街の喧騒とちょっとした決意-6
やっとのことでジョブノートへの調印が終わった。
三人は教会を出て、再度街の中を散策し、食事を取ろうと一軒のお店へと向かう。
コットンさんによる先導でたどり着いたお店。僕の意見を一切採用することのない、問答無用の注文によって、出されたそのお店の料理とは...。
メリルにざっと使い方を教えてもらったが、そのどれもが、拍子抜けするくらい簡単な物だった。
騎士、傭兵。黒魔道士と白魔道士。それぞれ、一言二言の詠唱で加護を受けることできるらしい。
加護を受けること自体はいくつものジョブを同時にできるが、詠唱はその都度行わなければいけないとのことで。あと、沢山の加護を同時に受けるとそれだけ魔力の消費も多くなり、燃費が悪くなるらしい。
と、いろいろと制約はあるみたいだけれど、その文言も特段難しいものではなく、何度か繰り返すだけで覚えることができた。
確か...傭兵が『白亜の壁よ』で、騎士が『万夫の盾を』、だったか。最初は何をいってるのかわからなかったけど、数年前に患っていた病が思いもよらぬところで役立ってくれた。まだ完治してるとは言い切れない不治の病っぽいけど、そこは気にしない。
あぁ、あと、コットンさんから驚く様な視線を向けられたのは意外だった。
...ただ、自分のベースとするジョブの切り替え方はわからなかった。なんでも、レミさん曰くツインジョブの人でも基礎となるものは決まってしまっている様で、その土台自体の切り替えは前例がないらしい。
こんな使い方も一切わからないような特例いらないですよ...女神さま...。
...贅沢なのはわかりきってるけど、もっとわかりやすいものがよかったなぁ。
例えば、特別なスキルがあったりとか、ステータスが振り切れてたりとか。ただ、どうやらこの世界にはそんな便利なものはないらしい。レベルみたいなジョブごとの習熟度を表す数値はあるらしいけど、それはそれで認定式みたいなのもあるみたいだし。他にも、特定のジョブについて仕事をこなしていくことで加護が変性していくことはあるらしいけど...。異世界に転生できたとしてもそんな都合のいいものはない、ってことか。つくづく、自分の憧れていたものがどれだけ遠いかを痛感させられていた。
三人から手取り足取り、昨日のことが嘘の様に丁寧に、一通りのことを教えてもらったところで。
「...じゃ、ご飯いきましょうか!」
と、これで昼前にこなしておきたい用事はあらかた終わったらしい。
パン、と手を一度叩き、メリルが機嫌よさげに言った。
「ぃやっ、たぁーーっ!もう、先輩私お腹ペコペコですよ!どれだけ待たせるんですか...っ、ぁ」
ぴょこんとコットンさんが勢いよく飛び上がった。...と、思ったらこちらに視線を向けて固まってしまう。
「ん、んん゛っ。な、なんでもありません。さぁ、ご飯いきましょうご飯」
「あっはは、ぬこちゃんいいんだよ〜?後輩できたからってカッコつけなくて」
「う、うるさいですっ!さ、さ、いきますよ!!」
何度か咳払いすると、先に教会の外へと出て行ってしまう。
「ごめんねイロハくん〜、ぬこちゃんなんか、後輩できて張り切っちゃってるみたいで」
「あー...うん、大丈夫。なんとなくわかってたから」
えへへ、とどこか申し訳なさそうにメリルが笑う。
あれ、張り切ってたのか...。やたらめったら当たりが強いから、何か恨みでもかっちゃってたのかとなにかと不安だった。まぁ、原因としては昨日のことも心当たりとしてあったから、甘んじて受け入れていたけど。
「んじゃ、いこっか。ユアちゃんありがとね〜」
「あ、はい、いえ...珍しいものを見させてもらったので」
「あはは、ならよかった。じゃ、また今度、変な人に引っかからないよーに!」
「はいはい、クリスさんもですよ。ではまた」
どこかに気を取られて、ぼうっとしていたレミさんがメ、リルの言葉にはっと顔を上げた。
ちょっとしたやりとりのあと、メリルはコットンさんの後を追っかけて先に外へ出て行ってしまう。
