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街の喧騒とちょっとした決意-7

訳もわからず拉致られた僕は、どこかの廃墟で目を覚ました。

壊れかけた壁と、窓からさす西日。どのくらい時間が立ったんだろう...。

ぼんやりとしている僕の耳に、呑気な二人の話し声が聞こえてきた。

「...あぁ〜...」

「先輩、今日はこの後どうします?」

「ん〜...とりあえず、明日からのお仕事のために装備の新調と、イロハくんにも買わなきゃね」

「...そっか、イツキさんもこれからは一緒にお仕事ですもんね」

「そうそう...これからは一緒に過ごすことになるんだから」

「それって...ちゃんと、話してます?」

「んー、まだ。ま、大丈夫でしょ?」

「あぁ...やっぱり。そういうのちゃんと話した方がいいですよ?先輩」


午後の日差しが気持ちいい。

思い切り伸びをする。


「イツキさん、昨日から先輩に振り回されて次々情報詰め込まれてばっかりですから。...多分、いろいろよくわかってないですし」

「あはは、ぬこちゃんは心配しすぎなんだって...大丈夫大丈夫」

「ほんとにもう...巫女は転生者に寄り添うのが仕事じゃないですか...」

「大丈夫だって!これ経験談だから」

「先輩の経験はいまいち信用ならないんですー!」

「お、いうねぇぬこちゃん?うりうりぃ!」


クリーム色のもふもふした小さな頭を抱きしめて頬擦りする。


「っちょ、先輩...くるし、ですっ!!」

「生意気言う後輩には容赦しませーんっ!」

「も、もうっ!イツキさんが見てたらどうするんですか...っ、というか、イツキさん、見てるなら助けてくださいよっ!」

「ダメです、やめませんっ!イロハくんがなんて言ってもやめません〜っ!」

「うぇぇ、勘弁してくださいよぉ〜っ!」


 あれ、そういえばまだ戻ってきてないのかな?

もふもふを抱きしめたまま振り返る。その時だった。

ゴキッ、と鈍い音が後ろから聞こえてきた。それと同時に「いってっ!!」と言う叫び声も聞こえてくる。


「...あれ、もしかして」

「んぇ、先輩、どうしました...?」


腕の中でぬこちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「...いや、イロハくん遅いな〜って」

「...確かにそうですね」


路地の隙間から、先ほどすれ違ったフードの人が駆け出してくる。

そして、彼が小脇に抱えているのは...。


「...あれ、先輩、あの抱えられてるのって...」

「イロハくん...だね」


フードの人は私たちに目もくれず、十字街の外れの方へと風のようにかけて行く。

数秒でその姿は見えなくなる。


「...先輩?」

「あっ!?...ちょ、まってそこの人!!!」


呆けていた意識がぬこちゃんの声で戻ってくる。

イロハくん拉致られた!?

ヤバイ、これはちょっとヤバイかも...っ。いや、コカトリスと引き合わせて、無理やり戦わせることになっちゃったのも、ちょっとヤバかったけど...私も悪かったしっ。

とりあえずぬこちゃんを下ろす。

流石に拉致られるのは初体験なんだけど...っ、しかも身内だし。


「先輩、どうします!?もう見えなくなっちゃいましたけどっ!!」

「え、えっと...いや、うん、とりあえず追っかけなきゃ!!」


イロハくん、昨日からいろいろトラブルに巻き込まれすぎじゃない...?


「『疾風と轍』、ぬこちゃんついてきてっ!」

「え!?あ、はいっ!『疾風と轍』ッ」


追っかけるなら、これしかない...っ。

運び屋の加護、継続的な移動能力の強化。

こうすればなんとか追いつけるかも...。でも、 相手の足の速さも並大抵のものじゃなかった。何か移動系のジョブについてるか、それともそう言う魔術なのか...とりあえず追いかけないと。

詠唱を終えると、足元に風が集まるのを感じる。そのまま、勢いよく一歩踏み出した。



✳︎ ✳︎ ✳︎



「リリスさん、さすがっす...!!横から見てましたけど、あの二人の追ってから逃げ切るなんて...っ。んで、この後どうするんすか?」

「ま、まぁね?私の魔法はそこらの魔術師よりは上等だし!?...って、ちょ、リリスさんって呼ばないの!ミス・ワインレッドって言わないと!私たちの名前バレちゃいけないんだから!」

