗が垂れる。
ばたばたと騒がしい足音と共に、ドアが勢いよく開かれた。
「人質くん、何かした!?」
慌ただしく扉から現れた二人の体は、僕と同じように六角形の小さな板が覆っていた。
バッチリワインレッドさんと目が合う。彼女の視線が僕の顔から下の方へと流れていく。
「...逃げる気!?」
「あ、やばい」
どうやら思惑がバレたらしい。
「『空を食め、炎熱火球』!」
「シルバー!」
「了解っす!」
ワインレッドさんの呼びかけに、ぐ、とシルバーさんが力をためるように蹲り、バネのように跳ね上がった。
はっや。まるで野生動物。犬か何かだ。
扉と椅子の間に開いた2メートルとすこしくらいの距離を、一瞬で詰めてくる。
背後、背中からは何も感じない。本来なら指先から熱気が出ていて欲しいところなんだけどっ。
どうやら一回目は不発だったらしい。なんだ、呪文が間違ってたか、それとも言い方が悪かったかな?
でも、僕に魔力がない...それはないはず。さっき、加護はしっかり発動してくれた。
よし、ダメなら...もう一回だ。
「っ、『空を食め、炎熱火球』!」
呪文の詠唱が終わったか否かでシルバーさんに勢いよくのしかかられる。
ガタン、と音を立てて縛られた椅子ごと地面に転がった。上にシルバーさんが跨がり、ギッ、と睨み付けてくる。
腕の感触は..どうやら、二回目も、不発らしい。手首には、ガッチリと固くなった縄が巻きついていた。
...試合終了、だ。縄を焼けたところで、それを感づかれてしまった以上再度縛られるのがオチだ。
チキって騎士の加護なんてつけてなければよかったな...そしたら気づかれなかったのに。
我ながら、生まれ変わっても小心者なのが情けない。あのとき頑張ったのは本当にすごかった思う、本当に、うん。
魔導傭兵というだけあるのか、ワインレッドさんはどうやら僕が何をしようとしたのかはわかったらしい。
渋い顔で倒れた僕を見つめていた。
「シルバー、手首と体押さえといて。縄とってくるから」
「あいあい!了解っすリリスさん!」
「はぁ...もう。まだ加護と魔術は使えないって話だったじゃない...」
ため息をつけば、ワインレッドさんは扉を開き戻って行ってしまった。
馬乗りになったシルバーさんと一緒に部屋に残される。
...失敗かぁ。名案だと思ったんだけど。
いや、案自体はよかったのか。問題はビビって騎士の加護を使ったこと。
再度、自分の小心者具合に嫌気がさす。
ぐったりと脱力する。
あー...生まれ変わっても、人間って変われないものですね。剣と魔法を手に入れても人間こんなものか...。
「...意外と根性あるっすね」
「え...?」
上からかかった声に視線を向ける。
シルバーさんが、どこか楽しげな顔でこちらを見ていた。
「いやぁ、札付きを倒したっていうギルドだから期待してたんすけど、あまりにも無気力だったんで」
「あぁ...」
情報って早いな。札付き...多分だけど、昨日のコカトリスのことだろう。
「いやぁ...ご期待に添えなくてすいませんね」
「いやいや、自分はもう満足っすよ!やっぱこういうことするんならそれなりの抵抗は定番っすよね!」
ぴこぴこと、銀色の耳が機嫌よさげに揺れている。
「悪者対正義の味方!この対立でバッチリ戦うのは定番っすよねー!本当はリリスさんが正義の味方だとよかったんすけど!!!」
やたらめったら楽しそうだ。僕の手首を押さえていた手を離し、空中でシャドーボクシングじみたことをし始める。
すごい、なんだろう...なんというか、この人は。
「こういう逆境に陥っても、知恵と力を使って、こう、なんていうんすかね!ズドーン!ドカーンと!!」
楽しげというか...。
「やっぱ、そういうのってかっこいいっすよねー!」
単純、なのかな?