「ほら、イツキ君も早く行かないと置いてかれちゃいますよ」
「あ...はい、ありがとうございました」
「いえいえ、これが巫女の使命ですから。...あなたの生に、神の愛があらんことを」
最後の最後はしっかりと巫女らしかった。...いや、愛に狂って捲し立てる当たり、巫女っぽいのかもしれない。
軽く会釈を交わして、メリルたちの後を追った。
「イツキさん、何してたんですか?ほらほら、早くいきますよ!」
「ぬこちゃん必死すぎ、ご飯屋さんは逃げないよ〜?」
「わ、わかってますよ!!も、もぉ...茶化さないでください、先輩!」
どこか楽しげなやりとりについ笑ってしまう。
頬を染め、不服そうに膨らませたままコットンさんが先に歩き出してしまった。
そのまま、メリルと一緒について行く形で歩き出す。
「じゃ、イロハくんいこっか」
「あぁ、うん...いやぁ、昨日から何も食べてないから本当お腹すいた...」
「うへへ、ごめん。その代わり、うちらのお気に入りのお店に連れてってあげるから」
すでに太陽は中天まで上り切り、少し傾き始めていた。昼過ぎ、くらいか。
街の人混みは少なくなるところを知らないのか、相変わらず人々の笑い声と話し声が空間を満たしていた。改めて太陽の光の元で街を見ると、朝の、頭がボーッとしていた頃よりも鮮明に、細かいところまで意識が回る。
「...おぉ」
当たり前だがいろんなお店がある。食料品は基本として、籠や入れ物、道具とかの日用品店からはたまた武具を扱うお店まで。見たことのない動物や植物、道具が所狭しと屋台に並べられていた。砂糖漬け揚げ団子とかいう、歯が溶けそうな食べ物を売ってる屋台まである。...正直ちょっと気になる。
その他にも、もろ鍛冶屋さんや、宿屋らしき物もいくつかあった。カン、カンと話し声に負けずに金属を叩く音が聞こえてくる。
それと...街中なのに鎧らしきものを着て武器っぽいのを持った物騒な人もいる。
「メリル...あの人、何?」
「ん?あぁ、『アージェント』の騎士さんだね〜」
「騎士...って、ジョブの?」
「うん、そ。アージェントは王家公認の騎士ギルド。いわゆる国の兵士。街の治安をあぁして守ってくれてて」
あぁ...だからあんな物騒な格好をしてうろついてるのか。
「へい騎士さん、おつかれさまでーすっ!」
「ん...?おぉ、なんだ、運び屋か。おう、おつかれ」
メリルのやたらめったら元気のいい挨拶にもしっかりと笑顔で返してくれた。...いい人たちなんだな。
よくよく見れば、全員が同じようなマントとバッジを身につけていた。
差し詰め今はパトロール中ってところだろうか。
聖十字街という名前の通り、教会を中心とした街だったんだろう。教会は街の中心だったらしく、離れていくごとに少しづつ屋台の数は減って行った。それに合わせて、人の数もまばらになっていく。
「この街って、名前の通り大きな十字の形をしてるんだよね」
「へぇ...わかりやすくていいね」
「んね〜。真ん中に教会があってさ、そこが一番人通りが多くて、市場とかもあるの」
「ただ、外れにいくほど人は減っていくんです。ま、それに合わせて治安も悪くなりますが」
するりとコットンさんが入り込んでくる。
「だから、こういった町外れには注意です!特にイツキさんはまだまだ自衛手段ないんですから」
いつの間にか、街の外れまでやってきていた。通りを埋め尽くしていた人はもう二、三人ほどになり、出店もほとんどなくなっていた。途中で、ギムルさんの時の様に路地裏へと進んでいく。
「ま、ここら辺は得にちょっとあれなんだけどね〜...ちょっちあぶなかったり」
えぇ...なんでわざわざそんなところに。
「でも、そういったところにこそ美味しいご飯屋さんは多いんです」
コットンさんが立ち止まる。くるりと振り向いたその顔には、満面の笑顔が張り付いていた。
「お、いらっしゃい、エッジのお二人さん。んで...奥のお兄さんは?」
気のよさそなおじさんの声に、視線を前に向ける。