「あ、ごめんなさい!了解っす、ミスワインレッド!」

「よろしい、ミス・シルバー!」


やたらと騒がしい話し声で目が覚める。

木製の、古びた扉が目に入った。意識がはっきりしてくると、後頭部に鈍い痛みが走る。痛む頭をさすろうとしたところで、両手が拘束されていることに気づく。

どうやら、椅子に座った姿勢のまま縄で縛られているようだった。両足は椅子の足に縄で固定され、両手は背中に回す形で手首を縛り上げられている。

あ〜...そうだ、そうだ。

ぼんやりとした頭で何があったのかを思い出す。

確か路地裏で、謎の人物に突然殴られた...んだった、よな。


「あ〜...いってて...」


どうやら、随分と古びた部屋の中に放置されているようだった。

板張りの床と、壁紙が所々剥がれた、ボロボロの壁。割れかけた窓からは橙色の明かりが差し込んできている。

あと、まぁまぁ広い。十何畳かあるんじゃないだろうか。

なんか、酷くぼろくさいと言うか、よく言っても廃墟というか...。

というか、なんで僕は拘束されてるんだ。しかも殴られたし...って、あぁ。


「...拉致、されたのか。僕は」


この縛り方、いわゆるギャング映画みたいなので見たことがある。というか食い込みがちょっと痛い...。

無理やり解いてみようとするけど...まぁ、無理だよなぁ。椅子を揺らしては見るけれど、もちろん意味はない。というか足に縄が食い込んで痛かった。やるんじゃなかった。

あからさまな非常事態に、思いの外冷静な自分に驚く。いや、というよりは、とっくの昔に許容量をオーバーしてもはや考えるのをやめているのかも、しれない。それとも...慣れ、たのかな。や、それはやだ。

なんて悶々と考えていると目の前の木製の扉が開いた。


「お、目覚めたみたいっすね!」


やたらと元気のいい第一声。

扉を開け放ったのは、見たことのない銀色の髪をした女の子だった。

声からして女の子っぽいけど...結構大きいな。僕と同じくらいは背がある。


「はいはーい!どもども、おはようございますっす!しっかり眠れたっすか?」


いやいや、しっかり眠れるって...。僕のこと殴り倒しましたよね、あなたたち。

天真爛漫、その具現化のような華やかな笑みに苦笑いしかでなかった。 

ひらひらと手を振りながら近づいてくる。

銀色の髪の上で、獣っぽい耳がピクピクと動いている。なぜか嬉しそうに開いた口からは犬歯が覗いていた。


「...やけに落ち着いてるっすね?もしかしてこういうの、慣れてるっすか?慣れてたりするっすか?」

「や、慣れてないっす、初体験っす」

「あはは、そうっすよねー!ならよかったっす!」

「あ、あはは...」


何がよかったんだろうか。

笑うしかなかった。

先ほどの扉から、今度は打って変わって小さな人が現れる。


「ミス・シルバー、余計なこと喋ってないよね?」

「お、リリスさん!もっちろんっす!!」

「ちょ、シルバー!だからダメだって!ワインレッド、ミス・ワインレッドって呼びなさい」

「あ...えへへ、ごめんなさいっす、リリスさん!」

「...わざとやってるでしょ」

「...あ」


突然始まった漫才。僕は一体何を見せられてるんだ。

小さな人...こっちは見たことある。というか、僕をぶん殴った張本人だった。

編み込まれたワインレッドの長い髪と、燃えるような赤い瞳。そしてやたらと低い身長と、灰色のマント。マントの前を少し開いているせいか、腰には僕のことをぶん殴ったものであろう銀色の棒も覗いていた。