「あはは...まぁ、わかります、はい」
「あ、わかるっすかー!?そうっすよね!そうっすよね!!」
うんうん、と繰り返しシルバーさんがうなづく。
と、雑談?をしていると扉が開いた。新しい縄をもってワインレッドさんが戻ってくる。
「やっぱり、逆転劇はこう...」
「シルバー、ちゃんと押さえておいてくれた?」
「ドカーンと!」
ドゴォォォォン。
シルバーさんの言葉と同時に、僕の背後から爆音が鳴り響いた。
肌を焼く...ほどじゃないけれど、確かな熱気を感じた。そして、頬を叩くような風が吹き抜ける。
ヒビの入った窓ガラスが勢いよく吹っ飛ぶ。地面に落ち、派手な音を立てて割れた。
「っぃ、ぇ!?」
目の前と上の二人の視線が僕の背後に流れる。
「ちょ、シルバー!?何してたの!?」
「えええええ!?!?!や、自分は何もしてないっすよ!?」
訳もわからないまま後ろを振り向いた。
僕の背後...西日の入ってきていた窓のついた壁は、きれいさっぱ入りなくなってきていた。どうやらここは二階だったらしい。一階建ての建物たちの屋根が地平線のように見え、夕日が部屋を照らしていた。黒く焦げた天井、床はプスプスと燻り、音を立てている。焦げ臭い匂いと、近くの店からだろうか、美味しそうな料理の匂いが、風と一緒に漂ってきていた。
「えぇ...?」
意図せず、口の端から困惑の声が漏れる。
僕の体を縛り上げていた椅子はどこかに消え、手首の縄も黒い跡になっていた。
ただ、体と服はなんともない。倒れるように床に座り込んだシルバーさんも、その体に傷は見られない。訳がわからないという顔で、きれいに開いた壁の穴を見つめていた。
「はぁ...えぇ...?」
ワインレッドさんの口からは、呆けたような声がこぼれていた。
魔術...成功、した?いやでも、でも...昨日見たのとも、昼見たのとも違いすぎるだろ。
これじゃまるで...火の玉っていうか。
「爆発じゃん...」
起き上がり、座って壁に開いた穴を見る。火が木造の建物に燃え移ってる、そんな様子はない。縁はくずぶってるけど、きれいに壁が消し飛んでいた。
少なくとも、魔術であることは確実だろう...。この世界に爆弾があるとは思えないし、ここに仕掛ける意味もわからないし。
でも...そうすると、やったのは僕、になるわけで。
シルバーさんは、まだ呆けたように穴を見ている。彼女が呪文を詠唱したのは聞こえなかった。それに、ワインレッドさんもさっきここにきたばかりだし。
あれ、ちょっとまって僕。
「二回、詠唱してる...?」
「っはぁ!?」
「ぇ、そういえばそうだったっす...っ!」
手元に目を向ける。指先には、小さな火の玉が渦巻いていた。
「...やべ」
火の玉はぐるぐると渦巻き、周囲の空気を吸い込むようにして、瞬く間に大きくなっていく。
「シルバー!逃げるよ!!」
「うぇ!?リリスさん!?」
ワインレッドさんがシルバーさんの手を掴み、勢いよくドアの外に駆け出していく。
やば、ヤバイ、これを人に向けるのはヤバイ。それだけはわかる。背後の壁が消し飛んだ。これ絶対に人に向けちゃいけないやつ!!
すでに火の玉は手では隠しきれない、メロンかスイカほどの大きさになっていきている。
横はダメだ。下...もダメか。背後に穴が開いてわかった、どうやらここは二階らしい。ならもう一方向しかない。
「どうか何も上空にいませんように...っ!!」
火の玉が渦巻く人差し指を上空に向けた。
瞬間。
爆音と共に、指先から炎の渦が吹き出した。壁や床を叩くように風が渦巻き、広がり、窓ガラスに残っていたガラスの破片を勢いよく吹き飛ばす。炎は天井を突き破り、そのまま渦巻ながら天へと登っていく。
「...うわぁ」
炎の勢いは少しずつ収まり、やがて消えた。
天井...が、あった場所。壁の縁はプスプスと燻り、細い煙をあげていた。がたり、とギリギリ壁に張り付いていた、燃え残りの板が床に落ちた。
訳のわからない事態とそれからくる疲労感、ぽかんと口を開けたまま、ぱたりと上に向けていた手を落とす。
「...僕の体、どうなってるの」
天井に開いた馬鹿でかい穴。というか天井がなくなってる。
黄昏時、濃い青色に染まった空に、赤く染まった雲がのほほんと浮かんでいる。
あー...意味がわからない、疲れた、なんかめちゃくちゃお腹すいた。僕はなんでここにいるんだ、なんのためにここにきたんだ...。僕は、どうすればいんだ。
あ、鳥だ。呑気に夕日を受けながら飛んでいる。
あまりにも開放感が良くなりすぎた部屋。夕暮れ時の風が気持ちいい。
なんかもう、いろいろめんどくさい。深いため息と一緒に目を瞑った。
それから何分も経ってないだろう。がたたん、と、床に落ちた板を踏む音に視線を横に戻す。
「...イロハくん?」
「うわ...これやったの、もしかしてイツキさん、ですか?」
崩れかけた扉の前には、見慣れ始めた二人が立っていた。
「...はへ...物凄い炎だったっすね...。壁にまん丸な穴...リリスさんと逃げてるときにも、後ろ見たら巨大な炎の渦が突っ立ってましたし...ひぇー....加護とか魔術、使えないって聞いてたんすけど...いやぁ、 燃えるっすね!!情報操作に必殺技!敵ながら天晴れっす!!」
<住所不定、所属不明/16歳/lv46/デミのSさんのコメント>