ニコニコ顔のコットンさん。その奥には、少し薄暗い路地裏に見合わない、青と白を基調とした、小綺麗な料理屋さんが鎮座していた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「あ〜...沁みるぅ、やっぱ美味しいね〜」
大きなお椀にたっぷりの白く濁ったスープと、細い縮れ麺。その上に焼いた何かの肉が数切れと青菜。美味しそうな匂いと、暖かな湯気が立ち上ってくる。
店内に入ったら、僕の意見はガン無視。問答無用でコットンさんが注文して出てきた料理が僕らの前に並んでいた。
メリルがスープを一口すすり、満足そうに呟いた。
...でも。
「...本当だ、美味しい」
大きめのサジでスープをすする。昨日の夜から何も食べてない、からっからの喉と胃袋に強烈な旨味と塩味が染み渡る。
...でもさ。
「ふふん、ここは私が見つけたんですよ?」
僕の反応にコットンさんがドヤ顔でうなづく。
二本の棒で器用に青菜を掴み、スープに浸してから口へ運んだ。
...うん、でも。
「ぬこちゃん、こういう路地裏のお店見つけるの上手だよね〜」
にへへ、とゆるくメリルが笑って、麺をすすった。
...でも、でもさ、これって...。
「これ、ラーメンだよね?」
「え?」
「んぇ?」
麺をすすりながら、肉を噛みながら。メリルとコットンさんのきょとんとした視線がこちらに向けられる。
「いや...その、ラーメンだよね、これ」
「ん、んぐっ...はい、そうですよ、ラ・メンです。よく知ってましたね?」
口に含んでいた焼肉を飲み込み、コットンさんが首を傾げる。
その隣で、メリルがちゅるるっ、と麺を啜って飲み込んだ。
「びっくりしたでしょ...んふふ」
満面の笑み、ドヤ顔。本日何度見たのかわからない、得意げな笑みがそこにはあった。
いろいろ頭の中で考えが回り始める前に、あらかたの察しがつく。
またか...また何か言ってなかったことがあるんだな、このポンコツ巫女。しかもわざと。
「はぁ...なるほど、ね」
諦めた様なため息が口から溢れる。ガッツリ諦観が浮かんでるであろう僕の顔を見ても、メリルの調子は変わらなかった。見てないのかもしれない。相も変わらず得意げな表情のまま、再度麺をすすり、箸を持ち上げて話し始めた。
「これは今から大体100とか200とか、そこらのよくわからないくらい昔のお話です...」
なんか始まったぞ...。
大仰な手振り身振りを含んだ、何かしらの解説が始まる。
「この世界は、生まれた頃から廻り者、転生者とされる方々がいらっしゃいました...」
とりあえずお腹は減ってるのでまた一口スープをすすり、麺を食べながら話を聞く。
「ま、昔からポツポツそういった方がたはいたんだけど...もちろん、そういった人たちは、自分の人生の記憶を持ってるわけですね」
この麺美味しいな。スープがしっかり絡んでるのにコシがあってもちもちしてる。
「そうした人によって、もちろんいろんなことが伝えられるわけですよ」
あー...なるほど、大体わかってきた。
そうして、その経過でラーメンも伝えられてきた、と。
「それで、伝えられたことが広がって、こうして馴染んだわけです、ってね?」
「メリル、麺伸びるよ?」
「んわ、そうだった」
僕の忠告に慌てた様子で再度食べ始める。
でも本当美味しいな、これ。前の世界のものほど強烈な旨味ではないけれど、その分どこか優しさを感じる。スープの味はなんというか鳥っぽい。どこかで飲んだことある...白湯ってやつだっけ。今の僕の空腹を埋めるには十分すぎるほどのものだった。
コットンさんはメリルの話を最初聞いていたものの、途中からお椀の中身に夢中になってしまっていた。すでに麺はほとんど平らげ、具材も食べ切ってしまっている。そのままお椀を大きいとは言えない両手で掴み、縁に口をつけた。
持ち上げ、そのまま喉を慣らしながらスープを飲んでいく。
「んっ、んっ、んっ...ぷは。...ふへ、ごちそうさまです」
綺麗に飲み干してしまった。なんとも気持ちいい食べっぷりだ。