そして、なんか思っていたより子供だった。丸っこい輪郭と顔つき...まだ、14歳くらいだろうか。

彼女はシルバー、そう呼ばれてる女性の頭を一度軽く叩き、諦めたようにため息をこぼす。


「...明日までにその犬頭にブレーキをつけておくこと」

「うへへ..申し訳ないっす」


リリス、そう呼ばれた彼女が改めてこちらに向き直る。


「こんにちは、エッジウォーカーズの新人さん」

「あ...はい、どうも」

「はい、どうも。...って、なに、やたら落ち着いてるわね」


妙に冷静な僕に困惑したのか、彼女は一瞬たじろぐ。


「シルバー、椅子持ってきて」

「はい!リリスさん!」

「だーかーら!!...はぁ、まったく」

「...おつかれさまです」

「あぁ、どうもね...。ほんと、シルバーには困っちゃうのよ。悪い子じゃ無いんだけど...って!こんな話するために連れてきたわけじゃないの!」

「リリ...ミス・ワインレッド!椅子持ってきました!」

「はいはい、ありがとシルバー...はぁ」


呆れたようにため息をつく。それだけから、どうしようもない疲労感が伝わってくる。このやりとりが過去なんども繰り返されたんだろうな...。想像に難くない。

シルバーさんが持ってきた椅子に彼女は腰掛けた。


「それじゃあ、本題に」

「はい、本題っす!」

「しるばぁ!!」

「あ、えへへ、ごめんなさいっす!」

「まったく...はぁ」


深い、深いため息だった。

なんかもう、三回目くらいだなこれ聞くの。


「...ん、んん゛っ...それじゃああらためて。こんにちは、い、い...イロリ、くん?」

「伊月色葉です」

「...うん、人質くん!こんにちは人質くん!」


考えるのを諦めたのか、突然訳のわからない名前で呼んでくる。

えぇ、なにその適当な呼びかた...。


「こんにちは...」

「...改めて聞くけど、本当に初めてよね?こういう状況に陥るのって」

「はい...初めてです」


何回もあってたまるかって話だ。

自分でも驚くくらい落ち着いていて、冷静に今の状況を受け入れている。突然殴られ眠らされ、訳のわからん廃墟で拘束されているという現状を。受け入れている...受け入れている、のか?

考えるのを諦めている、その可能性も捨てきれないけど。


「いや...一応、私、あなたのこと拉致、したんだけど...。シルバー、私、ちゃんとさらってきたよね?」

「ん?そりゃあそうっすよ!まぁ見事だったっすよ!二人の追手を見事に出し抜いて...」

「あぁ、うん、それならいいの。それがわかれば大丈夫」


二人の追手...?きたばっかの僕に追手なんて...って、メリルたち、だろうか。コットンさん僕のこと追いかけるようなたちかな...。

ま、まぁ、それはいいや。


「...えっと、そうそう。あなたのことを拉致させてもらった訳だけど」

「あ、はい」

「まぁ、もちろん、要求は身代金。...30万リフ、それとこっちの詮索をしないこと。あなたたちのギルドの拠点、ひまわり亭に、それを書いた手紙が今夜届く予定なの」

「...はぁ」

「反応...薄くない?」


いやそんなことを言われても...。反応が薄いというよりも、知らない情報が多すぎるせいで実感が沸いてなかった。

ギルドの拠点ってひまわり亭だったのか。あと30万リフっていくらくらいなんだ...。流れでギルドに入ったけど、そこが何をするところなのかもよくわかってない。

あれ...もしかして僕、知らないこと多すぎ...?


「...いまいち手応えがないわね。状況、ちゃんとわかってるの?」


呆れたようにワインレッドさんが呟いた。


「え...いや、僕、拉致られたんですよね?で、メリルさんたちにお金を要求してて...」

「うん...そう、ね。あってる、けど」


うーん、と唸りながら首を傾げる。

そして再度ため息をつくと、諦めたように首を横に降った。


「...まぁ、でも、あなたがどう思ってても他の二人はちゃんとおっかけてきてるみたいだから、問題はないわね」


そう言って立ち上がる。


「あぁ...あと、ないと思うけど、逃げようなんて思わないこと。その縄、傭兵の加護を使っても千切れないように硬化の魔術がかけてあるから、ね」

「さっすが先輩っす!ジョブ、魔導傭兵は伊達じゃないっすね!!」

「シルバー、余計なことは言わないの。んふふ、ま、このくらい当然よ」


どこか自慢げに笑いながら扉を出て行ってしまった。


「じゃ、またあとでっす!人質さん!」

「あ、はい...また、あとで?」


僕の返事に満足したのか、にひ、と嬉しそうに笑えばシルバーさんも出て行ってしまった。

その謎の呼び方で定着しちゃうんですか。というか、嵐みたいだったな...。

また、寂れた部屋にぽつりと一人残される。一仕事終わったのか、扉の向こうからは呑気な話し声が聞こえてくる。

西陽が眩しい、腕に食い込んだ縄が若干痛かった。

これ、うまくやったら外れないかな...。試しにちょっとだけ、がたがたと揺らしてみる。けれど、椅子が音を立てて腕に縄が食い込むだけで意味がなかった。

こちらがもがいた音が聞こえたのか、扉の向こうから声がかかる。


「さっきも言ったでしょ?縄には魔術がかけてある、万力バサミを使っても切れないよー」

「切れないっすよー!」


どこか間延びした声。そして雑談が再開されたのか、また話し声が聞こえ始めた。

「...なんなのかな、この人質くん。いまいち話が通じないっていうか、理解できてないっていうか...?...もしかして、殴ったときにあたりどころが悪かったとか...?...大丈夫なのかな。シンプルに心配になってきたんだけれど...」


<住所不定、所属不明/14歳/lv54/Rさんのコメント>

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