それを傍目に見ながら最後の一口になる麺を啜った。
「ごちそうさま」
「あ、ダメですよイツキさん!スープもちゃんと飲まなきゃ!」
「う、え....飲まなきゃダメ、かな...?」
「ダメです!スープが美味しいんですから!」
変なところで地雷をふんじゃったな...。
コットンさんの厳しい視線にさらされながら、匙を使ってなんとか平らげた。確かに美味しいんだけど...これお椀いっぱいは少しきつい。
「あー...ふぅ、ごちそうさま、です」
たぷたぷとお腹の中でスープが揺れるのがわかる。十分すぎるほどの満足感だった。
メリルも喋るのに夢中になっていたせいで残っていた麺をあらかた平らげ、スープも半分ほど飲み干していた。
「数日に一回はきたくなるよね〜...あぁ、満足、ごちそうさまぁ」
「えへへ...」
満足そうにはふ、と息を吐くメリルをコットンさんは嬉しそうに見つめている。...やっぱ先輩には甘いな、この子。
「よし、じゃあそろそろいこっか...ひまわり亭、もどろ。ますたー、ここにお代置いとくからね〜」
「はい!次のお仕事受けなきゃいけないですしね...ほら、イツキさんも」
「あ、あれ、お金って...」
「イロハくんまだ払えないでしょ〜?ほら、いいからいいから」
二人が立ち上がり、メリルがお店の奥へと声をかけた。はいよー、と少し気の抜けた声が返ってくるのを確認して、店を出る。
やっぱり、おごられるのはなんか気後れする。あんまり経験のないことに、少し小さくなりながら二人に続いて店をでた。
...巫女の仕事の範疇に転生者の衣食住のお金って含まれるんだろうか。
「いやぁ、美味しかったですね、先輩!」
「そうだね〜...やっぱりここのが私一番好きかも」
路地裏、なんとも幸せそうな二人のあとに続いて歩く。
「イツキさんも美味しかったでしょう?ここのお店のは格別なんです!」
「...あぁ、うん、美味しかったよ」
「でしょうでしょう!?あのお店は、なんといっても私が見つけましたから!」
振り返ったコットンさんの顔は笑顔に満ちていた。少し言葉に迷いながら返すと、これまた満足そうな笑みと返事が返ってくる。
「ふふん、あまりの美味しさに呆けて、気が抜けたところ襲われたりしないでくださいね?」
やたらと上機嫌だな...。
コットンさんは不穏な冗談を言って鼻歌を歌いながら、てこてこと先にあるいて行ってしまう。
その後ろを、保護者のような笑みを浮かべたメリルとともに歩いていく。
「ぬこちゃん本当はあんな、素直な子なんだけどね〜...今日はなぁんかずっと機嫌よくなくて。ごめんねイロハくん?」
「え?...あぁ」
そっか、ずっとあたりが強かったもんな。もう、なんとなくそういうものだとして受け入れてしまっていた。
「いや...大丈夫。僕も、こういう対応される心当たりはあるし...」
「...え、うそ。そんなことあったっけ?」
「あー...ほら、昨日、初めて洞窟で会ったとき、さ」
「...そういやあったね、そんなこと。」
思い出したのか、クスクスとメリルが笑う。
...あの時の状況よくわかってないけど、メリル、お前にも原因あるからな。
まぁここでそんなことを口に出しても無粋だろう。美味しいものでお腹がいっぱいになってる多幸感に身を任せて、それ以上何も言わずに歩いていく。メリルもコットンさんに合わせて鼻歌を歌い、なんとものどかというか、和やかな雰囲気だった。
お店を出て、少し歩けばすぐ大通りにつく。
ちょうど僕らが出ようとした時、すれ違いに背の低い、フードをかぶった人が路地裏に入ってきた。コットンさんより少し大きいくらいだろうか。
「ちょっと、すいません...あの、あなた」
「...え、僕、ですか?」
「はい、そうです、あなた」
前を歩く二人の隣をすり抜け、なぜか僕に話しかけてくる。
先に行ってしまった二人は、もう大通りに出て行ってしまっていた。
...はぐれるとまずいな。この人には申し訳ないけど、早く行かなきゃ。答えられないことだったら断らせてもらおう。
さっきのラーメン屋さんへの道くらいなら教えられるけど。
「えっと、なんでしょう?悪いんですけど僕...」
「あなた、エッジウォーカーズってギルド、ご存知ですか?」
「あ...はい、それなら」
想定外の単語に面食らう。大体何を言われても知らないとしか答えられない、と思ってたけど。
ここでその名前が出てくるとは思わなかった。でも、これなら教えられる。
「僕もそこに所属してるんです。何か用でしたら、ギルドマスターに伝えておきますけど」
取り合えずここで聞いた話をメリルに伝えれば大丈夫だろう。そう考えて聞く。
「...あれ、エッジウォーカーズは女性二人の小規模ギルドと聞いていたんですけれど」
「あぁ...僕、昨日からなんですよ。昨日、雇われて」
この人僕より詳しいじゃないか。
教えてあげようとか思ってたのが恥ずかしくなってくる。
気まずさに頭を掻きながら答える。
「...それなら、ちょうどよかった」
「...え?」
きらり、と視界の端で何かが光る。
「あなたに少し、用事がありまして」
そう言いながら、彼は勢いよくマントを翻した。フードの下に隠れていたワインレッドの髪が、中を泳ぐように広がる。
そして、マントのその中から、綺麗に磨き上げられた銀色の棒が顕になった。
瞬間、ゴキッ、という鈍い音と共に頭に鋭い痛みが走る。
「いって...っ!?」
思わずうずくまる...けれど、気絶するほどではない。
思いっきり殴られたであろう後頭部を押さえながら、怒りをにじませて目の前の人を見上げる。
「...ふふ、さぁ、あとは連れていくだけ...って、あれ!?」
こちらを見下ろしている彼...いや、彼女とバッチリ目があった。真っ赤な、切れ長な瞳が驚いたように見開かれる。僕が意識を保っていたのが想定外だったのか、その瞬間わたわたと慌てる。
「ちょ、ちょっと!なんで起きてるの!?ちゃんとあれで寝てくれないと!」
「え、ええ!?ん、んな理不尽な!」
あまりにも都合の良すぎる申し出に慌てる。
「え、ど、どうしよ...」
「い、いや、何、突然なんなの君!?」
僕が言い返したのが意外だったのか、銀色の棒を握り締めたまま俯いてしまう。
後頭部をさする。うわ、コブになってる。
目の前にはブーツを履いた足が見える。...が、その主からはさっきの問いに返答はまだ返ってきていない。
いったぁ...。
まぁまぁな力で殴られたのか、じんじんと響くような鈍痛がまだ頭に残っている。音の割に軽症だったのは幸運だったのか。
「え、いや、ほんとなんなんですか...?」
「...」
蹲ったままの僕の目の前に、無言で、手袋をはめた小さな手が突き出される。
何事かと顔をあげた。
「『夜の口、夢の縁、深淵に最も近き場所』」
「あ、えっ....」
彼女の指先に光が灯る。見つめたその指先に、意識が吸い込まれるような錯覚を覚える。
「...おやすみなさい」
ぼんやりと霞む視界。
自分が今何をされたのかわからなかったけど、そう呟いた彼女が、先ほどの銀色の棒を高く振り上げているのはわかった。それが、これからどうされるのもなんとなくわかる。
一歩踏み込み、彼女はその棒を勢いよく、再度振り下ろした。後頭部に走る鈍い、ぼやけたような痛み。ただ、今度こそ僕の意識を奪うことに成功したようだ。頭が揺さぶられる感覚と共に、視界がゆっくりと暗転していく。
...あーあ、最初からこうしてくれれば、僕二回も殴られずに済んだのになぁ。
「ラ・メンは登場当時はそれはそれはすごかったそうですよ。今となってはもう一般的ですが、あの油をたっぷり使った、こぉぉぉくて、じゃんきぃぃぃぃぃな味付けは、とっても衝撃だったんだとか。だから、この料理の元祖となったお店は 王様に取り上げられて大変な出世をなされたそうです。王家公認ギルドにもなったんだとか。こないだ読んだ羅麺発見伝っていう本にかいてありました(ふふん)」
<住所不定、ギルド「エッジウォーカーズ」所属/14歳/lv53/デミのEさんのコメント>